15.講義を行う上での最優先
からん、と始業の鐘が鳴る。その度フォルスは教壇に立ち、己を選んだ生徒に講義を行う。それが週の頭二日の決まり事だった。
内容は魔法研究の実践的な話が主だが、その時々で生徒に求められたことにも応えている。
近頃の話題は――。
「魔力排出障害に対する魔法の優れた点について、だったな?」
そう。今、フォルスは自己の魔法の優れた点について説明していた。自画自賛ではない。そもそも印の作者と欠陥品の素性は機関の機密事項で、どれだけ乞われても話す気はない。
そのことを、生徒達は理解している。
だが同時に、それが誰なのかも気づいている。
それ故、彼らはフォルスに『個人的見解』として印のことを聞いてくるのだ。だからフォルスは講師として、自分なら、と前置きして話をしている。
まるで茶番だ。
だがこれに応えず放置して、大事な弟子が付け回されては堪らない。
今日こそこいつらの好奇心を折る。
指導者にあるまじき姿勢を以て、フォルスは生徒達の真っ直ぐな目を見返した。
「はい。まず第一に、一つの印で二つの機能を持たせたこと、でしたよね」
「あぁ。前回の講義でも話したが、あの印は機能によって別々の、二つの魔法で表現する事も出来なくはない。魔力排出と、活用のための魔法だ。だがそうすると――」
「それぞれの印に、維持の魔力が必要になる……」
「そうだ。互いの印に関連性を持たせるための修飾も、二つ分描くことになるしな」
魔力を紡ぎ出す場合、基本の排出機能を止めないと、貯蔵量が少ない者は印を描き切る前に枯渇する。
とはいえこれは、変換速度と魔力量が規格外のニコには杞憂であったのだが。
「……そこは、本当に凄いと思いました。ただ、問題は、終わりがけに教えて頂いたもう一つです」
生徒の硬い表情を眺めつつ、フォルスは問題、と繰り返した。
「『器官に対し、最も効率よく作用する部位に印したこと』これに何の不都合が?」
「あるに決まってます……! だって、器官に最も効率よく作用する部位なんて、どの本にも載ってなかったじゃないですか!」
「それはまぁ、制作者が見つけたからな」
「どうやって」
「そんなもの、身体の各所に記して魔力の消費変化があるのか確認し」
話している最中に、生徒がうわぁと声を出す。何を考えたのか、顔を赤らめ俯く者も居た。
顔を引き攣らせるのはまだ許そう。だが赤くなるのは見過ごせない。
ニコの体であれこれ想像してもいいのは自分だけだ。
フォルスは気を鎮めるように息を吐き、あのな、と諭すように生徒に語りかける。
「今何が起きていて、どう在ることが理想なのか。そのために足りないものは何なのか……。物事をよく分析した上で、介入する点を絞る。それが魔力消費量を抑えた、効率の良い魔法の作り方だと言っただろう」
「そう、ですけど」
代表者の言葉尻が小さくなる。
その周囲では、生徒達が顔を突き合わせており、何かを審議しているらしい。
聞きたいことがあるならはっきり聞け。
笑顔で念を飛ばせば、前列の生徒が恐る恐るフォルスを見上げた。
「……あの、研究のためですよね? 個人的な欲求のためじゃないですよね……?」
――だって先生、魔法にしか興味ないですもんね。
焦りを誤魔化すように続けた生徒に、フォルスはただ爽やかに微笑んだ。
「研究というのは、突き詰めれば個人の欲望を満たしていることと変わらないぞ」
「何故そこで否定出来ないんですか!?」
変態だ。セクハラだ。耳に馴染んだ呼称が教え子達から飛んでくる。フォルスはそれに、だから何だと胸を張った。
「俺が俺らしく居ることで新たな魔法が生まれるんだ。お前等も何かを創りたければ、自分らしくいるんだな」
「……うわぁ……」
「先生が、先生過ぎてヤバい……」
「絶対間違ってると思うのに、何でこう……否定できないことを言うかなぁ……」
脱力した生徒達を見回して、笑みを深める。
「異論なければ、今日はこのまま魔力消費の削減について話していくが?」
「いいですよ、分かりましたよ……。その代わり、実行しやすい話をしてくださいね」
「当たり前だろ。じゃあまずは――」
手を振り上げ、一例を示してやろうとしたその瞬間。ちり、と腕に熱を感じた。咄嗟に守るように手で覆い、何が起きたのかとそこを見る。
「っ……!」
絶句した。自己の手が掴んだ腕の部位。そこは自身にかけた魔法の印がある場所だった。
対魔法という、フォルスが以前開発した印。別の場所に刻んだ魔法と連動し、効果を発揮するそれは、近頃ニコに与える印と組ませることが増えていた。
与えた魔法が消えていないか。
どこかで苦しんだりしていないか。
ひとりで、消えようとしていないか。
見えない場所に居ても知りたくて、管理したくて、首輪のようにニコに刻んだ。そんな魔法が反応したということは――。
こつ、と靴音がした。その音に促されるように、フォルスは窓に駆け寄った。
教壇から降り、ばんっと窓を開け放つ。
「っ、先生!?」
「悪いが自習にする」
初めて、フォルスの知らない場所で。ニコの印が消え失せた。放置すれば間違いなくニコは死ぬ。
階段を降りる暇さえ惜しく、躊躇なく窓枠に足をかければ、さらに大きなざわめきが起きた。
これを黙らせておく方法を、フォルスは心得ている。
「今から俺が使う魔法。その魔力量を一階級、下げる方法を考えろ」
――期限は来週の授業までだ。
そう言い捨てて、三階の窓から身を投げ出す。同時に素早く印を描き、風を纏って地面を隆起させた。作った足場にとん、と降り立って、駆け出そうとしたその時だ。
「ちょっと先生っ! 全っ然見えなかったじゃないですかぁぁあっ!!」
先生の馬鹿ー!と叫ぶ声が降ってきて、こんな状況でも思わず口が緩んでしまった。
とてもやる気があるようだ。
次週の生徒の課題に期待を抱き、改めて気を引き締める。
対魔法が導く先は、機関の建物の中だ。
今は医務室で健診を受けている筈の時間であり、当然といえば当然なのだが。
(重症者でも運ばれてきたのか……?)
助けを求める人間を放っておけない優しい弟子だ。
だが、イアンがそれを許すとは思えない。
それに、ニコは己の限界を理解している。発作を起こして倒れた場合、フォルスに掛かる損害を正しく把握しているのだ。
それらを思えば、余程の事が起きたとよく分かる。
誰が、何をしたのか。
(あぁもう……)
やっぱり抱いて連れ歩けば良かった。そうすれば、こんな焦燥感など、抱かなくて済んだのに。
ご訪問、感謝もうしあげます……!




