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私とお師匠様との研究記録  作者: やなぎ いつみ
研究成果報告書
17/64

2.被験者は黙して語らず


 楕円形の建物の造りに沿って、緩やかに曲線を描く廊下を進む。

 見えてきた階段を下って二階へ降り、フォルスとニコは一際重厚な造りの扉の前に立った。


「機関長、フォルスです」


 訪問を告げる合図に対し、中からは入室を促す声が掛けられる。

 それに従い押し開けた扉の先では、男が一人、執務机についていた。


 魔窟(きかん)を束ねる長、ディレクである。


 鈍色の髪に灰の瞳を持つ彼は、経歴と立場に反しかなり気遣いの出来る人間でもあった。


「呼び立てて済まないね。ニコ君も座りなさい。君にも関係がある」


 日頃頭を悩ます相手すら労い、主の背後に控えようとした助手に席を勧める。

 相変わらず胃に穴を空けそうな人だなと思いながら、ニコはフォルスの隣に腰を下ろした。


 その次の瞬間だ。


「で、何ですか? 俺の思考時間をぶったぎってする話とは」


 飛び出した師匠の発言に、弟子は静かに瞑目した。


 言葉尻を丁寧にすれば良いというものではない。


 上司への態度とは到底思えないが、変人の管理をしてきた相手にはこれくらい慣れたものだった。

 溜め息一つで受け流し、ディレクは再び口を開いた。


「ニコ君の印のことだよ。魔法は使えるようになったが、まだ完璧ではないと言っていただろう」

「ええ。使える魔力は印に込めた魔力量に依存しますし、発熱もありますから」


 開発者が迷いなく挙げた問題点に、ディレクが覚えているよと頷き、続けて問う。


「一つ確認するんだが、その熱さというのは具体的にはどれくらいなんだい? 報告では程度が曖昧なんだが、君は問題と捉えている訳だろう」


「そうですね……客観的な事実をお伝えするなら、今のところ熱傷はないとしか言えません。あとはもう個人の感覚になりますので。――なぁ、ニコ?」


 もの言いたげに名を呼ばれ、ニコは目を泳がせた。



 フォルスの言う通り、現在印の発熱は数値での表現が出来ていない。

 温度計を使おうにも脂肪不足で球部が挟めないし、魔力を紡ぐ僅かな間では器具が反応出来ない可能性が高かった。


 そうなれば、被検者による評価が重要になってくるのだが――。


「……無い方が良いとは思いますが、自分としては……許容範囲なので」


 毎度魔法を使うたび、フォルスに熱いと訴える。

 だがいざそれを詳しく尋ねられると、ニコは沈黙してしまうのだ。


 強弱は分かるが、それで魔法を描く手を止めるほどかというと……そうでもない。



 影響を把握しようとしたフォルスが、人間の表情がいくつか書かれた表を示してきたこともある。

 喜びから悲しみまで数段階に分かれた中で、熟考したニコが選んだのは微妙に歪んだ顔だった。


 そしてそれが何度か繰り返された時――師匠は弟子の主観に頼ることを止めてしまった。



 目を伏せたニコの隣で、フォルスがどうだと言わんばかりにディレクを見る。


「――っ、ニコ君は我慢強いからね。うん。余程苦しい思いをしていないなら良いんだ。具体的な状態が知りたかっただけで」

「……申し訳、ありません」


 自身の発言で少女がどんどん追い込まれ、ディレクは慌てた様子で気にするなと手を振った。

 そんな上司の様子を楽しそうに見やりつつ、フォルスはゆったりと背凭れに身を預ける。


「まぁそこは俺としても気にはなるので、方法を検討中です。印の方もまだ弄りがいがありますし……本当、色々と飽きませんね」


 そう宣い、彼はニコの顔より少し下に目を向ける。

 ディレクはその部下の視線を追い掛けて――すぐさま明後日の方を向いた。


「……言っておくが、おかしな方法は避けるんだよ」

「目的の達成のために、最善を尽くします」

「そこははいと言ってくれ……! 今のじゃ何をするか分からないだろう!?」

「安心して下さい。何をしても合法ですから」

「全くもって安心できない……!」


 主の掌の上で転がされる男の哀れな嘆きが部屋に響き、ニコは誰もいない、遠くを見つめた。









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