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私とお師匠様との研究記録  作者: やなぎ いつみ
研究対象の変容
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閑話:猫好き師匠のお仕置き方法

お仕置き中のお話になってしまいました……



「これで今日一日、お前は猫だ」

「ね、……」


 告げられたお仕置きに、ニコは物申しかけて頷いた。いい子だ、と隣に座った師匠が微笑む。頭を撫で、髪を梳き、そして言う。


「よく、似合ってる」


 それは喜ぶべきことなのか。ニコは頭部につけられた、三角の耳をふにふに触った。



***



 三日ぶりに目覚めたニコは、師匠からこれでもかというほど丁寧な――口内の観察を受けた。

 だが彼はそれでも飽き足らず、続く『診察』に嗅覚とか味覚とか口唇の触覚とかを持ち出してきた。


 既に心拍数は正常値を超え、呼吸も儘ならなくなったニコは悟る。

 このままでは死ぬと。


『――っ、おね、がい……です……。一緒に、いられなく、なるから……っ、ちゃんと……』


 見て、と懇願した結果。やればできるお師匠様は呻いて、呻いて、呻きながら立ち上がり、いつも通りの研究者と化した。


 それまでの触診方法が特殊過ぎたため、再開時は手指の動きにすら強い刺激を拾ったものの。

 淡々とした確認と記録の繰り返しに、ニコも次第に落ち着きを取り戻していった。


 とはいえ、保留となったお仕置きが帳消しになる訳ではない。師匠が記録用紙を綴じ終えるまで、ニコは心臓を震わせながら待機した。

 そうして始まった罰が――これである。


 もう一度、ニコは頭の模造品に触れてみた。

 なんの毛皮を使ったのか、もふり、と最上の手触りが迎え撃つ。


「……あの、これは、やはり……」

「ああ、メルに貰った。こないだ言ってただろ。俺が喜ぶものをやるとかなんとか」

「確かに仰っていましたけれど」


 てっきり常人には理解の及ばない、用途不明の珍品になると思っていた。師匠の好みは時々おかしな所に存在するので、把握するのが難しいのだが。


「喜んで、いますか?」

「義妹ながら、良い働きをしたと思う」

「そ、そうですか……」


 流石商人。顧客の需要の把握には余念がなかった。お陰でニコは妙な恥ずかしさに襲われる。


(……ね、猫扱いなど、慣れたはず……でしたのに)


 猫好き変態師匠との暮らしを繰れば、今更過ぎる感情だ。理解不能な自己の心理に振り回されて、下を向く。


「では、その……私はこの姿で、一体何を」


 発熱する顔を隠しつつ、仕置きの続きを師匠に尋ねる。

 彼はそうだな、と頷いた。


「鳴いて甘えて愛でられろ」

「……、は」

「見て欲しいと声を出すのも、気儘に誰かに甘えることも……それで自分を大事にされるのも全部、お前が苦手なことだからな」


 お仕置きの間くらいは頑張れよと微笑んで、師匠は見返すニコの頬をふにっとつまんだ。


 暫し、黙る。

 そして、思った。


 このひとは、どうしてこうなのか、と。


 世間における師匠の評価は『理解し難い変人で、一切容赦のない男』である。その通り、彼は傍若無人な振る舞いで、ニコから様々なものを奪ってきた。


 例えば世間一般の『普通』に、年頃の女子が持つべき羞恥心。口に運ぶ食事の一部もそうだし、ニコの苦手な寒さもそうだ。さみしさに耐えうる心は一番大事だったのに、気づけば彼が奪ってしまった。


 今このまま師匠に応えれば、次は遠慮や従順さが被害に遭ってしまうだろう。

 なので。


「……善処、します」


 言葉上、否定も拒否もしなかった。だが師匠はそうかと言って微笑んだ。


「分かった。甘えられないなら倍愛でよう」

「ん……!?」


 急速に事態が悪化した。

 訂正しようとしたものの、師匠は構わず何かの準備を始めてしまう。


「それじゃ、もう少し飼い猫らしくなって貰おうか」


 そう言って師匠が取り出したのは薄紅色のリボンだった。両手を広げた幅より倍長く、中程には何故か金色の鈴がついている。


(……、それは、つまり……)


 ニコは用途を理解した。


 彼はそれをニコの髪……ではなく首に巻き、金糸が絡まないようにして背中側できゅっと結んだ。長い指が、喉元に位置した鈴を軽く弾く。

 ちりん、と軽やかな音が鳴った。


「ほら、ニコ」

「!」

「『にゃあ』」

「……、に……」


 続きを待ち侘びるように、師匠が見つめる。

 ……何を隠そう、ニコはこの目に弱かった。

 そろり、と視線を彷徨わす。そしてこれはお仕置きだと言い聞かせ、湖水の瞳を師匠に合わせた。


「……にゃーん……?」


 口にした途端、頬が僅かに熱を持つ。

 羞恥ゆえだ。

 たった三つの音の並びにニコが翻弄されていると、師匠が頬に触れてきた。


 何だろう。

 そう思う間に、その手は小さな顔を引き上げて、ニコの唇と師匠のそれを触れさせた。


「……!?」


 咄嗟に離れようとした腰を、長い腕が捕捉する。


「……っ、んぅ、……!」


 少しずつ角度を変えながら。味わうような口付けが、幾つもニコに降ってくる。


 ――こういう時、どのように呼吸すればいいかとか。

 ニコは教えてもらったことがない。鎮まっていた動悸も再発し、じわじわ涙が滲み出す。


 もう無理だ。

 意識を手放す直前に、は、と吐息が触れた。

 顔が離れ、まず目に飛び込んできたのは師匠の獣のような笑みだった。


「……言い忘れていたが、ご主人様は猫可愛さに口付けることもある」

「〜〜っ」


 忘れるな。というか、絶対、猫にするようなものじゃない。

 真っ赤な顔で呻いたニコを、師匠はからりと笑って引き寄せた。膝に乗せ、腰を捕らえ、抱えたものの首に触れる。

 つけられた鈴に指が掠めて、ちりん、と鳴った。


(こ、これは……まずい、です……)


 この後、起きるであろう事に察しがついた。慌てて避けるように身を捩れば、こら、と咎める声が落ちてくる。


「大人しくしてろ」


 どこか楽し気にそう命じ、彼は全身で弟子の体を包み込んだ。逃げないように動きを封じ、再び華奢な首へと手を伸ばす。そして――。


(ふゃ、……っ)


 少しかさついた指先が、優しく喉元を擽った。


「よしよし……いい子だ」

(ぅ、……あ)


 むずむず、する。

 でもそれがひどく、心地いい。


 ついふるりと体を震わせると、師匠が感嘆ともつかない息を漏らした。


「あぁくそ、可愛いなぁ……」

(……っ)


 ――昂ぶる想いを吐き出せば、こういう響きになるだろうか。

 微かに上擦る甘い声。そんなものを直接耳に注がれて、ニコは思わずきゅっと目を閉じた。


「……っ、……、お、……おちついて、ください」

「まだ落ち着いてる方だぞ?」

「で……、では……少し、離して……」

「無理」


 溜まる熱をほんの少しでも逃がそうと、もがく弟子を抱き直し。彼は優しく希望を断った。


「お前が俺をこんな風にしたんだ」


 病に罹り、飢えて、渇いて、死にかけて。それでも激しい想いのままには扱えず。柔らかく、温かなもので包んでやらずにいられない。

 だからな、と師匠は囁いた。


「責任取って、俺の気が済むまで鳴いてくれ?」

 

 そう求める唇が、真っ赤に染まった耳を食む。次の瞬間感じた刺激の強さに、ニコは震える声でみゃぁあと鳴いた。










お読み頂きありがとうございます……っ

ネコ扱いネタは何度か書いてるので……被ってしまってすみません(泣

過緊張なニコのため、師匠が精一杯考えた緩い(多分)お仕置きなのですm(_ _;)m


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