第四話
本日2話目です。
関係者を集めて謎解きを始める名探偵のようにオーレイが楽しそうに迷推理を披露している。
「まずこの学園の警備体制についておさらいしましょう。学園全体が魔法障壁に覆われ外から入るには3つの門しかありません。その全てに守衛が配置されていて、部外者の学園への出入りは全て記録されます。また学園全域をカバーする魔力感知器と要所要所に設置された撮像機が魔法の使用や人の動きを常に監視、情報を管理棟内の情報結晶に記録しています。
記録は常に行われているはずでしたが、その日に限ってそうではありませんでした。公爵令嬢アトーデ、何故だかご存知ですか?」
「情報結晶に記録出来なくなっていたと聞いていますわ」
「その通りです。その日の午後、本来まだまだ余裕があるはずの情報結晶が満杯になり、それ以上の記録が出来なくなっていました。そのため事件のあった時刻やその前後の記録は映像、魔力共に全く残っていません」
「そうか! アトーデが予め小細工していたんだな!」
「いえ王太子殿下、そうではありません。実はそれは事故だったのです」
俺はオーレイの話を半分聞き流しながら近衛騎士への対応策を考えている。
その後のフレンからの情報で全ての出入り口を近衛騎士が固めているのが分かった。総勢四十名。おそらく四天王側の作戦は“断罪”→“騎士の突入”→“アトーデを拘束”→“連行”という流れだろう。
こちらとしては突入の前に計画を最終段階に進める必要があるが、そのタイミングが難しい。出来ればオーレイもここで退場してほしいが、欲張らずに王太子を嵌めるだけに留めておいたほうが無難か。
ともかく突入を阻止するために取れる手段は殆どない。というか1つしか思いつかない。確実性が低いがゆっくり考えている暇もない。
見られてしまう危険はあるが手に隠した送音機でフレンに指示を出した。
オーレイはまたミーネを呼んで別の書類を受け取った。
「ここにカガミーミル殿下の証言があります。あ、殿下、ご自分で話していただかなくて結構です。私がまとめて読み上げますので最後に正しいかどうかだけ証言してください」
グワシ!のポーズのまま絶望した表情を浮かべるカガミーミル。確かにその指の形は辛そうだ。
「その日、カガミーミル殿下は授業が終わるとすぐご自分の控室に移動し、ポージングの練習を始めた。撮像機で記録した映像を再生しようとした所、映像が保存されていない事に気付いた。先生方に報告しようと控室を出たところでコリス様の転落事件を目撃した。
怖がるコリス様を落ち着かせているところに王太子殿下と私が駆けつけた。しばらくして副学園長先生が訪れ、カガミーミル殿下が記録した映像が想定外に情報結晶の容量を圧迫し新規の記録が出来なくなっていたこと、機能を回復するため控室の映像の内十日以上前のものを全て削除したことを聞かされた。さらに殿下が控室に設置した180台の撮像機のうち164台を使用禁止にすると申し渡され、映像も十日以上残さないよう指導された。以上、相違ありませんか?」
「そ、その通りだよ~(コォォオオオ!)」
ほっとしたようにポーズを変えるカガミーミル。今度は両脇を締めただけの楽そうな姿勢だ。
「お聞きのように、記録がないのはカガミーミル殿下のミスによる事故であり、実は犯人にとって想定し得ない出来事だったのです。
副学園長先生にも確認しました。卒業式の予行演習中に担当職員から機能停止の連絡を受け、急ぎ撮像機システムに詳しい元生徒会役員とともに復旧に当たったそうです」
はい、撮像機システムに詳しい元生徒会役員のローシュです。控室の180台も以前俺が設置させられました。何故か現生徒会からの正式な依頼だったので断れませんでした。上下左右あらゆる角度から同時に記録し、好きな角度から見てみたいとの事で特製の写像機も作らされました。死ぬほど面倒でした。
「事件があったとき機能停止を知っていたのは副学園長先生と担当職員1名、復旧に動員された学生1名とカガミーミル殿下の合計4名。そのうち現場近くに居たのは殿下だけです。他は大ホールと管理棟を行き来しただけで本科棟には近づいてさえいません。記録を見られるのは学園長室、記録室、監視所、生徒会室およびカガミーミル殿下の控室だけで、学園長室および記録室は施錠されており、残りの場所は公爵令嬢アトーデを除く生徒会役員もしくは担当職員がいるか、無人で施錠されているかでした。即ち犯人は機能停止を知らずに行動したはずですし、計画に組み込むことも出来なかったはずです。
また外部の人間でもありません。全ての門の記録を確認しましたが入出記録はなし。学園を覆う魔法障壁にも問題が起こっていませんでしたので、塀を乗り越えた者も居ないと考えられます。
さて、ここで犯人の気持ちになって見ましょう。突発的に犯行に及んだとは考えられません。撮像機があることは皆知っていますし、何処が死角でどうやれば逃げ得るかは下調べが必須、しかも死角の情報を知りうるのは生徒会役員か教職員だけです。魔法に至っては何時誰が何処で使ったか全て記録されてしまうので使えません」
「後先考えずにやってしまうこともあるのではありませんこと?」
アトーデが疑問を口にすると、オーレイはやれやれとばかりに肩をすくめた。
「口論していたならともかく、見かけて後をつけて後先考えずに攻撃ですか? 考えにくいですね。当時本科棟の二階は3年生が全員大ホールに移動していたため無人でした。ということは三階か四階から後をつけていた事になります。後先考えずにと言うなら、たまたまコリス様を見かけ、たまたま3年生が居ない事に思い当たり、たまたま撮像機の存在を忘れ後を付けて危害を加えようとしたということですが、さすがに無理がありますね。
コリス様、最近公爵令嬢アトーデ以外のどなたかとトラブルになりましたか?」
「いいえ、特に何もありませんでした」
「当日の放課後の行動はいつもと違うものでしたか?」
「いいえ、ここのところずっと同じでした」
「お聞きのように、同じ校舎に通っている相手がいつもの行動をしているだけです。しかもトラブルは以前からの公爵令嬢アトーデとの間の物だけ。『後先考えずに』やってしまいそうなのは公爵令嬢アトーデ位です。
王太子殿下の証言もそれを裏付けています。王太子殿下、事件の日の事を教えてください」
「うむ、オレとオーレイは生徒会室に居たのだが、ただならぬ物音がしたので廊下に出てみたのだ。そこではカガミーミルがコリスと抱き合っていた。ついカッとなってカガミーミルを斬ってしまいそうになったが、コリスの説明を聞いて斬る相手が違うのが分かった。で、犯人を捕まえる為二階に上ってみたのだが、誰も見つからなかった。探知魔法も使ったのだがな。そこで三階へと上がりそこに居た者たちに誰か来なかったか聞いてみたのだが、誰も見ていないと言う。四階も同じだ」
「お聞きの通り実行犯は的確に逃走しています。また、先に証言したカガミーミル殿下も足音は聞こえなかったとのことですし、誰も魔力を感知していません。事前の計画無しにはこうはいきません」
気持ちよさそうにオーレイが演説している。いいぞ、もっと時間をかけろ。それだけフレンが動く時間が増える。
「さて、ここで公爵令嬢アトーデの関係者の動きを見てみましょう。ご存知の通り公爵令嬢アトーデには2名の護衛が付いています。くっころさんと地味子さんです」
名前を出さないのは渾名のほうが通りがいいからか。くっころさんはまた赤くなっているしその横の地味子さんは表情こそ変わっていないものの俺には分かる。怒りゲージが一段上がった。
「まずはくっころさんの動きです。これも先生方に聞いてあります」
護衛騎士その一、くっころさんこと男爵令嬢エリー・デ・トゥラワレターはここの卒業生で俺の2コ上。腰まである綺麗な金髪に涼しげな青い眼、藍色の軍衣をまとった凛々しい系美人だ。しかし在学中に出演した演劇のせいで変な渾名が付いてしまい、それをずっと恥ずかしがっている。
「『くっころさんはずっとアトーデ君の後ろに控えていた』(ダイン先生)
『じっとしていても目立つよね、くっころさん』(ガル先生)
『何時見ても微動だにしていませんでした』(バール先生)
『くっころ劇再演希望。当方オークを演じる用意あり』(エルグ先生)
こちらも最後まで居たようです」
『くっころ劇』って……正式な題名は『姫とオークの七日間』。とある古代遺跡から大量発掘された書籍群、遺跡の整理番号から五四一本と呼ばれるものの中の一つで、オークの男と人間の姫の悲恋を描いた名作だ。それを「『っころ劇』って……しかもオークって主役じゃないか。先生はくっころさんでくっころしたいだけか。それで良いのか。
「くっ……いっそ殺せ」
ああ、くっころさんが羞恥にやられた。
「くっころいただきました!」『おおー!!』
ギャラリーが盛り上がる。
◆
「伝説のくっころ劇か。オレも見てみたい」
「凄かったらしいな。それに比べて今年の『魔法少女ムーンライト仮面と謎の妖精ノクたん』は……」
「あれ、王太子が我儘言って無茶苦茶にした所為らしいぜ」
「しっ! 声が大きい」
どよどよどよ……
本科2年有志による劇は毎年恒例だが、今年のは確かに酷かった。
王太子が重要な役を射止めたのだが、脚本の読み合わせ初日に初めて自分が悪役だと気付いて大騒ぎしたのだ。きっと魔王という名前の響きに騙されたのだろう。
急遽魔王が善玉に書き換えられ、それに伴って物語が大きく変わってしまった。謎の妖精ノクたんなど、実は魔王の息子で本来なら様々な葛藤や闇を抱えていて物語の核となる登場人物だったはずなのだが、最終的にはヒロインを魔法少女にする以外には何の役にも立たない、ひたすら驚くだけの機械になってしまっていた。
例えばこんな具合だ。
――――――――――――――――――――――――――――
ラスボス 「私はあと二回変身を残しています」
ノクたん 「な、なんやてー!」
魔法少女 「それならボクもあと二回変身する!」
ノクたん 「なんやて?」
魔法少女 「いっくよっ! 剛力頂戴! 変身、サナギ少女! この形態で耐えれば耐えるほど次の変身が強くなるんだ!」
ノクたん 「なんやて!」
ラスボス 「なんとも動きにくそうな格好ですねぇ。いい的になりそうです。はあっ!」
魔法少女 「よっ、はっ、ほっ、とりゃっ! 後方伸身二回宙返り一回ひねり!」
ノクたん 「なんやて!!」
ラスボス 「ええいチョコマカと……」
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一生懸命「なんやて」に変化をつけていたのがいっそ哀れだった。ちなみにヒロインの魔法少女を演じたのは男のカガミーミルだ。上は水兵服、下はスカートを穿いてノリノリで演じていた。魔力体を上手く使った変身やアクロバットなど、コイツの演技だけは見ごたえがあった。その分王太子の大根っぷりが目立っていたが……
◆
「みなさんお静かに!」
オーレイが少し声を張って騒ぎを鎮める。
「では地味子さんの方も見てみましょう」
護衛騎士その二、地味子さんことユーミ・デ・クロッジーはくっころさんの元同級生、ただし繰り上げ入学しているので年齢で言えば俺の1歳上。出身も俺と同じフーゼンの町だがこちらは代官の娘、クロッジー男爵家のご令嬢だ。くっころさんと揃いの藍色の軍衣をまとってはいるものの眼と髪は共にこげ茶で、もっさりした髪型、地味で大人しそうな顔立ちにごく普通の体形でくっころさんとは対照的に「地味」の見本のような見た目だ。
しかし騙されてはいけない。コイツは貴族のご令嬢であるにも係わらず身分を隠し町へと出ては悪餓鬼共と取っ組み合いの喧嘩をし、最後にはガキ大将にまでのし上がった凶暴な女だ。しかも俺は昔から眼を付けられていて色々と酷い目にあった。
地元でのあだ名は「オレンジの人狼」
何故オレンジか。
実は彼女の髪色と髪型は魔道具で変えているだけで本来は明るいオレンジのショート、化粧等も落とせば目鼻立ちのくっきりした野性味のある美人なのだ。渾名の由来は髪の色と、一旦怒り出すと手の付けられないほど暴れまわる所だ。
しかし学園内に彼女の本性を知るものは殆どいない。入学当初から髪色を変え髪型も野暮ったくし化粧で地味顔にし、晒しだのタオルだの着こなしだので体形をごまかし、びっくりするほど大人しく目立たないように過ごしてきたのだ。主家であるヘルツァーエ公爵家の依頼で、隠密関連でアトーデの力になるためらしい。
実は彼女と俺の入学年は同じだ。彼女は貴族なので本科から、俺は平民で予科からの入学なので2学年違うのにそういう事になった。
入学前、学園まで馬車に便乗させてくれるというので待ち合わせ場所に行った所、地味子になってやってきた彼女に気付かなかったら物陰に連れ込まれて思いっきり蹴られた。入学後のある日は全く別の変装をして現れたのだが、見抜いたら思いっきり殴られた。そういう理不尽な女だ。
「地味子さんの動きも先生方に聞いてあります。
『多分居たと思う』(ダイン先生)
『居たんじゃないかな』(ガル先生)
『居たような気がしないでもありません』(バール先生)
『途中で居なくなっても分からないよね、彼女の場合』(エルグ先生)
こちらは皆さんあやふやです。彼女が途中で抜け出した可能性は否定できません。
さて、ここで犯人に課せられた条件を振り返って見ましょう。監視システムは作動しているはずでしたので、魔法を使うわけには行きません。
ここで注意してほしいのですが、実は監視システムに見つからずに使える魔法が一つだけあります。身体強化です。ただし二つの条件が付きます。一つ目は『完全に制御された身体強化』であること。二つ目は『完全な魔力遮蔽』と組み合わせることです。
通常なら身体強化中は絶えず余剰魔力が放出され続けます。また本人の魔力もその間変調しているのでその両者を魔力感知器が記録する事になります。しかし完全に制御された身体強化なら魔力が漏れ出ることはありませんし、さらに完全な魔力遮蔽と組み合わせれば変調している本人の魔力自体も隠してしまえるので魔力感知器では発見できません。勿論そのような高度な技能を両方とも身に付けている人は稀です。実際、この学園で地味子さん以外に両方出来る方を、先生方も含めて私は知りません」
それは知らないだけだ。お前のところのミーネとかいうメイドも出来そうだし、フレンはだいぶ前から出来ていた。プロジェクト・エーコでフレンの訓練に協力してくれた地味子さんなんか白目をむいて「フレン、恐ろしい子!!」と評していたぞ。
そのフレンからの連絡はまだ来ない。難航しているのか。
「撮像機の死角を辿って移動する必要もあります。そこで私は死角が何処にあるのか調査しました。その結果、大ホール最寄りの女子トイレの個室から犯行現場まで死角がつながっているのを発見したのです! 防犯上詳しくは申し上げられませんが女子トイレ個室の上の天井から始まり、渡り廊下の屋根の裏、校舎の二階西の窓、二階の天井と伝っていって東階段の踊り場まで監視システムの死角を突いて移動可能です。勿論ルートを把握した上で身体強化して、という条件が付きますが」
確かに天井には梁だの魔道灯だのと掴まれる所もあるので出来ないことはないが……と、ここで天井をカサカサ這いずり回る地味子さんを想像してちょっと怖くなった。
「先ほども申し上げましたが死角を知りうるのは生徒会役員か教職員だけ、そこを通れるのは地味子さんだけ。ということは犯人は自ずと絞られます」
ここでオーレイは溜めを作り、観衆を見回す。
「その人物は撮像機の死角を知り得る立場にあり、地味子さんを使役できる人物です。
また、その人物には十分な動機があり、しかも現場不在証明まで用意していました」
話しながらぐるりと一周するとアトーデに指を突きつけ大喝した。
「その人物とは公爵令嬢アトーデ・ミーナ・デ・ヘルツァーエ! あなたが地味子さんに命じ、コリス様を突き落とさせたのです!」
気持ちよさそうだな、オーレイ。推理は穴だらけだけど。
俺だって元生徒会役員だから死角を知り得る立場だったし地味子さんやフレンとの繋がりもある。それに「誰でも出来た」ことに変わりはない。そもそもコリスが自分で飛んだ可能性を全く考慮していない。
尤も奴らにとって真相はどうだっていいのかもしれない。「アトーデがやらせたかもしれない」という可能性さえあれば、それを真実に作り変える事も出来るだけの力があるのだから。
ここで王太子が意地の悪そうな笑顔で宣言する。
「もう一度言う。今罪を認めるなら婚約破棄だけで済ませてやるぞ」
「私はコリスに危害を加えていませんし、加えるよう指示も出していません。そもそも嫌がらせすらしていませんわ」
「往生際が悪いですね。ではあなたはコリス様を呼び出して一体何をしていたのです?」
うまく計画通りに持っていけたな。ここからが正念場だ。上手くやってくれよ。
アトーデが未だ座ったままのコリスの方を向く。
「コリス、教えてあげたらいかが?」
「え、でも……」
まだ迷うそぶりを見せるコリスにアトーデが畳み掛ける。
「大丈夫、あなたの証言がどんなものであっても誰も非難したり罪に問うたりしないわ。ニヴァン殿下、そうでしょう?」
「お、おう。その通りだ。お前の話がどんなものであっても誰も文句を言わないし言わせない」
「………本当ですか?」
「勿論だ。このオレが王太子の名において保障する。だから教えてくれ、何があったのかを」
「………分かりました。そこまでおっしゃるのなら」
コリスが立ち上がり顔を上げた。空色の瞳に力がある、覚悟完了したようだ。
「私、実はアトーデ様に相談に乗ってもらっていたんです」
これにはさしもの四天王も虚を衝かれたようで全員キョトンとしている。
「コリス様、一体どの様な相談だったのでしょう」
逸早く再起動したオーレイが問いかける。
「実は………ニヴァン様に私を諦めてもらうには如何したら良いかを相談していたんです!」
言った!
読んでいただきありがとうございます。