10.存在を認める言葉
少し考えれば分かることだ。
誰も通り掛かることのない、書架の奥。師匠の要望に応えて向かったそこは、『熱』の魔法を主題に研究をしている彼らには、全く関係のない場所だ。
欠陥品を貶めたい者はともかくとして、イルニスが『偶然』訪れるはずなどない。
では、何故現れたのか。
恐らくロイは、荷物持ちとしてミュゼットを連れてきた。そして、何かを取ってこいと命じたのだと思う。
彼女は言いつけ通りに振る舞い、ロイの姿を探して館内を歩き回り――、あの場面に遭遇した。
口出しせず、見ない振りも出来ただろう。実際そうしようと思ったかもしれない。
だが最終的にニコはあの場から逃れることが出来ている。
「ようやくお伝えできます」
「ま、待って下さいっ、わたしは……っ! ……本当は……、逃げて、しまおうと……」
「ですがイルニス様が現れた。私にはそれが全てです」
欠陥品の周囲で起きる面倒事に、介入しようと思う人間は少ない。己の身を守りたいなら、それはある意味では正しいことだ。けれど。
「あなたが、私を救ってくださいました」
羨む相手に向き合うことも、誰かの意に反することも、ミュゼットには勇気のいることだっただろう。特にロイは同じ部署の人間だ。後々どんな扱いを受けるか考えてしまえば、足を止めたくなると思う。
それでも、ミュゼットは走って声を上げてくれたのだ。
「ありがとう、ございます」
――きっと、たくさん頑張ってくれましたよね。
そう告げて微笑むニコを、ミュゼットは呆然として見つめた。
ありがとう、と。
紡がれた音の響きがミュゼットの頭の中で言葉になって、理解する。
贈られた優しい想いが心に染みて、ぽろり、と涙になって溢れ出た。
(……どう、して……)
自分にないものが眩しくて、羨む分だけ惨めになって。
目にするだけで苦しくなるのに、気にしてしまう。
そんな下らない感情に囚われて、助けることすら迷った自分が情けなかった。
でも。
(許して、くれた……)
逃げようとしたのだと分かってなおも、感謝の気持ちを届けてくれた。
(――こんなの、もう……敵わない、です)
嫌う勇気もなかったから遠ざけた。いっそ嫌われてしまえばいいとも思っていた。けれどもニコは、そんなミュゼットの弱さを嫌わなかった。
笑いかけ、頑張ったねと沈む心に寄り添った。
そんな人の存在を、どうして否定し続けられるだろう。
(……わたし)
もっと、ちゃんと力になりたい。
躊躇うことなく、心から手を差し伸べたい。
空回ってばかりで、上手く出来ない自分がいる。
また失敗するかもしれない。誰かを困らせるかもしれない。
それでもどうしても届けたいと――この優しさに、何かを返したいと願ってしまう。
(余計なことだと、思われても)
たった一人、『特殊』だと区別されるこの人を。
支えようと決意しながら、ミュゼットはニコの手を握り返した。
季節をひとつ、越えてしまいました。
久し振りの更新ですが、読んで下さり本当にありがとうございます。
皆さまがほっと一息ついたり、くすりと笑ったりできるような、そんなお話が書けるよう、また頑張っていきます❀




