第六話
本日二話目です。まだ続きます。
アトーデが濃灰色で殆ど光らない光剣を青眼に構えている。その眼前には流星剣――六本の枝刃が付いた赤く輝く光剣――を振りかぶった王太子。
「ふん、死ぬ覚悟が出来たか」
「私は死にませんわ。斬られませんもの」
「ならば受けてみろ! 必殺! ブーメラン・マグナム!」
王太子は踏み込みつつ火の玉のような気合と共に上段からブオオォンと流星剣を振り下ろす。一方のアトーデは構えた剣の先をののーんと動かす。二人の剣が触れたかと思うとパンと軽い音がして流星剣が崩れ、霧散してしまった。
「私の勝ち、ですわね」
「バ、バカな…」
剣を首筋に突きつけられてしばし呆然とする王太子。
「まだだ!」
王太子は全力で飛び退ると、もう一度流星剣を作った。アトーデは追撃しない。というか出来ない。身体強化量の差で迎撃するしか選択肢が無いのだ。
「どうやら流星剣の構成が甘くなっていたようだ。クラーケンの話に気を取られてしまった所為だろう。しかしもう同じ失敗はしない。この全力で作った流星剣で、必ずやお前を倒す!」
「口数が多いのは不安の裏返しでしてよ」
「ぬかせッ! 奥義! ブーメラン・ファントム!」
王太子は最前と同じように踏み込みつつ上段から流星剣を振り下ろす。流星剣はやはりアトーデの剣に当たって霧散し、アトーデは再び剣を突きつけた。正直一回目との違いが分からない。唯一の違いは王太子が立ち直って飛び退るまでの時間だ。多少早くなった。
「何故だ。何故不敗の流星剣がこうもたやすく破られる」
「では教えて差し上げましょう。まずは流星剣が試合で負け無しだった理由、ヒントは『木剣』ですわ」
「木剣だと。試合に使う木剣に問題があったと言うのか」
楽しそうに種明かしを始めるアトーデだが、教えてしまって大丈夫だろうか。
「その通りですわ。試合では事故防止のために光剣魔法の代わりに木剣を使いますが、ニヴァン殿下の木剣には流星剣と同じ形にするためトゲトゲが付いていますでしょう?」
「トゲトゲと呼ぶな!」
「では枝でも良いですが、とにかく木剣に付いていますわ。それはもう見るからに脆そうなのが。下手に打ち合うと簡単に折れてしまうでしょう。そこで対戦相手は皆こう考えるのですわ、枝を折ってしまってニヴァン殿下の機嫌を損ねたくない、と。そして剣を合わせるのを避けるのですわ。一方の殿下はそんなこと全く気になさらずに木剣を振るうものですから、対戦相手はとっても窮屈な剣術を強いられるのですわ。
考えても見てくださいまし。殿下が打ち込んできたとき、他の相手なら木剣で受けるところを殿下が相手だと必ず躱さなければならないのですわ。逆に殿下に打ち込むとき、殿下が木剣で受けようとしたら剣を止めねばなりません。負けて打たれるときでさえ切っ先以外に当たるとどうなるか分からないのであまり間合いの内側には入れません。ですからよほどの実力差が無いと殿下には勝てませんわ」
王太子が問うような視線をオーレイたちに向けると、奴等は一斉に目を逸らした。
コリスはまだ気を失って横抱きにされたままだ。
「殿下のほうもいいことばかりではありませんわ。誰もが剣を合わせるのを避けるので、そういう相手への対応が体に染み付いてしまったのですわ。相手が剣を合わせてくるなど在り得ないとの前提で練り上げた剣。しかし剣を合わせてくる相手には逆に弱くなってしまったのですわ。
先ほどのブーメランなんちゃら、私は以前から何度も見て知っていますが、あれは本来相手に躱させ、追撃で体勢を崩していく連続攻撃。相手が剣を合わせないよう動くからこそ一方的に攻め立てられるので、初手で受け流されてしまってはただの振り下ろしですわ」
「くっ……言いたい放題言いやがって。しかしオレの流星剣が壊れたのは何故だ」
「流星剣は構造的に弱いのですわ。光剣を枝分かれさせる殿下の魔法制御は見事ですけれど、どうしても構造に無理がありますの。少しの綻びで全体が壊れてしまうのですわ」
主人公に逆転される直前の悪役のように得々と解説するアトーデ。コリスが眼を覚ますまでの時間稼ぎなのだろうが、ちょっと嫌な予感がする。
「ご存知の通り私の魔力はちょっと変わっていまして、魔法を構成してもすぐ元の魔力の塊に戻ろうとする性質がありますの。その所為で遠距離魔法などは全て自壊してしまって使えないのですが、実は私の魔力が他人の魔法に触れると、魔力の性質が伝染するのか魔法の構成が緩くなってしまうのですわ。
そんな魔力で出来た私の光剣が魔法の構成に余裕の無い流星剣とぶつかったら……すぐに壊れるとは思っていましたが、思った以上に脆くてびっくりしましたわ」
「ぐっ……そうか……流星剣は枝分かれしていたから弱かったのか……ならば! 全てを一つに纏めれば!」
それ、ただの光剣魔法では?
「剣よ!」
王太子は魔法を発動するが、やはり出来上がったのは在り来りの光剣だ。
「まだだ、まだいける! 一切の干渉を受け付けない、強力な剣を! うおおおおおおっ! 燃え上がれオレの秩序! ニヴァン彗星剣!」
刀身がどんどん細く、薄くなっていき、ついには見えるか見えないかといったところまで圧縮された。ハム音も妙に高いプーンという音だ。これは……
◆
「ま、まさかあれは蚊鳴剣…」
「知っているのかライディ」
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『なんでも切るぞ! 蚊鳴剣』
いろいろある光剣魔法の中でいちばん切れ味がいいのはなんといっても蚊鳴剣だ。とってもかたいアダマンタイトのかたまりだってスイスイ切れちゃう。
ひみつは目に見えないほど細くした刀身。そこにぼう大な魔力をつめこむことで信じられないほどの切れ味になるんだ。
でもこの光剣魔法は出すのがとってもむずかしい。れんしゅうがたりないとふくらんでしまって、ゼリーみたいによわくなるよ。
蚊鳴剣っていう名まえは、剣をふるときに出るハム音が蚊が飛ぶときのプーンという音ににているからつけられたんだって。ちょっとかわいいね。 (ミンメー・ショボー監修「光剣魔法のひみつ」より)
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そんな光剣魔法を思いつきで成功させるあたり、才能だけは無駄にあるんだよな。厄介な事に。
「さすがのアトーデ様も少し、いや、かなり危ないかもしれない……」
「そんなにか」
護衛二人も危険を感じたのかアトーデより前に出てきていて、いつでも魔法障壁を展開出来るよう構えている。
コリスはまだ気を失ったままだ。
万が一のときは俺が直接介入するしかないか。
俺は剣の腕も大した事ないし、強力な攻撃魔法が自在に使えるわけでもない。五分の条件で戦うのは不味いが、俺には今まで作ってきた魔道具がある。それを使えば何とかなるはず。今のうちに確認しておこう。
ポケットの中には親指大のコマ、防御的攻撃用魔道具「炎の独楽」があり、両袖には攻撃的防御用魔道具「紫電」が仕込んである。
ポケットを探るともう一つ、俺が作ったものではないが「侵略者マーク」が出てきた。白と黒の小さな正方形をいくつも並べ組み合わせた記章で、簡略化した顔に手足と触角を付けたような図柄だ。おととしの誕生日のお祝いの品で「額に貼るとティラノサウルスでもゲームが上手くなるのよ」という謎の説明とともに貰ったのだが、裏に刻まれていたのはごく一般的な魔法陣で、魔力の流動性を少しだけ高めるものだった。
見た目が奇天烈なので少し迷ったがおまじない代わりに額に貼る。
他に何か無いか? そういえば戦いの前に未来の計画を言葉にすると「フラグが立つ」とかいうおまじないも聞いたことがある。「フラグ」ってのが何なのかよく分からないがおまじないだからやっておいて損はないだろう。
「俺、この断罪劇が終わったら…」
パアアアアーーーン!!
突然響き渡る大きな音。見ると王太子は剣を振り切った姿勢で止まっていて、護衛二人が張ったらしい魔法障壁とアトーデの光剣が纏めて消え去るところだった。
「ハッハァ! 脆弱脆弱ゥ!!」
王太子が勝ち誇っている。このままでは本当に斬られる! 思わず身体強化をかけ一気に飛び出した。
読んでいただきありがとうございます。