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私とお師匠様との研究記録  作者: やなぎ いつみ
検証実験記録No.156
10/64

10.覚醒後の反応



 『自分』が目を開いた時、そこは薄く雪の積もる地面の上だった。

 身じろぎをする力さえなく、何かに背を預けている。


(……、わたし……は……?)


 疑問に答えるものはいない。

 体温を奪う冷たさに抗うことも出来ず、その体はただそこに在った。


 重く垂れ込めた雲からちらちらと白が降り、辺りを塗りつぶしていく。

 緩慢な動作で顔を上げれば、落ちてきたそれが僅かな間を置いてその頬を濡らした。


(…………このまま……とけて、しまえたなら……)



 もう何も、苦しむことはないのに。




 *****





 ふと、ニコは瞼を開いた。

 薄暗い中でも見慣れた天井が目に入り、すぐにフォルスの研究室だと理解した。

 もっと正確に言えばその続き部屋であり、彼が以前仮眠するために使っていた場所である。ニコが来てからは(もっぱ)ら、検証後の眠りのための部屋となっていた。


 頭はまだ覚醒しきっておらず、ニコは重い瞼を再び閉じる。

 それで眠りに落ちられると良かったのだが、一度目を開いてしまったせいか、脳は活動を始めてしまったようだ。

 色々なことが気になりはじめ、諦めて重怠い身体を起こした。


 目を閉じたままぐらぐらと揺れながら、その姿勢が馴染むのを待つ。

 大きな欠伸を漏らし、瞬きを繰り返してからニコは漸く周囲を見回した。

 そして気づく。


(…………)


 身を包む衣服は外側が一枚消失していて、丈の長い肌着だけがニコの肌を守っていた。

 服に皺が付くと困ると零した弟子と、眠っている間に色々と試したかった師匠の利害が一致した結果だ。


(……これも、やめてもらうべきですね……)


 溜息をついた時、不意に寒さを感じてニコは身体を震わせた。掛けられていた厚手の毛布を引き寄せて、自身を包む。

 この検証をするとニコの体温は必ず下がるため、毛布には保温の魔法が掛けられている。

 昔はフォルスがその変わりをしていたこともあり、初回は流石のニコも少し固まった。

 そんな弟子に対し、体温の変動と覚醒時間の関係を調べていたと述べた師匠はぶれなかった。


(天才ですが、ヘンタイなので……いや、天才だからですかね……)


 現状の魔法で修正できなかったニコの異常は代替品で補われることになったのだが、魔法を使うというのはただ魔力を排出するのとは全く違う。

 自らの意志で魔力を取り出すという仕組みの構築に、フォルスは非常に難渋していた。それでも諦めることなく試行錯誤を繰り返し、四年半の歳月をかけて彼はとうとうニコに『魔法』を与えてくれたのだ。


 そしてそんな執念深い天才は、器官に作用する魔法を使う上で、それを印す場所が及ぼす影響もきちんと確認していた。

 それにより、器官がある場所に近い方が消費魔力が少なく済むという事が判明し、魔法はニコの胸に描かれることになったのだ。


 因みにフォルスの実験動物はニコである。そして魔法は基本指で描く。

 その検証でニコがどのような扱いを受けたかは推して知るべし、である。


(才能が勿体ない……)


 ニコが目下の課題である師匠のセクハラを如何にして目立たなくするかを考え始めたところで、部屋の扉が開いた。


 顔を見せたのは当然この部屋の主、フォルスだ。


「起きたか」

「はい。今し方」


 事実を確認するだけの言葉に頷きを返すと、フォルスが部屋の照度を上げた。


「体調は?」


 普通ならば大丈夫かを気遣う問いを受け、ニコは目を閉じて息をつき脈を取った。


「少し怠さはありますが、起き上がるのに問題はありません。覚醒後なので冷えは残っていますが、脈は通常です。自覚的に大きな変化は感じられません」


 なるべく客観的な基準を使った報告をすれば、フォルスは考え込むように顎に手を当てた。


「……お前が寝てからどれくらい経ったと思う」


 ニコは最短でも丸一日、眠り続ける。最長では二日半目覚めなかったことがある。

 尋ねられるという事はそれを逸脱しているのだと察し、ニコは暫しその答えを考えた。


「……十二時間くらいですか?」

「五時間だ」

「ごっ……!?」


 かつてない記録に彼女が珍しく驚きを露わにすると、フォルスはああ、と頷いた。


「……お陰で顔色は良くはない」


 『違い』を指摘する言葉と共に、大きな手がニコの頬に沿えられた。


 ――その手は少し、狡かった。


 彼自身、この研究を止めることはないと分かっているから、フォルスは絶対に謝らない。

 ニコもそんなものはいらないし、心配も欲しくはないと思っている。


 それなのに――。


(暖かい、です……)


 目を閉じて、与えられる熱を受け入れる。

 すると自分がとても冷えていることを実感し、ニコは温かさを求めて擦り寄った。


 寒さは苦手だ。

 ずっと――ずっと前から。


 確かな温もりにほっと息をついてると、不意に添えられた手が顎を滑り、ニコの顔を引き上げた。

 ぱちりと目を開けば、飴色の瞳が見つめ返す。

 思いの外近かった顔に目を丸くし、ニコはそこでぼんやりとしていた自分に気がついた。


「あ……記録ですね」

「……そうだな」


 頷いたフォルスが踵を返し、一旦部屋を出て行った。







お読みいただきありがとうございます。

ニコの服は全て前に釦があります。時々背中で留めるものもあります。


中途半端なところで切れててすみません。

次で終わります<(_ _)>

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