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私とお師匠様との研究記録  作者: やなぎ いつみ
検証実験記録No.156
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4.目的の決定

 深夜、与えられていた備品を持つこともなく、ニコは身一つで部屋を出た。

 街を彷徨えば捕まって適当に売られる。行き着く先は不当な飼い殺しだ。なら森が良い。獣に喰われて土に還り、留まることのない流れに身を任せたい。

 およそ13歳とは思えない思考をし、ニコは研究機関の出口を目指して歩いた。


 最低限の明かりだけが灯された廊下は薄暗く、人気もない。

 昼間とは違った顔を見せる建物は、何も知らない子供には先へ進むことを躊躇らわせる雰囲気があった。


 しかしニコはそんなものに何の恐れも感じない。

 彼女は一度歩いた場所は忘れないし、職員に連れられて上から眺めたことのある構造から、最も警戒の薄い出口に当たりをつけることが出来ていた。

 迷いなく進み一階まで下りた時、ニコは此処まで誰にも見咎められなかった事実と、自身の行き着く先を静かに受容した。


 止まりかけていた足を前に出した時、ニコの身体が突然の浮遊感に襲われる。


「こんなところで見つけるとはな」

「……だれ?」


 ニコは暴れることなく、自身を抱え上げた背後の相手に誰何(すいか)した。ニコの事を知っているような口振りだったが、彼女にとっては初めて聞く声だ。

 とはいえこんな夜間に起きている事を考えると、大方研究に没頭し寝食を忘れた変人だろうと察せられる。


 ニコに逃げる気がないと察したのか、相手は抱え上げた小さな体を下ろして名乗った。


「俺はフォルス。お前はあれだろ、前代未聞の特異体質」

「……魔法を使えないというなら、そうらしいですね。そう言う貴方は随分と有名なようで」


 ニコの子供とは思えない冷たい声と切り返しに、フォルスは目を丸くした。


 彼が研究するのは関心が向いた事だけ。そして行う検証は被験者が逃げ出すようなもの。変わり者が多いとはいえ一応組織として成り立つ機関において、彼は数々の問題を起こしていた。

 それでもフォルスが造り出す魔法は革新的で、所属してからの短期間でも機関に大きな利益をもたらしている。


 結果、彼は誰の下につくこともなく一人で使える研究室を与えられることになり、色んな意味で好き勝手する奴だと多くの研究者の口に上っていた。


 だがそれを検査と実験漬けの日々を送る子供が気に留められるかというと、難しいだろう。何せ誰ぞの妨害行為により、フォルスはこの特殊な人間と会ったことがない。


 自然と、彼の口が笑みを型どる。


「お前、頭がいいな」

「そんな人はごろごろいますよ。私みたいな欠陥品じゃないですし」

「俺からすれば魔法が使える事自体奇跡みたいなもんだ。成そうと思えば人はその身だけで多くの事を叶えられる。なのに魔法という力を有難がりもせず、その差だけで他者を見下す馬鹿の方がどこかおかしい」

「…………」


 ニコは自身の自虐めいた返答に予想外の言葉を返され、暫し呆然として瞬いた。


 『普通の人』の言う事ではなかった。魔法を使えることが『当たり前』の人間に、そんな言葉は出せない。


「それで――何処へ行くつもりだった?」


 落ちてきた問いかけにはっとし、ニコは自身が選んだ終点を思い出した。


「……もう、いらないようなので」


 他人が聞いて気分のいい話ではないと自覚しているので、ニコは行動の理由だけを述べた。

 するとそれを聞くや、フォルスは我が意を得たりというように笑みを浮かべ、じゃあいいよなと呟いた。


「成程、それは好都合。こっちは散々邪魔されて焦らされてるんだ。誰も――お前すらも要らないというなら、俺がお前を貰おう」

「…………もら、う……?」


 唐突な言葉に、ニコの眉間に皺が寄る。

 憂さ晴らしに使われる孤児はよくいる。ましてや彼女は出来損ないだ。


 だがニコは何となく、フォルスがそんなつまらない人間ではないと感じていた。


「……私には焦れるほど待つ価値はないですよ」

「それを決めるのはお前じゃない。何にどんな価値を見出すかは俺の勝手だ」


 フォルスの言う事は間違ってはいない。だからニコには返す言葉が何もなかった。


「不可能こそ、俺にとって何よりも素晴らしい崇高な課題だ。だから『不可能』が『当たり前』のお前には限りない可能性がある。俺の研究で、お前が魔法を使えるようにしてやるよ」


「――っ」


 思わず身体が震え、ニコはまだそれを求める自分がいたことを自覚した。

 ニコが機関に来た時も同じような言葉を聞かされた。そしていくつもの検査と実験を繰り返し、その上で彼女の欠陥が修正不可能だという判断が下ったのだ。


 もういい。もう何もいらない。これ以上、何も求めたくない。


 摩耗するだけだったこの2か月を思い出し、ニコは必至で立ち止まろうとしていた。 


 全てを捨てたなら、否定することなど何もない。

 期待したくないと思うことこそ、彼女の心がまだ生きている証なのだと自覚せぬまま、ニコは自身に言い聞かせるように否定を返した。


「……いいえ。これは、治らないんです」

「それは確定事項じゃない。俺は他の研究者の結果は信用してないからな。それに治らないなら別の方法を作り出せばいい」


「仮にできたとしても、それを使う場面は他にないと思います」

「結果だけ見れば汎用性は薄いだろうが、その過程で得られるものは多いはずだ。それに今までなかっただけで、この先にないとは限らない」


「っ、全部仮定の話です。利益が出なければ時間も労力も無駄になります」

「確かにそういう考え方も必要だろうが、俺には不要だ。成したいと思ったことを追い求めるだけだから」


 全ての否定がフォルスによって切り捨てられる。逃げ場を失くしたニコは、疲れたように呟いた。


「……自由、すぎます……」

「研究者が自由な思考をできなくてどうする」


 視線を落としたままの彼女の頬に、フォルスの手が伸びる。

 成すがままに顔を引き上げられ、ニコがフォルスと顔を合わせれば、探求者の強い眼差しが彼女を射抜いた。


「求めろ。その思いが今を変える力になる」

「――っ」


 フォルスの言葉はとても強く、そして輝いていた。

 今まで見てきたどんな魔法よりも光を放ち、ニコはフォルスが新しい魔法を使ったのだと思ってしまった。


(――だって、そうじゃないとこんなこと……)


 説明がつかない。


 突然、見えるものが色づいた。

 歩く先に、無かったはずの道ができた。


 ニコは自分の胸が震えるのを感じながら、ぐっと奥歯を噛み締めた。

 込み上げるものを抑え込もうとしたのだが、あふれた雫は身の内に溜まる魔力のように留まってはくれなかった。



 こうしてフォルスが使う魔法に魅せられ、ついていったのがニコの第二の人生の始まりだった。








お読みいただきありがとうございます。



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