19.当然の感情だとしても
2024.6.21、この先を大きく改稿しました。
以前読んで下さっていた方すみません……!
師匠によると、ニコの休眠期間は最長記録となる三日目に突入したところだったらしい。前回検証時の眠りが極端に短縮していたため、長くなるのはある程度想定していたが、注意して診ない理由にはならないという。
そんなわけで続き部屋へと戻されたニコは、寝台の端にちょんと座り、棚から器具を取り出す師匠を眺めた。
「――大事な、お話だったのでは」
「? 何がだ?」
「イルニス様のことです。出直すと、仰っていたので」
「あぁ、あれか」
戸棚を閉め、師匠がニコの方へと足を向ける。
「大したことじゃない。ちょっと手を借りる約束をしていただけだ」
「……誰が、誰の」
「俺があいつの」
「…………何故そんなことに」
師匠はこれまで、誰かの手助けなど必要とはしなかった。むしろ人の手が入ることを嫌っていたはずだ。
戸惑い見つめる湖水の前に膝をつき、彼はそうだなぁと呟きながら、その弟子の釦に手を掛けた。
「色々あるが、まぁ、あの馬鹿が起こした後始末の結果かな」
「後、始末……」
つまり部下の不始末を、上司であるイルニスが詫びて回っているのだろう。
だがそれは、主の魔法がなければ起こらなかったことなのだ。そして、ニコが防げたかも知れないことである。
「何を考えてる?」
胸元を緩め、師匠が問うた。
いえ、何も、と誤魔化そうかと一瞬迷い――ニコはきゅ、と手を握り締めた。
「……お師匠、さまは……」
「うん?」
「……怒っていた、のですね……? 私の、戻りが遅かった……、あの日」
曖昧な問い方をしたニコに、彼は苦い笑みを浮かべて口を開いた。
「怒らない方が難しい」
「……」
「言っておくが、自分のせいで……とか怒らせて申し訳ないとか思ったら、俺はもっと怒るからな」
「……はい」
――もし、あの日。
起きたことを素直に話し、それでも平気なのだと伝えていれば、違う結果になっていたかもしれない。倒れる前から抱いたままの後悔を、表に出さず頷いた。主の意思に反する心を隠すように、目を伏せる。
けれどそんな弟子の内心など、彼にはお見通しだったのだろう。師匠の両手が、ニコの頬を包み込んだ。
「お前はすぐに、嘘を吐く」
まるで、涙を拭うように。親指が閉ざした瞼の上をなぞっていく。冷えた頬を擦り、目を開くよう求めた彼は、ただひたすらに湖水の青を待っていた。
「俺が、大丈夫じゃないんだ」
静かな声が、ニコに届く。
「たとえ、お前が平気だと言ったとしても――」
労るように触れる手が、頬を滑って胸へと落ちた。
「この場所に触れられて許せるほど、俺は寛容な人間にはなれない」
「っ……」
指先が、ニコの肌を柔く掻く。揺らぐことのない声に、ぎゅぅ、と胸が締め付けられた。
飲み込んでしまおうと、口に出すことはしなかった。けれど師匠はその出来事も、殺した声も見つけて拾い、弟子を想って怒りを抱いた。
それは、『大丈夫』などでは収まらないのだ。
(……どう、すれば)
良かったのだろう。答えは見えず、ただ、自分のせいだという申し訳無さだけが募っていく。
顔を歪め、口を噤んで俯く弟子に、師匠は小さく溜息を落とした。
「お前は、本当は俺以上に怒ってもいいはずなんだぞ」
「……それは」
確かにそうなのかもしれない。
けれどニコは、どれほど気持ち悪くて、嫌だと思っても。
「外に出すのは……難しい、です」
「……だろうな」
分かっていた、と呟いた。
「お前は、いつもそうだ」
ご迷惑おかけしてごめんなさい……っ(>_<)




