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私とお師匠様との研究記録  作者: やなぎ いつみ
検証実験記録No.156
3/64

3.先行研究

 二度目の事態を受け、ニコは一日半もの間眠り続けてようやく目覚めた。

 孤児院ではない場所に戸惑っているうちに、見ず知らずの大人が様子を窺いに現れる。

 そこで受けた提案が次のようなものだ。


『流石にもう、解除が早すぎたとは考えられません。恐らく魔力の排出の方に異常があるのだと思いますが、何せ前例がないもので。一度、国の機関で原因を調べて改善を目指してみませんか?』


 ニコはそれに、一も二も無く頷いた。

 魔法が使えるようになるのなら何でも構わなかった。



 そうして方向性が決まると、周囲の大人達はすぐに動き始めた。

 下の子達と顔を合わせづらかったニコは、院長とだけ会って事の概要を伝えることになる。

 その時最後に告げたのは『行ってきます』だった。

 また戻れると信じていたから、ありがとうもさようならも言わなかったのだ。



 それからは付き添いの人間と共に、南方へと歩みを進める日々になる。

 数日かけて辿り着いたのは国の都で、田舎育ちのニコにとってはとても煌びやかな場所だった。

 彩り豊かな建物たちがひしめき合い、見たことのない食べ物が並んでいる。嗅いだことのない匂いが漂っていて、遠くには初めて見る『海』という水たまりがあった。


 こんなにすごいものが溢れる場所ならば、自分の問題などきっとすぐに解決するはずだ。

 ニコはそう思いながら、魔法を研究する機関の門をくぐった。



 ――だがこの楽観的な思考は、わずか一週間で消え去ることになる。



 ニコの身は魔素と人体の研究を専門とする者達が預かり、時々専門外の研究者も出入りしつつ調査が進められた。

 制限を解かれて死にかけるのは基本で、その状況下でただ観察されたり、謎にいくつも魔法を掛けられたりする。

 極限に達して意識を失えば魔力を抜かれ、そして目を覚ませば頬には見たくもない印が再び存在を主張しているのだ。


 それでもニコは大人しく研究者達の言う事を聞き、必死で耐えた。


 来る日も来る日も気が重くなるような事を繰り返し、気づけば彼女が機関に連れて来られてからひと月が経過していた。

 一日の終わり、ニコは寝台へと倒れ込み、一人疲れを吐き出す。


(……しんどい、です……)


 検査はニコの体調を気遣いながら行なわれていたが、それでも彼女の消耗は激しかった。

 何より状況がほとんど変わらず、今何が分かっていて何を問題視しているのか、検査の進捗が不明だと言う事もニコを擦り減らした。

 彼女が詳細を尋ねても、子供だからか返される答えはいつも曖昧だ。

 幼い身は、普通に魔法を使えるようにという願いだけで保っていたと言える。


(明日も、頑張りましょう……早く……)


 帰りたい。


 孤児院とは違い、機関での食事は豊かだ。

 与えられている部屋も一人部屋で、眠る寝台は大きくて柔らかい。毎日温かい湯で身を綺麗に整えられて、季節的な暑さに辟易することもない。

 全てが夢のように贅沢なのに、ニコは『家』を思い出す。


 孤児院で年少の子供の悪戯を叱り、彼らを引き摺って畑の世話をし、炊事と内職をする。

 思い返す記憶の中の自分は、いつも心地よい賑やかさに囲まれている。


 安定しているから大事だった。

 だがその日常がニコにとって『楽しかった』のだと、初めて気づいた。





***





 そんなニコが願った非日常の終わりは、突然に訪れた。

 いつもの如くニコが呼ばれて研究者の元へと行くと、彼は困ったような顔をして彼女を見下ろした。


 直感で、嫌な話をすると分かった。


 身構えたニコに、彼は重々しく口を開く。


「君は……魔素に関係する器官に修正できない異常があって、魔力を外へ出すことが全く出来ない。我々も色々と考えたが……残念ながら改善しなかった」


 その言葉が頭に浸透するのに、ニコは暫しの時間を要した。

 この国で最も進んだ魔法の研究をしている機関。

 そこに所属する彼らが出した明快な答えが、分かっていながら理解できない。


(――えと、つまり、私は――)


 結論に至る事を拒んでいると気づかず、ニコは動揺して視線を巡らせる。

 その時、不意に遠くで話す研究者達が彼女の目についた。

 距離からして、彼らの声は聞こえないはずだった。

 それなのに。


『どうしようもない――』


 ――欠陥品だな。


 その言葉だけが、ニコに届いた。

 薄い防御を破って刃物のように突き刺さったそれは、彼女を抉って心の中に棲みついた。


(……欠、陥……)


 それを反芻した瞬間、急激に気分の悪さが襲いかかり、ニコはその場に膝をついた。魔力が過剰になった時とは違い、異様な寒さを感じて身体が震える。


 魔力を外に出せなければ、魔法も使えない。誰にでも出来る当たり前の事が、自分にだけ出来ないのだ。

 その上魔力が過剰に蓄積すると身体が壊れる。一生魔素の取り込みを阻害してもらいながら生きていかなければならない。


 誰がどう見ても、ニコは手のかかる『不良品』だった。


(……私は、何のために……)


 耐えて来たのか。

 そして、生きていくのか。

 自身の行く先が唐突に途切れ、ニコは暗闇に身を投じた。





***





 それからというもの、ニコは研究者達との関わりがぱったりとなくなった。


 次の研究で忙しい彼らが、ニコに目を向けることは恐らくもうないのだろう。検証作業で死にかけることはなくなったが、生きている気もしなかった。

 時々顔を合わせる職員は可哀そうなものを見る目をしていて、ニコは自身がそんな風に見られることで、より自身に欠落しているものを実感させられていた。


 することも出来ることもなく漫然と時が流れていき、身の振り方について考えていたある日のことだ。


 機関側より、ニコを引き取る決定をしたとの知らせを受けた。


(……これ以上、何をすればいいのでしょう……)


 諦めないという意思表示か、それとも別の何かをさせるのか。


 とはいえ孤児院に戻っても、皆ニコの扱いに困ることには間違いない。

 彼らとしても本人のためと言ってくれる場所に、寄付と引き換えに託す方が色々と都合が良いだろう。

 ある意味売られたのと変わりないが、ニコに恨みはない。


(こんな形で役に立つつもりでは……。まぁ、もう、いいのですが……)


 何をするにも人の倍以上の労力を要し、場合によっては為すことすら出来ない。

 そんな存在に何か価値があるだろうか。

 不良品は処分されるだけだ。

 親がニコを捨てたように、使い物にならないニコは社会から捨てられる。

 淡々と納得した。










お読みいただき有難うございます。


何でこう暗くなるのか。毎度初っ端からすみません。m(__)m

次で変人に拾われます。



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