6.反復する検証の結果
フォルスに連れられ、ニコは攻勢魔法の実験場に足を踏み入れた。
最近は週に一度フォルスの仕事が空く日にここを借り、ニコの魔法の練習を兼ねて、今の段階でどれほど魔法を使えるのかを確認している。
二人が中へと進むと、入れ替わりに出て行こうとする黒髪の美女がニコに気づいて声を掛けてきた。
「あらニコちゃん。久し振りね。これから何かの検証?」
「はい、お察しの通りです。クレアさんは上手くいきましたか?」
クレアはニコがお世話になっている女性研究者の一人で、攻勢魔法を専門としている。
ここ1、2か月見掛けなかったところをみると、研究室に籠って新たな魔法を考えていたのだろう。それがある程度形になったので、今までこの場を使用して展開していたと察せられる。
「うふふふ。内緒。でもまぁ、もう少し改良が必要かしらね」
「凄いですね、頑張って下さい」
楽しそうに語るところはやはり研究者らしい。但しフォルスとは違って研究の仕方もまともなので、ニコも素直に応援できた。
「ありがとう。で、それはまた後でできるとして、ここ最近会えてなかったし少し見てていいかしら」
隣にいる同僚の事はさっくりと無視し、クレアは少し心配そうな表情でニコに許可を求めた。
実験場は基本新たな魔法を編み出す場なので、他の研究者が使用してる場合の立ち入りは禁止されている。
盗用を防ぐためだ。
ただフォルスもニコも、矜持の高いクレアがそのような卑怯な行いをするとは思っていないし、二人が気にする問題もそこではない。
諸事情により、ニコがどれくらいまで魔法を使えるか公開していないのだ。
ニコの視線を受け、フォルスは今後の事とクレアの能力と立場、性格に考えを巡らせ頷いた。
「そうだな、クレアなら構わないぞ。但し手出しはしない事」
「……何をさせるのか怖くて仕方ないわ」
口の端を吊り上げたフォルスを見て、クレアは顔を顰めて呟いた。
この研究狂いに対し、それは至極適切な不安といえるだろう。
だが彼は常識ある同僚が抱く憂慮を気にもせず、時間が勿体ないとニコを急かした。
「……すみません、クレアさん」
「いいのよ、こういう奴だって分かってたわ……」
我が道を行く師匠の代わりに謝りつつ、ニコは衣服の釦に手を掛けた。
孤児であるニコは何も持たず、身の回りの品は全てフォルスに頼っている。
与えられることの贅沢さを知る彼女は、彼がこだわって選んだ衣服も大切に着ている。
(……本当なら毎日検査着でもおかしくないくらいですが……)
何故かそうはならず、ニコは不思議と自分の好みに合う服を着ていた。
たとえそれが脱がせやすいか否かという、ふざけた基準で選ばれていたとしても文句はない。
師匠の気まぐれに振り回されている事を実感しつつ、ニコは鳩尾の辺りで釦を外す手を止めた。
次いで伺うようにフォルスを見れば、彼は満足そうに笑みを深めてニコの胸元を広げる。
晒された肌にひんやりとした空気が触れた。
心許なさを感じながらもニコが大人しくしていると、フォルスは特殊な眼鏡を取り出しそれを確認した。
「今で印の魔力消費は5割程度のようだが」
「今日は大事な日なので、湯を沸かす程度の魔法を二回使っただけです」
「なら大したことはないな」
露わになった胸元には複雑な模様が印されており、その飴色はニコの白皙の肌でよく目立っていた。
フォルスは何かを思案するように顎に手を当て、それを見続けている。
「よし、とりあえず残りで今日使う魔法が何回使えるかだな。使った回数で消費量を割り出すぞ」
考え事が解決したのか否か不明だが、思考を止めたフォルスは改めて方針を告げ、ニコの印をとんっと突いた。
楽し気な彼にニコが分かりましたと頷き――ふと横を見ると、クレアがじとっとした目でフォルスを見ていた。
「……あの、大丈夫ですよ」
「手遅れ感が酷いわ……。こんな事になるなんて……」
「こいつが大丈夫って言ってるんだからいいだろ」
「この子に拒否権なんてあるわけないでしょこの変態」
空気を読まない師匠が煽り、短気なクレアが噛み付いた。
収拾のつかない事態になる前に、ニコは良識のある人間の袖を引いた。
「落ち着いて下さいクレアさん、私もちゃんと注意しますから」
「くれぐれもそうして。今と昔じゃ違うのよ、不必要に触らせちゃだめ」
とても真剣な顔で言われ、ニコは曖昧に頷いた。
確かに成長したニコに対する彼女の気遣いは尤もなもので、ニコとしても自分の助けになろうとしてくれるクレアを無下にはしたくない。
だがフォルスの研究に付き合い続け、色々と手遅れになっているのも事実だった。
「喧しいな。今のところそんな検証をする予定はない」
反省の欠片もない言葉に、クレアが頭痛を堪えるように額に手を当てた。
ニコも思う。
フォルスは必要とあればまたするだろう。そしてニコも、自らのためと彼の言う事を聞くのだろう。