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第八話

本日二話目です。

「こうなっては仕方ありません」

 オーレイがポケットからこれ見よがしに送音機を取り出した。

「近衛騎士の皆さん。王太子殿下の代理(プロキシ)としてオーレイ・シキ・タ・カイケーが命じます。大ホールに突入(ストーム)し公爵令嬢アトーデ・ミーナ・デ・ヘルツァーエとその一党を捕らえなさい」

 しまった! 忘れてた!


 向こうを見るとカガミーミルは倒れ、王太子は護衛に付き添われながら座り込んでいて、アークは気絶したコリスを横抱きにしながらおろおろしている。

 オーレイただ一人が得意げだ。

「公爵令嬢アトーデが暴力(バイオレンス)に訴えたときのために、近衛騎士の皆さんにホールの外で待機して頂いていたのです。ああ、逃げても無駄ですよ。全ての出入り口は既に固めてあります」

 知ってるよ!

 耳を澄ませば分厚い壁越しにかすかに聞こえる喊声。重いものが壁に当たったような音。

 こうなったら近衛騎士が入ってきた瞬間、皆がそちらに気を取られている間にアークを強襲してコリスを奪還、そのまま計画を進めるしかない。気取られないようにアークの背後に移動……はさすがに無理だ。ここはど真ん中だからな。かっこ悪いが突入にあわせて人垣に飛び込み、裏から回るのが現実的か。目論見を気取られると不味いから大きくは動けないが、少しでも離脱し易いようちょっとだけアトーデから離れておこう。



 ………遅いな。

 いつでも反応できるよう扉を注視しながら身構えているのだが、一向にやってこない。建物の正面玄関とホールの扉の間には短い通路が在るだけ。あっという間に来られるはずなのに……

 いつの間にか外の音も聞こえなくなっている。


「何時まで待たせるつもりだ」

 王太子が苛立ちを隠さず文句をいう。

「おかしいですね……如何しました? 早く来てください(ハリアップ)。聞こえますか? 返事をしなさい!」

 オーレイが呼びかけているが返事が無いようだ。何が起こっている?


 突然バァン! と扉が開き二人の近衛騎士が飛び込んできた……と思ったら後ろから打ち据えられて二人とも倒れ伏した。後ろにいたのは明らかに近衛騎士とは異なる皮鎧の、長い棒を構えた四人の男。黄色いスカーフを首に巻いているのは学園警備隊の印だ。

 どうやらフレンがうまくやってくれたようだ。よかった。


 近衛騎士達は気絶したようだ。よく見ると白い鎧がかなりボコボコにされている。どうやらここに来るまでにも大分やられていたようだ。

 警備隊の人たちはテキパキと近衛騎士を拘束するとそのまま外に引きずり出す。


 「どーもどーも、失礼しますよっと」

 入れ替わりに入ってきたのは一人の壮年の男。こちらも警備隊の黄色いスカーフを身に着けているが巻き方が大分いい加減だ。ガタイが良いのに姿勢は悪く、栗色の髪はボサボサ、無精ひげは伸び放題でこげ茶色の目は眠そうだ。着こんだ皮鎧はよほど使い込まれているのか遠目からでも相当傷んでいるのがわかる。

 その後ろから真っ赤なドレスのフレンがお嬢様然と続く。


「な、何者ですか?」

 混乱気味に問うオーレイを興味なさげに見遣りながら男が口を開く。

「自分は学園都市警備隊隊長のヤッテ・ラ・レンヤってモンです。ヘルツァーエさんはおいででですかい?」

「はい、ここにおりますわ。どのようなご用件でしょうか」

「なーに、ちょっとお知らせしたいことが御座いましてね。今良いですかい? 良い? そりゃどうも。実はですね、武装した野郎共が四十人ばかりこの建物に押し入ろうとしていたんでね、今しがた全員片付けて来たんでさァ。さっきの二人で最後でさァね。いやぁ、賊も運が無い。なんてったって今日は卒業式。他所の国々からもお偉いさん方が沢山見えるってンで警備隊が大増員、三百人から詰めている中に飛び込んで来たンですからね。そンで、そんなことが有ったってことをご承知置きくださいと、お知らせに来たって訳でさァね。そういう決まりなんでね」

「そういうことがあったのですか。私達の安全を守ってくださったことを感謝いたしますわ」

 明らかにほっとした様子のアトーデに対しオーレイは明らかに狼狽している。

「『片付けた』というのはどういうことですか!」

「拘束したんでさァ。まあ、抵抗した奴らにはちいっとばかり痛い目を見てもらいましたがね」

「何ということを! 近衛騎士ですよ、彼らは!」

「確かに近衛騎士らしい鎧を着て、近衛騎士だと名乗ってはいましたがね、あれは賊ですよ。こちらに連絡もなく押しかけてきて、挙句『罪人を捕らえに来た』なんて言ってホールに入ろうとするンですからね。

 おや、分からない?

 ここは国立(・・)魔法学園。王家の施設じゃないンです。学園都市だって王領じゃあなく国の直轄地で、つまりは自分ら魔法騎士団の縄張りでさァ。しかも学園本体には自治権があり、王国ができる前からの古い秩序が生きてるモンで自分らだって好き勝手には動けない。

 王都では如何なのか知りませんがね、ここでは近衛騎士だろうと許可無く建物に押し入るのはご法度、好き勝手に人を捕まえるのは唯の人攫いだ。こっちとしてもそんな輩は賊扱いするしかないンですわ」

 警備隊隊長は面倒くさそうな顔をしているくせに律儀に説明する。見た目に反して職務熱心なのだろうか。

 一方オーレイはというと放心してしまっている。

「いやぁ、それにしても危うく裏をかかれるところでしたわ。なんせ正規の手続きを経て堂々と入り込んでいたンですからね。このお嬢ちゃんが知らせてくれなかったら……あれ、お嬢ちゃん? さっきまで後ろに居たのに。まあいいや、知らせてくれなかったら外ばっかり見張って犯行に気付けないところでしたわ」

 フレンはこっそり人垣に紛れたようだ。

 フレンに依頼していたのは隊長に近衛騎士を止めるよう頼む事。他所から来た新任の隊長なので人柄が分からず、正直賭けだったのだがうまく行ってよかった。前任者なら確実に何のかんのと理由をつけて動かなかっただろうからな。


「貴様! オレの部下の邪魔をし、あまつさえ賊呼ばわりするとは許せん!」

 王太子がいつの間にか立ち上がっていた。多少魔力が回復したようだ。

「直ちに部下たちを解放しろ。ついでにそこにいるアトーデを捕らえて引き渡せ。そうすれば少しは罪を軽くしてやる」

「自分に命令しなさるのは、どこのどなたさんで?」

「オレは王太子ニヴァン・センジー・ス・テ・レオタイプだ!」


 王太子が名乗ったとたん、隊長の左目がギラリと光った。


「これはこれは」

 ずかずか王太子に近づき、踵や手で大きな音を立てながら芝居がかった仕草で直立不動の姿勢をとる。今まで姿勢が悪くて気が付かなかったが、こうしてみると王太子より頭半分背が高いな。

「敬愛する王太子殿下におかれましては、ご健勝そうでなによりです」

 言葉だけ取れば非常に丁寧なのだが、さっきまでのダルそうな感じとは打って変わって口の端が吊りあがり、皮肉な口調とあいまって攻撃的な雰囲気だ。まるでソーサリーフォックスが獲物を見据えどう仕留めてやろううかと思案しているような、そんな感じだ。

「殿下は自分のごとき木っ端軍人のことなど覚えていらっしゃらないでしょうから改めて名乗ることをお許しください。

 自分は魔法騎士団のヤッテ・ラ・レンヤ百卒長であります。今現在は学園警備隊隊長を拝命していますが、半年前まではフーゼン国境警備隊にてハッチ・ナ・キツラーニ千卒長の副官を拝命しておりました。

 万が一キツラーニ千卒長の名前をお忘れですといけませんので補足しますと、千卒長は、いえ軍籍を剥奪されたので元千卒長ですが、彼はいわゆる『誕生日のパレード事件』の責任者として収監されている者です。ちなみに自分はその件では百打罰の上、つい先日まで労働刑を受けておりました。具体的には荒野での開墾作業であります」


 お前の所為でこうなったと言わんばかりだ。なるほどそういう経歴なら王太子に敵対的なのも無理は無い。

 しかし新しく来た隊長が偶々(たまたま)そんな人だったというのは少し考えにくい。多分あのおっさんの差し金だろうな。


「貴様も逆恨みしているクチか。その件はそのナントカいうやつが悪いということで決着済みだ」

「もちろんその通り、千卒長が殿下の『お願い』を無理に叶えようとしたのが悪いのです。

 しかし自分はあの事件で二つの教訓を得ました。 

 一つは、王太子殿下は自分ら魔法騎士団に対し命令権を持っていないので、いくら命令しているように聞こえてもそれは単なる『お願い』でしかない事。もう一つは『お願い』を聞いた結果起こる事柄については自分らの責任になるという事です。

 そこで先ほどの『解放』云々の『お願い』ですが、はっきりお断りしておきます。賊を規則に反して解放してしまっては自分が罪に問われますのでね。

 それからヘルツァーエさんを捕らえろとの事ですがね、学園内のことならまずは学園の然るべき所、生徒会か教授会に届け出るのが筋ってモンでさァね。先ほども言いましたが学園には自治権があるンです。学園敷地内での問題は「賊が今しも暴れようとしている」なんて緊急事態でもない限り自分らは学園側、つまり教授会や生徒会からの要請があるまで動けない。そういう決まりなんでね」

「ならば生徒会長として要請する! そこの魔女を捕らえろ!」

「ほう、確かに生徒会長の権限なら要請出来ますな」

 隊長は澄ました顔を崩さずここでアトーデに向き直った。

「ヘルツァーエさん、殿下にその権限はあるンですかね?」

「いいえ、今生徒会の役員権限があるのは会長代行の私だけですわ。以前お伝えした通り、他の役員はニヴァン殿下も含め新学期まで権限凍結ですわ」

「貴様! いい加減なことを言うな!」

「残念ながら本当ですわ。三日前の臨時生徒総会での決定ですの。掲示板にも張り出してありますわ」

「何だと! 謀ったなアトーデ!」

 顔を真っ赤にして怒る王太子。一方のアトーデはすまし顔だ。

「謀ったなどと、人聞きの悪い。

 そもそもニヴァン殿下を始め役員の皆様が卒業式直前だというのに生徒会の職務を放り出し、引継ぎも何も無しに学園から出て行ってしまったのが発端ですわ。そのおかげで卒業式も記念パーティーも準備が滞ってしまい建て直しが本当に大変でしたの。特に卒業式は会長も副会長も不在で必要な手続きがとれず、そのままでは開催できないところだったのですわ」

 俺も手伝ったがあれは大変だった。何が何処まで終わっているのかの確認から始める必要があったのだ。そしてカガミーミル以外の四天王は何もやっていなかったと判った時の絶望感。しかもあの時期アトーデは遠距離攻撃の追試もあったんだよな。大勢で手分けして出来るところは熟していったがそれでもアトーデをはずせない仕事も多かった。本当に大変だったはずだ。

「王都にいらっしゃると分かってからは復帰をお願いする手紙を何度も皆様に送ったのですが、どなたもそれに対しては返事を下さいません。手紙が来たかと思えば王都への呼び出し状。

 そこでやむを得ず臨時生徒総会を招集し私自身を会長代行として選出、今年度いっぱいの期限付きで皆様の役員権限を凍結し、その分を私に集中させたのですわ。このことも手紙でお知らせしたはずなのですが……」

「くっ、コリスを守るために(ノイエ)三四七宮(サンスーチー)に移動したのが仇になったか。手紙もいつもの繰言かと思って無視していた……」

「だ、そうなンで、生徒会長殿からの先ほどの要請は受理出来ませんね。いやあ、残念ですなあ! ま、受理したところで要請に応じるかどうかは別ですがね」

 ちっとも残念そうじゃない笑顔で隊長が王太子を煽る。

 これは確実にバックにあのおっさんが居るな。でないと後が怖くてこんな風に煽ったり出来ないはずだ。近衛騎士を短時間で制圧した手際といい、おそらく隊長の元部下を部隊ごと引っ張ってきて、事前に準備させておいたのだろう。フレンが呼びに行かなくても出動する手筈だったのかもしれない。また借りを作ってしまったか。

「おのれ! 貴様、後で後悔させてやる!」

「後悔ならもうずっとしてまさァ、何故『パレード事件』の時千卒長を止めなかったのかってね。

 (うち)のカミさんにも『何時までもうじうじするんじゃない』ってよく叱られるんですけどね、それでもあの時ああすれば良かったこうすれば良かったと如何しても考えちまうんでさァ。性分ですかね。

 それではこれで失礼しますよ。賊への尋問に立ち会わなければならないのでね。なにしろ部下たちが「絶対首謀者の名前を言わせる」と大張り切りなもンで、間違って殺して(らくにして)しまわないよう注意しなきゃならんのでさァ」

 王太子への上っ面の敬意が剥がれ落ち、敵意を隠そうともしなくなった隊長は王太子に背を向ける。

「あ、そうそう、最後に一つだけ。

 殿下はさっき賊のことを『オレの部下』と言いましたよね。『オレの部下の邪魔を』と、確かにそうおっしゃいましたよね。

 近々その件と、それから多分正規の手続きで賊が入り込んだ件でしかるべき筋からお話があると思うんで、楽しみにしていてくださいね」

 左目をぎらつかせながらそう言い捨てると隊長は今度こそ去っていった。


 残された王太子の顔は真っ赤だ。斬りかからなかったのは辛うじて自制したからか、単に魔力が不足しているためか。


読んでいただきありがとうございます。

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