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私とお師匠様との研究記録  作者: やなぎ いつみ
検証実験記録No.156
9/64

9.同僚の気苦労

 程々にとの言葉を残したニコが眠りに落ちるとほぼ同時に、周囲に明るさが戻った。

 異常に気付いたクレアが魔法を使ったのだ。

 フォルスが振り返れば、慌てて駆けてくる同僚の姿が目に入る。

 彼女はすぐにフォルスの傍まで辿り着き、膝をついてニコの顔を覗き込んだ。その胸が小さく上下しているのを確認し、漸くほっと息を吐き出す。


「心臓が縮むわ……。ちゃんと余分な魔力は抜いたの?」

「落ち着いてるだろ。これくらい何度も対処してる。慌てるほどの事じゃない」

「……相変わらずの『研究者』ね、ほんと」


 心配の色が一切見えないフォルスの言葉に、クレアは遣り切れなさそうな表情でぽつりと零した。


 フォルスがニコを引き取って1年になろうかという頃、平気で彼女の検証を続ける彼に非難の声が掛かったことがある。

 相手が純粋にニコの心配をしていたのか、フォルスの足を引っ張りたかったのか、彼にとってはどちらでもよかった。

 ただ、知った風にニコの辛さを語る相手に、フォルスは気づけば口を開いていた。


 ――俺もあいつも、ああなると分かってやっている。それで冷静で居られない位なら、そもそも手を出すべきじゃないだろう。


 指示した側が罪悪感を抱こうが、ニコの苦しみが無くなるわけではない。

 彼女が耐えると決めたことに、こちらが落ち着きを失くし重要な情報を見落とせば、ニコの苦痛が無駄になる。


 そう答えた彼に、責めた相手は何も言えずに引くしかなった。


 それ以降、フォルスは時々『研究者』と呼ばれる。機関に所属してから研究者でなかったことなど一度もないので、その呼び方に含みがあろうと彼は気にしていない。


「ああ、お陰様でな。どうしても知識欲を止められない。魔法の事も、ニコの身体も知りたくて仕方ないんだ」

「……研究に関しては諦めたから、その誤解を招きそうな言動だけでも何とかしなさいよ」


 フォルスが笑みを深めて答えれば、クレアは溜息をついて彼の言い回しを指摘した。


(――と言われてもなぁ)


 忠告を受ける理由は当然理解しているが、フォルスにはその言動を改める気はなかったりする。

 なので大した反省もせず、彼は自室へ帰る準備を進めた。

 羽織っていた上着を脱いで、ニコに掛けながら口を開く。


「まぁ、善処する」

「やる気ないでしょ」


 答えの適当さを察知したクレアがすぐさまフォルスを睨みつけた。

 責めるような視線で見つめられ、彼は思わず溜息をつく。巻き込んでおいて何ではあるが、面倒な小姑を得た気分だった。


「……しょうがないだろ。都合が良いとしか思えないんだから」

「――はぁ?」


 まさかの肯定的な意見に、クレアの口から心から呆れたような声が出た。

 目だけで詳細を求められ、フォルスは諦めて理由の一つを口にする。


「こんな言動を繰り返すうちに、見られようが触られようがすっかり気にしなくなってな。こっちとしてはそれくらいじゃないと……、こう……」


 最早絶対に見せることのなくなった姿を想像し、フォルスはニコを見下ろした。

 初めの頃のように、今この弟子に恥ずかしがったり、触れる度震えたりされると――。


(…………、流石に誤魔化しきれないな……)


 一人で結論付け、フォルスはニコの頬に掛かっていた髪を避け、さらりと梳いた。

 指を流れる金糸は束ねていた所為(せい)で癖がついていたが、それでもとても滑らかだ。その肌も同じく柔らかで、触り心地が良いのだと知っている。

 だがそれは、フォルスが『研究者』だから知り得たことだ。今更触れることに研究以外の意味を持たせれば、ニコは間違いなく戸惑い彼から距離をとる。


 惜しむように毛先を絡ませて手放すフォルスに対し、クレアは恐ろしいことに気付きそうになっていた。


「……ちょ、っと待って。今、何も言わないで」


 動揺する自分を抑えるように両手を上げ、彼女はフォルスの言葉を制した。

 そのまま深呼吸を繰り返すクレアに、フォルスはもういいかと判断し華奢な身体を抱え上げた。


「気は済んだか? 言う事がなければもう帰るぞ」

「うぁあ! ちょっ、ちょっと待ちなさいっ!」


 フォルスが踵を返した途端、クレアが叫びながら彼の服を掴んで引き止めた。


「……何なんだ」

「えと…………気のせい、よね?」

「好きなように解釈してくれ」


 悪足掻きだと分かっているだろうに、それでもクレアが肯定を求めるものだから、フォルスはつい最も嫌な答えを返してしまった。

 案の定明言されないことが確信を深めたらしく、クレアの顔色がさぁっと青くなる。


「な、何で……」

「何でって、むしろ自然な流れだろ」


 経歴を鑑みれば当然なのだが、彼の弟子は人間不信気味だった。

 随分柔らかくなった方ではあるが、会えば構い倒すクレアにですら未だにある程度の距離を取っている。

 フォルスと会った当初は今より酷く、子供とは思えない儀礼的な態度で感情の上下など(ほとん)ど見せなかった。そして諦める事が異様に早く、自らの扱いもすぐに受け入れてしまう。

 思うところはありつつも――フォルスにとってそんな彼女は正直都合がよく、遠慮なく好きなように調査を始めた。


 その結果。


 抑揚のなさは変わらない。

 だが事務的に返される答えに軽い皮肉が混じるようになり、投げ出すような姿勢がなくなった。

 自分は苦手なくせに甘いものを度々仕入れ、人に休息をとらせようと袖を引く。

 そして研究が進み辛いようだと察すれば、近くも遠くもないところで大人しく丸くなって、いつまでも傍にいた。


(……あれは、狡いよなぁ……)


 無意識の行動と自然な距離感に、全てを捨てようとしたニコが、そこを自分の居場所に決めたのだと気づいてしまった。


 まるで警戒心の強い猫が懐くように、彼女は(つたな)く心を許してくる。そんな相手に制御できない想いを抱いても不思議はない。


「最初は妹みたいだと思ってたんだが……」

「…………、先刻(さっき)の発言が洒落にならないわ……」


 抱えた弟子を見下ろして呟けば、クレアが軽く引いた。

 巻き込んだ同僚が恐れる事態に考えを巡らせ、フォルスはひとまずそちらの意味を否定しておく。


「安心しろ。今判断を誤ったら、こいつ絶対遮断するだろうからな。それに切り替えは上手い方だ」


 今まで何もなかっただろ、と示して見せたのだが、クレアは寒気を堪えるように自身を抱いた。


「冷静に算段をつけるところが怖すぎるわ。……よりにもよってこんな絶対逃がさなさそうな相手に……」


 それは否定できない。

 研究者が研究対象に対してその立場を超えた感情を持った時、『酷いこと』が出来なくて研究が鈍るか、対象の究明に執着するかのどちらかになる。そして誰がどう見ても、フォルスは後者だった。

 だが、そのお陰でニコの印が出来上がったのだ。


「言っておくが、俺じゃなかったらこいつ魔法使えてないからな」

「そりゃそうかもしれないけど――」


 確かに機関はニコを投げ出した。だからフォルスの言う事は事実なのだが、そうあまりにも自信満々に断言されると。


「――本っ当、遣り切れないわ……!」


 クレアは思わずこの世の不条理を嘆いた。







お読みいただき有難うございます!<(_ _)>


洒落にならない発言はフォルスの2つめの台詞。


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