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私とお師匠様との研究記録  作者: やなぎ いつみ
閑話1 助手活動記録
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4.それからの日々は

 

(――あれ以来、少しずつ助手のお仕事が増えていったのですよね……)


 客の取次や資料の準備、連絡事項の確認に(あるじ)が忘れる予定の管理。加えて、家の方での家事全般。


 これらが増えた契機はいつも同じ。見ていられずに手を出したのが始まりだ。


 フォルスといると、ニコはよく『出来る』と『する』の違いを感じる。

 彼はやろうと思えば出来るものでも、気が向かなければまずしない。だが一度(ひとたび)関心を持ってしまえば、やめろといっても止まらない。


 全くもって自由過ぎる。


 どうしようもない主の所業を繰りつつ歩いていると、一瞬、書架の間によく知った色を見た気がした。

 思わず足を戻してそちらを覗けば、案の定、ニコにとって最も馴染みの研究者が本を開いていた。


「お師匠さま」

「――ニコか」

「どうされたのですか?」


 一拍置いて顔を上げた彼に問いかける。


 今は学院内にいるはずの時間だった。

 よもやとは思うが、調べもので時を忘れていたのではなかろうか。


 見上げる弟子がそんな疑いをかけていると気づいたのだろう。師匠は手刀と共に休憩時間だという答えをくれた。


「前の時間で器官についての解釈を話したら、生徒達(あいつら)と白熱してな。他のはどう攻めてたかと思って」


 そう言いながら本棚へと目を向ける様子を見ていると、彼が生徒に混じって沸く姿が容易に想像できる。 


(本題の方は大丈夫なのでしょうか……)


 余計な雑談に重きを置かれた授業の進度が気になった。


 ここで水を与えてしまうと次に影響しないか心配だが、このまま放置しておくのも問題だ。

 何かの切っ掛けで集中されると、それこそ講義が潰れてしまう。


 ニコはひとつ息をつき、フォルスが立てたいくつかの仮説を思い浮かべて口を開いた。


「……ちなみにそれは、器官の成り立ちに人為的な介入があるのでは、という……?」

「ああ、よく分かったな」

「自分にも関わりのあることなので」


 師匠の思わしいという様な声に応えつつ、ニコは見覚えのある背表紙達をなぞって歩き始めた。

 


 フォルスは常々、器官の存在に疑問を抱いていた。

 魔素を魔力に変える働きを持ちながら、その取り込みを阻害しても命に別状はない。

 一方で、魔力が過剰に貯留すると全身に不調をきたす。

 この二つの事実を並べると、むしろ魔素を取り込まない方が安全だ。


 だが実際人間には器官があり、かつ今まで一例も異常がなく、全ての人が魔法を使って暮らしている。


 当たり前に流れていく世界を見て、師匠は言った。

 まるで、危険を承知で魔素を扱う手段を作っているようだ、と。


 定説と逆をゆくこの考えを、証明することは誰にも出来ない。

 だからだろうか、時折、主に似た者がそれぞれの持つ情報を駆使して己の考えを叫んでいた。


 

 ニコは思い描いていた背表紙を見つけ、それを棚から引き抜いた。


「こちらなどはどうでしょうか。阻害の印と魔素の関係について触れている箇所があったはずです」


 内容を言い添えて手渡すと、フォルスは早速紺色の表紙を開いて頁を捲った。

 ややあって該当箇所を見つけたのだろう、にやりと笑って口を開く。


「よく、覚えていたな」

「管理せよと命じて頂きましたので」


 主の部屋にあると、時々、書物達は不慮の事故に遭遇する。その加減で最低限の内容くらいは確認するように癖付けてきた。


 お陰で色々な本には出会えたが――と思っていると、不意にフォルスがぱたりと本を閉じた。


「お前、実はこういうの嫌いじゃないよな。ちょっと残念だろ」


 言い方からして選択肢など無かったようだが、それとは別の思いでニコは首を横に振った。


 機関がニコを引き取ると決めた時、機関長を後見人とし、図書館での雑務を任せる案が纏まっていたそうだ。

『研究者』による不当な扱いを避けて、成果に依らずニコの居場所を確保する。

 そんな、一言で済む決定の裏にある配慮を考えなかったニコに、残念だと思う資格はないだろう。


 それに、彼らには申し訳ないが――。


「誰かといると、そう思う暇もない日々なので」

「――そうか」

「はい。不思議なことに」


 自身の表情など意識せず、ニコは主を見上げてそう答えた。

 すると彼は目を細め、なるほど、と答えを返す。


 何故だかとても、嬉しそうだ。

 向かいから伸びてきた手がニコの頭に触れて、下ろした髪を梳いていった。


「戻るまで、部屋で大人しく待ってろよ」

「あまり寄り道はしないで下さいね」

「安心しろ。直帰以外の道はない」


 そうではなく教壇でのことを言ったのだが、と思いつつも否定の言葉が出てこない。

 そのまま大人しく主の背中を見送って、ニコの方も踵を返した。

 

 これから必要な本を借り受けて、言いつけ通りに研究室で過ごす。

 あの日からそうだ。


 課題と仕事を一人で進め、日が暮れれば戻ったフォルスと家に帰る。

 そして二人で食事をし、眠り、また研究を進めるのだ。


 そんな日が積み重なって今日になる。


 残念だと思ったことは、一度もなかった。







お読み頂きありがとうございます<(_ _*)>


本日以前投稿分を3箇所改稿させていただく予定です。

誤字や表現の修正です。毎回、ご迷惑お掛けします。

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― 新着の感想 ―
[良い点] >向かいから伸びてきた手がニコの頭に触れて、下ろした髪を梳いていった。 「戻るまで、部屋で大人しく待ってろよ」 「あまり寄り道はしないで下さいね」 「安心しろ。直帰以外の道はない」 この…
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