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第七話

今回、少し暴力的なシーンがあります。苦手な方はご注意ください。

 人混みの中、前方に余裕の無い場所で跳躍したので軌道は極端な山なり。そのままだと誰かの頭上に落ちてしまうが斥力魔法で自分を押して大きく軌道を変え、アトーデと王太子の間に着地した。


「ちょっと待った!」

「何だ貴様」

「俺はローシュ。コリスの兄だ!」

 アトーデを背に庇い王太子に向けて宣言する。

 勢いのあまり思わず敬語が抜けたが、学園ルール上は先輩だから問題ないはず。このままいってしまおう。

「コリスの兄だと。愚かな。コリスの兄といえばスミッコ・デ・ハムスタとハシル・デ・ハムスタ。二人とも立派な貴族だ。貴様のような額におかしなマークを貼り付けた変人ではない!」

 こいつ、ユーザンを覚えていなかったように元生徒会役員だった俺のことも覚えていないらしい。それから侵略者マークについては出来れば触れないで欲しい。自分でも微妙だとわかってるから。


「先輩! 私より弱いくせに何で出てくるんですの!」

 アトーデにいきなり袖を掴まれ(なじ)られた。少しは感謝してくれてもいいんだよ。

 顔を見ると怒っているような心配しているような、少しほっとしたような表情だ。化粧では隠しきれない目の下の隈。袖を掴む手も強張っている。アトーデもいっぱいいっぱいなのだろう。そう考えると腹が決まった。

「任せろ。勝算がある」

 強張っている手首を安心させるように軽く押さえる。

「でもっ」

「大丈夫だ、問題ない」

 下がるように合図し、改めて王太子と向かい合う。


「お前らがコリスを連れ去りハムスタ男爵家の養女にする前の、家族だ」

 元々コリスは平民として学園の予科に通っていたのだが、ある日寮に帰る途中「鎧を着た人たち」に連れ去られた。

 あの時ほどコリスを送っていかなかったことを悔やんだことはない。「一緒に帰って噂とかされると恥ずかしいし」なんて言い出したから何時もの病気かと一人で帰したらそれきり居なくなったのだ。

 目撃情報や入出記録から連れ去ったのは近衛騎士のようだった。そこで王太子やオーレイを問い質したがとぼけられ、王都まで行っても役所は門前払い。途方に暮れていたところで下町で知り合った遊び人(ニート)のキーンさんが伝手をたどって調べてくれ、(ようや)く王太子の意向でハムスタ男爵家の養女になったと分かったのだ。(行方を知らせる手紙に刑部(けいぶ)尚書のサイモン・ジョー・トゥ・ヤーマー伯爵の署名があってびっくりした。キーンさん、一体何者なんだ)

 結局コリスとの連絡が取れたのは失踪からずっと後、コリスが貴族として本科に再入学したときだ。小さく折り畳まれた紙片にびっしり字が書かれたものが人づてに回ってきたのだ。

 そこには近衛騎士に無理やり連れ出されてハムスタ家の養女にされたこと、今まで外部への連絡が許されなかったこと、定期的に王太子が来て愛をささやく一方で家族を含む平民と縁を切るよう要求されたことなどが記されていて、王太子に何をされるかわからないので話しかけないでほしい、家族に心配しないでと伝えてと締めくくってあった。


 思い出したら改めて腹が立ってきた。


「ならばお前は既にコリスの兄ではない。今なら見逃してやるからどこか遠くでコリスの幸せでも祈るんだな」

「見逃してくれると? だが断る。書類上どうあろうとコリスは俺の妹。妹が目の前で不幸になろうとしているのに兄として手を(こまね)いているわけにはいかないだろ」

 厳密にはコリスは継母の連れ子なので血はつながっていないのだが、そこは敢えて言わない。

「一代騎士などというエセ貴族の分際で王太子たるオレの慈悲を無下にするとは、急いで来世に旅立ちたいようだな。よかろう、オレの彗星剣で送ってやろう」


 王太子が剣を振りかぶるのにあわせ炎の独楽(ジャイロ)を投擲する。

「甘い! …む?」

 王太子がプーーーンと振った剣は見事に親指大の独楽(ジャイロ)を捉えるが、両断することは適わなかった。独楽(ジャイロ)が刀身に張り付いたのだ。そのまま後方に魔法陣が展開され、独楽(ジャイロ)が勢い良く回り出す。

「何だこれ、取れないぞ! くっ……魔力が吸われている、のか……」

 剣を振って独楽(ジャイロ)を取ろうとするが独楽(ジャイロ)は張り付いたままだ。そのうち魔力の収束が甘くなり、剣が普通の太さに戻っていった。その剣も揺らぎ始めている。

 炎の独楽(ジャイロ)は相手の魔力を吸い出してひたすら回転するだけの魔道具だ。相手の魔力を枯渇させ攻撃力を奪う。

 その原型は俺が子どものころに作った失敗作の魔道具。コリスが「“マヨネーズ”を作りたいから魔力で動く泡立て器が欲しい」というので試作して見たところ、ちょっと回転させるのに膨大な魔力を吸い取る危険な道具が出来上がったのだ。俺は動かし始めて10数える前に魔力切れで倒れそうになった。コリスはというとそんな道具を平気な顔して半日以上使っていた。思わず「うちの義妹は化け物か」と呟いたら嬉しそうに「ボクが一番、泡立て器を上手く使えるんだ!」と謎の返しをして、「コリス、行きまーす!」と泡立て器をまわして見せた。思えば昔から変な子だったな。

 後で徹底的に改良して最終的には売り物になるレベルの泡立て器が完成したのだが、そのときの失敗を逆に活用して作ったのが炎の独楽(ジャイロ)だ。魔力への追尾能力もあるので実は王太子が空振りしても躱しても剣にくっついたはずだ。その吸引力も凄まじく、魔力で出来た魔物であるさまよう霊(ヴァンデアガイスト)に投げたところ一瞬で吸い尽くしてしまった。

 問題点は二つ。一つ目は使い捨てであること。回転中に何故か熱を持ち燃え始めるのだ。そして二つ目。原理的に大きく出来ないにもかかわらず魔法陣が非常に複雑であること。おかげで半年かけて2個しか作れなかった。


「剣を消してください! 早く!」

 オーレイに言われて王太子は剣を消すが、もう魔力はほとんど無いのだろう、苦しそうに膝をついた。役目を終えた炎の独楽(ジャイロ)が消し炭となって散らばる。あれだけ時間をかけたのに、使う時は一瞬か。

 ともあれ、王太子はもう戦闘不能だ。


「よくもやってくれたね~(ズズズズズズ)」

 このウザさはカガミーミル! 奴のほうを見ると、魔力体の四輪のバラがうねうね動いて鎌首をもたげた蛇のようになるところだった。次の瞬間バラの花びらが一斉に切り離され、4本の蔓が襲い掛かって来た! 何故かしゃがみこんだ王太子の頭越しにだ。

 ここは袖に仕込んだ紫電エレクトリカル・サンダーの出番だ。これは攻撃を雷撃で相殺する防具で、魔力体が接触してくればそのまま反撃になる。自分では中々な出来だと思う。

 剛体術を全開にして蔓の打撃を腕で防御する。すると紫電エレクトリカル・サンダーが発動――ドゴォ!――しなかった。故障か!? 不味い!!

 4本の蔓が右から左から先端を鞭のようにしならせて襲い掛かってくる。左から来た2本のうち1本を避け、左腕でもう1本を弾きつつ打ち下ろして来た3本目を右腕で受け止める。紫電エレクトリカル・サンダーはやはり発動しない。

 最後の1本が右から来たのをとっさに発動した斥力魔法で上に逸らし、同時に姿勢を低くして躱す。1本目だか2本目だかが足払いに来たので跳んで避けるが、それを見越したように残り3本の蔓が打ちかかってくる。斥力魔法を自分にかけて無理やり体をずらすが避けきれず1本に脇腹を打たれてしまう。

 痛みを堪え更に横っ飛びで距離をとり、防御魔法を展開しようとするが発動前に追撃の連打を食らい失敗する。

 カガミーミルが「おお、ブラボ~!」と暢気に叫んでいるが遠すぎて近づけない。そして間断なく打ちかかってくる4本の蔓。予め剛体を発動していたのと巻き付き等殴打以外の攻撃が来ないこと、何よりトゲが剛体を切り裂くほど硬くも鋭くもなかったおかげで今のところ大きなダメージは負っていない。しかしこのままではジリ貧だ。

 アトーデ達は介入してこない。もしかしてオーレイと戦っているのか。様子を見る余裕は無い。一人で何とかするしかない。炎の独楽(ジャイロ)はもう無い。あっても取り出す暇はない。防御魔法は発動前に潰された。他に手はないか。

 俺の最も得意な魔法は斥力魔法だ。

 押さえつける力が魔道具作りに便利というのもあるが、一番の理由は俺の名前だ。“ローシュ”という名はかの『月砕き』チューザン・セオの盟友ローシュ・セリストから取ったものだ。彼は『月砕き』の際、限界まで魔力を振り絞って『超斥力』を発動し「落ち来る月を天に押し留め」偉業を助けたという。

 その話を知った本科1年の頃は、『超斥力』に少しでも近づこうと必死に研究と訓練を重ねたのだ。その後はさすがに熱も冷めてきたが、それでも日々訓練し、魔道具作りや日常生活のちょっとした事にも積極的に使ってきた。その賜物で俺には斥力魔法が最も速く精密に発動できる魔法だ。

 しかしその斥力魔法でさえ辛うじて発動が間に合っている状態だ。他の魔法は無理だろう。魔法で事態を打開するなら斥力魔法一択。斥力を攻撃に使えるか? カガミーミルには十分届く。それで少しの間でも連撃を止められれば光剣魔法を発動出来る……

 足を止め、打撃を堪えつつ連打の隙をついて斥力魔法でカガミーミルを足払い。奴は油断していたのか見事にこけた。

 すかさず光剣魔法を発動――バシィッ!――出来なかった。蔓が全く止まらない。魔法発動に意識が行っていたところを強かに打ち据えられた。自律攻撃だったのか……とにかく堪えて防御を固める。


 やはり袖の紫電エレクトリカル・サンダーしかないのか。何とか起動できないか? 蔓の当たる角度が変わればあるいは……


 腕の角度を微妙に変えながら弾く、往なす、受け止める、殴られる。捌き切れない。受け流す、受け止める、殴られる、殴られる。

 どれだけ殴られたか、意識が朦朧とし始めたころ突然それは起こった。

 ピシャーーン! と強い光と大きな音を立てて紫電エレクトリカル・サンダーが発動、蔓が4本とも硬直しそのまま消えた。左手首の内側辺りに当たったとき発動したようだ。

 雷撃は蔓を伝ってカガミーミルにまで到達したようで、横向きに倒れてピクピクしている。雷撃の余波は俺にも来ていて、手が痺れている。改善すべき点が多いが、とにかく何とかなったようだ。


 横を見るとアトーデ達は王太子の護衛二人と睨み合っていた。近衛騎士らしい白の軍衣をまとっている彼ら。確かケビーシ兄弟。若手の中でも有数の腕利きで将来を嘱望されているらしい。アトーデ達はコイツらに釘付けにされていたのか。

 戦闘が終わったのに気付いたらしいケビーシ兄が王太子に近づく。王太子はいつの間にか床に空けられた穴の中にすっぽり嵌っていた。ケビーシ兄の得意魔法「落とし穴(ピット)」だ。本当に穴を空けているのではなく空間を拡張しているのだったか。これで戦闘に巻き込まれそうな王太子を保護していたのか。

 ケビーシ兄は(そのまま埋めてしまえばいいのに)穴の底を上げて落とし穴を消し、()り上がってきた王太子を立たせると弟と共にこちらを警戒しつつ後ろへと下がっていった。何故かオーレイがいる場所とは少し離れた所だ。床を見ると穴の痕跡すら既に無い。便利な魔法だな。


 しかし左の袖口だけでも紫電エレクトリカル・サンダーが生きていてよかった。これが動かなかったら倒れるまで打たれ続けただろう。と、ここまで考えて気付く。そう言えばアトーデに右袖を掴まれたんだよな。その時アトーデは剛体を発動、つまり魔力を纏っていた。もしかして故障の原因はその魔力? 紫電エレクトリカル・サンダーは両袖部分が背中で繋がっているしあり得る……がそんなに脆くては実用に耐えないな。何にせよ後で調べないと。


「大丈夫ですの?」

 息を整えながら考え事をしているとアトーデが小走りに近寄って来たので、軋む体をシャンと伸ばして平気な風を装う。

「へーきへーき…ぺひゃ!?」

 いきなり氷のような手が後ろから頬を触ってきた。地味子さんだ。手に冷気を纏っている。

「平気な訳あるか。しっかり冷やしとけ」

「うす」

 そうだ、冷やしておかないと後で酷い事になる。打撲した所に冷気を作り出して冷やしておく。その際少し魔力を調整しておくと炎症が抑えられ回復が早まる。昔地味子さんに習った技だ。打撲の原因も大抵地味子さんだったが。

 後に授業でもこの技を習ったが、実習の時俺だけ矢鱈と練度が高く歴戦の戦士並みだと驚かれた。


「心配かけないで―――いえ、有難う御座いました。お陰で助かりましたわ」

「こちらも心配をかけてすまなかった」

 もし俺が倒れた場合、次の展開に移れず計画全体が失敗するところだったんだよね。ちょっと軽はずみだったか。


読んでいただきありがとうございます。

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