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私とお師匠様との研究記録  作者: やなぎ いつみ
検証実験記録No.156
11/64

11.そして考える改善策

 暫くしてフォルスが筆記用具と測定器具を用意して戻ってくると、ニコは眠っていた簡易の寝台から足を下ろし、受け取った体温計を腋に挟んだ。

 その間に、彼はニコの頭から足の先まで観察し、変化の有無を記録していく。


(相変わらず、細かいです……)


 よく飽きないものだと思っていると、フォルスがペンを走らせながら口を開いた。


「そう言えば熱はどうだった」


 その問いに、ニコは胸を焼く熱さを思い出す。


「……やはり強くなりますね。とうとうお師匠様に焼かれるかと思いました」

「それは重症だ」


 ニコが軽口を付け足せば、フォルスは笑って記録を再開した。


 そうして必要事項を一通り確認し終えると、彼はニコの目の前に膝をついたままの姿勢で、何かを考えては書きつけてという作業を繰り返し始める。

 手持ち無沙汰になったニコは、ついぼんやりと紙を埋めていく文字を見つめた。


(……に、いつも……と……?……だめです、分かりません……)


 フォルスは研究途中の内容を知られるのを嫌い、記録にはこの国の文字を使わない。盗用を防ぐには有効な案だが、その資料を整理する側としてはとても厄介だ。


 ニコが解読を諦めたのとほぼ同時に、フォルスが手を止めて口を開いた。


「……やはり根本的な解決策を探るべきだな。お前の魔力量にも追い付いてないし。ひとまず今の印の魔力消費を抑える方法を考えるか」


 そう結論付け、取り終わったニコの記録を確認し直す。


「……体温は回復してるな……。他もほぼ正常。さてどうするか……」


 呟くフォルスに返すことなく、ニコは大人しく彼が答えを出すのを待った。

 虚空を見つめる彼の頭では、現状に対してのあらゆる推測と今後の成り行きが展開されているのだろう。

 程なくして、フォルスがニコを見上げた。


「よし、切り替えるか。念のため完全に寒気がなくなるまで魔法は使うなよ」

「分かりました」


 器官への負担を避ける指示を受け、ニコは素直に頷いて再び釦に手を伸ばした。


 フォルスの印は今のところ二日が限度で、万が一途中で途切れたりしないよう、日に一度は描き直しをしている。

 場所が場所だが、意識のない間に服を剥いたり剥かれたりする関係において、多少触る程度の事を気にしていたらやっていけない。


 唯一守られてきた下着だけはそのままにして手を下ろすと、フォルスは寝台の縁に手をついてニコの身体に身を寄せた。


 開いた胸元に手が伸びて、冷えた肌に自分のものではない温度を感じる。

 少し硬い指が柔らかなところを滑り、後を追うように彼の飴色が白い生地に刻み込まれていった。


 きらきらとした軌跡を結び終えると、フォルスは手を止めて描かれた印を眺めた。

 彼の魔力が小さく上下するニコの胸を彩り、薄く輝いて存在を主張している。


「――いつ見てもいいな。でもまだ発展の余地ありだよな」


 満足そうな師匠の様子に、ニコは暫し黙り込んだ。

 それは恐らく完全な自画自賛なのだが――。


「……今の構図だと、発言の対象が違うもののように思えますよ」


 ニコが遠回しに指摘すると、フォルスはあぁ、と頷いた。


「あんまり脂肪がつくと描きにくくなるな」

「言うに事欠いてそれですか」


 ニコでなければキレている。


「悪いとは言っていないだろ。どれだけ育っても上手く印をつけてやるから安心しろ」

「……」


 これをセクハラと呼ばずして、何をセクハラとするのか。

 正確な印にならなければ作動しないので、描きにくいというのは確かに問題ではある。ニコの方も凹凸が比較的平らになるよう協力すべきなのだが、ふと頭をよぎったその方法を口に出すことはなかった。


 恐らく互いに気にしないが、その体勢は傍から見ればかなり際どい。

 万が一そんな場面を見られたら、確実にフォルスが誤解される。


「……もういいです。ほんと、魔法を使うたびにお師匠様がヘンタイだって思い出します」

「お前最近そればっかりだな」


 そう言いつつ、フォルスがニコの手をとりするりと撫でる。

 一瞬で魔素の取り込みが解放されたが、彼女にはそれに礼を返すより先に言いたいことがあった。


「――だって言わないと反省しませんよね。いえ、言っても反省しませんが、多少頭に残してもらわないと困ります」

「今更の事だろ?」

「そうですね、私とお師匠様にとっては。ですが、お師匠様の扱いが不当だとして、私が貴方から取り上げられるようなことがあったらどうしてくれるのですか」


 ニコが魔法を使えるようになってから、欠陥品の存在とフォルスの能力は今まで以上に注目をされるようになった。

 元々彼に対する嫉妬や敵意は多く、ニコに対する気遣いだけで引き離される訳ではない。付け入る隙は少ない方がいい。


 ニコが真面目に危惧を伝えると、フォルスは一瞬目を丸くし――次いで声を立てて笑った。


「……笑い事ではないです」


 眉間に皺を寄せて再度訴えたが、彼が気にした様子はない。


「笑わせるお前が悪い」

「何処に笑う要素があるというのでしょう」


 人の気も知らないで、とニコは暢気な師匠を睨んだ。

 するとフォルスはまた笑って、どこか諦めたように溜息をついた。


「――ああ、クレアに何もしないって言ったばかりなんだがなぁ」

「はい?」

「なぁ、ニコ」

「なん――」


 満足そうな響きで名を呼ぶ声に、返す途中で腕を引かれた。不意のことに覚醒後の身体は対応できず、ニコはそのままフォルスに向かって倒れ込んだ。


 受け止めた相手の腕が背中に回る。


「…………何ですか、これは」

「離れるのが嫌みたいだから」

「物理的な距離の話をしたのではないのですが……」

「そうか」


 そう言いながら、フォルスがニコの髪を、肩を、背を撫でていく。


 触れられるのには慣れている。


 けどごく偶に――落ち着かない時がある。


「…………あの、もう……いいです」

「心配がなくなるくらい、こうしててやるが」

「いえ、そうではなくて……」


 言うべきことがあったはずなのに、頭が上手く回らない。


 ニコが言葉を探していると、フォルスはくすりと笑って身体を離した。


「分かってるって。安心しろ。お前を取られたら、俺はこの機関を吹き飛ばすから全く問題ない」


 フォルスはさらりと言い切った。

 彼がここに居るのは安定して研究が出来るからであって、愛着や誇りを持って所属している訳ではない。機関側が彼を望むのに対し、本人は気に入らなければそれくらいやってしまうだろう。


「……問題大有りです……。自重出来ない師匠のために、やっぱり私が気をつけます」

「弟子が可愛すぎて、毎日愛でたくてな」

「お師匠様の愛情は十分感じてます。是非その熱意を別の研究へも注いで下さい」

「浮気はしない主義なんだ。今はお前を暴いて俺の全てを注ぐことに集中している」


 そう述べて、フォルスが口の端を吊り上げる。

 言ったそばから飛び出すその発言に、彼の弟子は滅多にあげない声を上げた。


「――――あぁもう、このヘンタイ師匠っ」









――検証実験結果――


維持期間:2日間

使用魔法回数:10級×2、5級×5

印の発熱:あり、増大

魔素の取り込みの速さ:変化なし

過剰蓄積時の症状:体熱感、動悸、呼吸促迫、脱力

休眠時間:5時間

休眠中の身体状況:平均体温35度、徐脈

覚醒後の身体状況:意識清明、体温回復


日常生活で魔法を使い続けるには維持期間は不十分。

休眠時間が短縮した理由は不明。意識清明で復温できており、今後も同様の現象が発生するか検証の必要性あり。

いつも通り過剰となった魔力は抜き取らずとも症状は改善、器官の修復過程で対象の保有魔力量の拡大を起こしている。

現在の保有量は推定1級。続ければ災害級への移行もあり得る。

維持魔法に込める魔力の限界及び印の発熱により、姑息的手段として魔力消費を抑える仕組みを考慮。

――――()()()()機能に対する、根本的な解決法の模索を続ける。







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