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2.出会った時からそうだった


 受付で貸出手続きを済ませ、ニコは重くなった体を引き摺りつつ、辿り着いた研究室の扉を開いた。


「戻りました」

「遅かったな」


 珍しく、机に向かったフォルスが言葉を返した。それに僅かに驚いて、ニコの疲れが一瞬飛ぶ。

 だがすぐに『遅かった』原因が思い出され、深く溜め息をついた。


「……とかく嫌味を言いたいらしい人間に遭いまして」


 面倒でしたと締めて本を渡せば、彼はそれを受け取りながら、ほう?と声を出す。

 その声の調子から、主が詳細が聞きたがっていることに気がついた。

 嫌み程度であれば躱して帰ってくるのが常なので、違和感があるのは分からなくもない。


(集中していてくださればよかったのに……)


 言おうと思えば際限なく愚痴が沸くが、聞かされて楽しいものでもないだろう。

 それに、中にはあまり言いたくないこともある。


 ニコは頭の中で理由を整え、口を開いた。


「少しばかり、抜け出すのが難しく。通りがかったイルニス様が声を掛けて下さいました」


 あと誰かもう一人いたなと思いつつ、下が馬鹿だと大変そうですねと毒を吐いて再び話を終わらせる。

 そんな最小限の情報のみを得たフォルスはというと、珍しい弟子の反応をじっくりと観察し――それが自身の腕を握った瞬間、とあることに気がついた。


「……あと一歩で、魔法を使うところまでいったか」

「……? いえ、何故です?」


 ニコが首を傾げると、師匠はとんとん、と自身の胸元を指で示した。


「外れてる」


 え、と零し、ニコは彼が示す場所に手をやった。

 その瞬間、さっと血が下がるのが分かった。指先が、開いた釦穴に触れていた。掛け忘れたのでなければ、原因は一つしかない。

 

(……っ、あの男は、本当に、本気で……)


 イルニスが来なければ、ニコは印を晒していただろう。そうなればどうなっていたのか。

 あれが嫌う相手(師匠)の魔法を直接目にし、へぇ、で済ませるとは思えない。興味半分で消されていたか――何にせよ、師匠以外の手が触れていたことは間違いない。

 ぐっと強く、奥歯を噛み締める。


「――たまたま」


 込み上げる嫌悪感と震えを抑え込み、口を開く。


「外れてしまったかもしれません。不愉快で、強く握ってしまったもので」


「……そうか」


 困ったように微笑めば、師匠は僅かな沈黙の後に笑みを見せた。


「正当防衛という言葉があってだな」

「……、過剰防衛という考え方もありますね」


 何故その概念を持ち出したのか、ニコは深く問うのをやめた。


「ならこうだ。うっかり頭がぶつかって、鼻っ柱が折れました」

「それ私も痛いですよね。どうせなら、気づかず足を踏み抜くくらいにしたいです」

「成程な、確かにそうだ。また弟子の記憶が飛んでも困るしな」

「……またとは聞き捨てならないのですが」


 しょっちゅう何かを忘れている様な言われ方に、ニコは不服を訴えた。


 意識がなくて日付が飛んでいたことはあるが、その前後を含め、フォルスと会ってからのことで忘れたものなど一つもない。


 そう主張すれば、彼はにやりと笑って口を開いた。


「本当か? 家で初めて食器割って震えてた時のこととか、煽りに乗って遠慮なく脱いだ時のこととか忘れてるんじゃないか?」

「何ゆえ真っ先にそれを引っ張り出してきたのです」

「面白かったからかな」

「……今すごく、お師匠様の記憶を抹消したいのですが」

「残念だが、記録に残してあるからやっても無駄だな」

 

 楽しげな様子で頬杖をつく相手に、ニコはがくりと脱力した。

 それが何の役に立つのか教えて頂きたい。


(……あぁ、もう……)


 いつもこんな調子だ。


 嫌味に遭って、静かな表情を保つ裏で内頬を噛む。

 そうしていると、自称師匠がおかしな会話をニコに振り、気づけば見方が変わっている。


 それが故意か偶然かなど、聞いても恐らく師匠は答えない。

 だからニコが最後に言うのはこうだった。


「もう、いいです」

「確かめておかなくていいのか?」

「幸いなことに頭は無事ですし、五年分を語るには今日だけでは時間が足りませんから。それよりも、私の事をお待ち頂いていたのです」


 なさりたいことがあるのでしょう、と言い切れば、彼は満足そうな表情を浮かべて席を立った。


「あぁ、察しがいいな。流石俺の助手」

「それは自分を誉めているのか、私を誉めているのかどちらでしょう」

「両方」


 さくっと返された答えを一瞬考え、理解が及んだ途端また脱力感が沸き上がる。


「流石、お師匠様ですね」

「そうだろう」


 今のは誉めたわけではないのだが、そうと分かっていて胸を張るところが彼らしい。

 もはや可笑しくなってくすりと声を漏らせば、フォルスは一瞬瞬き笑みを溢した。

 

「じゃあそんな俺の凄さが分かったところで、早速やるか。印の構成を弄ってみたんだ。書き換えるから脱げ」

「もっと婉曲に言えないのですか?」


 どうしようもない研究者に仕方ないですねと溢し、ニコは自らの手で釦を外した。


 数十分前に聞いた遠回しな要求と違って、不快感は全くなかった。








お読み下さりありがとうございます!


昨日久々にブックマークを整理して、過去を振り返りました。

するとアカウントのない時代に拝読し本棚にお迎えしていなかったものや、読み逃げしていたお話がごろごろ出てきて……(´`;)

作家の皆様すみません!

ちなみに以前は恋愛<ファンタジーという傾向でした。読み返すとまた嵌まりそうです。

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