5.傍若無人で酷いひと
「いやほんともう、どうやって泣かそうかと」
「我儘は反省しますので、その嗜虐心を抑えてください……」
居たたまれなさと自己嫌悪を感じながら、ニコは己と主の世間体を守るため、真っ当な交渉を試みた。が、謎の葛藤から復活した主はにやりと笑ってこう言った。
「断る」
「反省――」
「させない」
「では放って」
「おかない」
――どうしろと。
ニコは遠い目になって壁を見つめた。
そもそもこんなことになったのは師匠のせいなのだ。
白状しろと追い詰められたことではない。もっとずっと、前からのことだ。
ニコはただ、まともになれればそれで良かった。なのに主は傍若無人な振る舞いで、容赦なく余計なものを押し付けた。
それも、ニコがもういいと、なくてもいいと手を離したものばかり。
(……はじめは、お師匠さまへの要望すらなかったはずなのに……)
叶えられる度、望むことは増えていく。
そんな自身を再認識したニコは、きゅっと唇を噛みしめた。いつか途方もないものを想い、願ったりしないよう。
「……お師匠様は、酷い人です」
「お褒めに預り光栄だ」
一言だけ詰ってみれば、何故か主は喜んだ。流石、常人との感覚のずれが激しいだけある。
諦めたようにため息をつき、ニコは形の変わったパンをかぷりと噛んだ。
もぐもぐと咀嚼し、冷めかけたスープを飲み干す。
順調に消えていく食べ物とニコの前で、フォルスはひたすらにまにまとしていた。
気持ち悪――怖い。
「……あの、お師匠様も食べませんか」
「今別なものを噛み締めてるから後にする」
「……そうですか……」
知らないうちに訳の分からないものを食っていた。
ニコからすれば幻覚だ。
もしかすると、『寝不足の脳内で特殊な成分が沸きだしている』のかもしれない。
頭に刷り込まれた無駄知識を繰っていると、主が栄養摂取を再開した。何かを味わい終えたのだろう、むしゃり、と茶色の主食が食い千切られる。
その様を見ながら、ニコはサラダが消えた器をつついてみた。
こんな空白の時間も、馬鹿みたいな話をすることも、出会った頃にはなかったものだ。
空になった椀が傾いて、底に残った水がゆらりと揺れる。
「ん、」
「っはい。――と、食べ終わってからどうぞ」
何かを思い出したような反応に、ニコは咄嗟に聞きかけて――止めた。分からなくはないだろうが、誤認したときの危険が大きすぎる。
そのまま大人しく待っていると、彼はスープの力を借りて飲み下し、口を開いた。
「そうそう、大事なことを言ってなかった。今週末は商会へ行くからな。魔力を使い切って発作を起こしたりするなよ」
唐突に組み込まれた予定に、ニコは瞬いて問い返す。
「何かあったのですか?」
「今回の報酬が機関長経由で入ってくる。それをメルに預けるのと、ついでに軽く話でも聞こうかと思ってな」
「なるほど、そうでしたか。ではきっと、メル様はお喜びになりますね」
「今回はどうこう出来るほど入らないだろうが……」
とは言いつつも、師匠の歯切れは悪い。
それもそうだろう。先ほどから上がる『メル』という人間は、変人と名高い彼の想像を超えてくるのだ。
読んで下さってありがとうございます!
滅茶苦茶空きましたが、見捨てずにいて下さった方々には感謝しかないです~っ。゜(゜´ω`゜)゜。




