第三話
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「さて皆さん。いよいよ公爵令嬢アトーデがコリス様に対し行った罪を明らかにいたしましょう」
芝居がかった仕草でオーレイが宣言する。その横では王太子がふんぞり返っている。自分でしゃべれよ。カガミーミルは変なポーズで固まっていて、コリスはいつの間にか気絶したアークを膝枕している。対するアトーデは無表情だ。
「まず公爵令嬢アトーデがコリス様に対し王太子殿下に近づかないよう圧力をかけた事案です」
「全く心当たりがありませんわ。ニヴァン殿下には私という婚約者がいる身でコリスに馴れ馴れしくしないようお願いしましたが」
「では証人をご紹介しましょう」
オーレイの合図で出てきたのは二人の男女。
「エーコ子爵家次女、本科一年フレン・ド・エーコと申します」
「ビータ男爵家長男、本科一年ユージン・ノ・ビータです」
ここは前情報通りだ。
赤髪赤目、女性にしては背が高めのフレンと黒髪黒目、中肉中背でメガネのユージン、本科一年の貴族はこの二人にコリスを加えた三人しかいない。他の同い年の貴族は皆王太子と同学年になるため繰り上げ入学しているのだ。
入学直前にハムスタ家の養女になったコリスを別にすると、この二人だけが繰り上げ入学をしなかった。無論両家とも王太子との関係作りを軽視したわけではない。しかし彼らの場合、王太子の不興を被る危険が高すぎたのだ。
フレンは身体強化術の天才だ。入学時点で既に強化率が五十倍を超えており、しかも息をするように自然に発動できた。しかしあまりにも簡単に発動するためしょっちゅう強化術を暴走させてしまい、うっかり机だの壁だの柱だのを壊しまくった結果付いた渾名が「学園のメスオーガ」。当時生徒会役員だった俺はしばらくの間付きっ切りでフォローし、最終的には「常に身体強化を維持しつつ日常生活できるよう訓練する」という逆転の発想で何とか学園に平和を取り戻したのだ。
ただ訓練にニンジャの修行を取り入れたせいで、本人はすっかり自分を女ニンジャと規定してしまった。エーコ子爵家から苦情が来ないかちょっと心配だ。
勿論修行の成果は完璧で、生卵を持ったまま音もなく高い塀に(しかも後ろ向きに)飛び乗れるし、生卵を持ったまま風車を投げて壁に突き立てられるし、生卵を持ったまま手刀でコカトリスの首を切り落とせるようにさえなった。ついでに俺のオムレツ作りの腕も上がった。半面「ニンジャは裸が最強」とかいう妄言を真に受けてほとんど下着のようなカッコでうろついたり、気配を消して人の背後に延々と立っていたりするようにもなった。やっぱり苦情来るかな。まあ今日はまともな赤いドレスを着て普通に振舞っている。きっと気分は「お嬢様に化けて潜入中のクノイチ」だろう。
ユージンは遠距離魔法だけは天才的だが座学の成績がかなり酷い。それだけならまだよかったのだが、彼はもうひとつ致命的な才能を持っていた。魔道具を誤用したり誤動作させたりする才能だ。
ついこの前も宿題の答案を何故か「読後自動的に消滅する羊皮紙」に書いてしまい、提出前に見直したら白い煙と名って消えてしまったという。突っ込みどころが多すぎる。その他、野外演習で野営地に魔物除けをするはずが返って魔物を集めてしまう等、何故そうなるのか誰にもわからないトラブルが絶えない。彼が模造メガネをかけている理由は眼を保護するためだとか。勿論丈夫なキングワーム製だ。間違えて上に座ってしまっても壊れないので気に入っているそうだ。
俺たちも放置していたわけではない。俺の代の生徒会役員の内一人が中心になり、教員や有志を巻き込んで「プロジェクト・ビータ」を立ち上げ解決策を模索している。プロジェクトはメンバーが代替わりしつつも一年近く続いているが、今のところ捗々しい成果は得られていない。本人が至って暢気にしているのが救いというか、もう少し危機感を持てというか。なお、フレンの訓練「プロジェクト・エーコ」の方は半年で完了している。
「ではコリス様と公爵令嬢アトーデに関して、最近見聞きしたことを教えてください」
オーレイが気取った様子で質問する。
「最近は時々教室にアトーデ様の護衛の……えっと、ちょっと名前を度忘れしてしまいましたが、くっころさんの方がやって来まして、アトーデ様がお呼びだといってコリスをどこかに連れ出していました」
「それ、僕も見ました」
アトーデの後方に控えているくっころさんを見ると、おお、耳が赤くなってる。
「コリスは一、二十分ほどで帰って来るのですが、いつも顔色が悪くて」
「それ、僕も見ました」
「気分転換にと寮で一緒にお風呂に入ったりもしたんですけど、ずっと憂い顔で」
「それ、僕も見…てません! それは見てません!」
命拾いしたな。見ていたら「ビータさんのエッチ!」ではすまないからな。
オーレイは太ったウサギを見つけたフォレストウルフのように嗜虐的な笑みを浮かべている。
「ほうほう。するとつまり公爵令嬢アトーデは……ええと、くっころさんを使ってコリス様を何度も呼び出したと。その後はコリス様の顔色はいつも悪かったと。そういうことですね」
「はい」
「そうです」
「具体的に何があったかはご存知ですか」
「いいえ、聞いても教えてもらえませんでした」
「僕も聞いてません」
その後、オーレイは具体的な日付などを聞き出すと彼らを下がらせた。
ここまで、近衛騎士団の件を除けば概ね予定通り。ただ名前を忘れられたくっころさんの耳がますます赤くなっている。
ここで空気と化していた王太子が口を挟む。
「コリス。ここにアトーデも居る。ここでなら陰口にならないが、それでも何があったか言えないのか?」
「……すみません。高貴な方を貶めるようなことは、口に出来ません……」
アークを膝枕していたコリスが俯いたまま返事する。
王太子がアークに視線を移し殺気を飛ばすと、アークはわざとらしく緑のトサカ頭を振りながらもそもそと起き上がった。気がついた後、寝た振りしながら膝枕を堪能していたらしい。
一方のオーレイはコリスの発言が事実上悪口になっているのでますます嬉しそうだ。
「コリス様が話してくださらないのでもう一方の当事者にも聞いてみましょう。公爵令嬢アトーデ、一体コリス様と何処で何をなさっていたのか、教えていただけませんか?」
「空き部屋で少しお話しただけですわ」
「ほうほう、お話ですか。どんな『オハナシ』ですか?」
「まあ、女同士の話の中身を知りたいだなんて、無粋でしてよ」
「教える気は無いということですか。しかし公爵令嬢アトーデは先ほどご自身で認めたとおり王太子殿下がコリス様と親密になるのを快く思っていませんでした。
実は私は校内の各所に設置されている撮像機の記録を確認し、問題の日に実習棟の第二生物室にコリス様が連れ込まれているのを確認しています。残念ながら室内には公爵令嬢アトーデの魔力でできた不透明なドームがあり、お二人はその中で会われていました。その為『オハナシ』の様子は一切確認できなかったのですが、その事実自体が『オハナシ』の内容が隠す必要があるような物だったと物語っています。少なくともそれはコリス様に心の平安とは真逆の物を与えたことは明らかです」
◆
俺の横に証言を終えたフレンが音もなく寄ってきた。そのまま手をつないでくる。勿論これにはちゃんとした理由があるのだが……
「おい見ろ、ローシュ先輩がメスオーガと手をつないだぞ。度胸あるなあ」
「彼女たしか指で岩を砕けるんだよね」
「怖くないのかな。くしゃみした拍子に手を握りつぶされるぞ」
ざわ……ざわ……
何故か妙に注目されている。
(あれで良かったっすか?)
フレンは気にした様子もなく指の動きで言葉を伝えてくる。視線は合わせず声も出さない。他人に聞かれる心配のない、とてもニンジャっぽい伝達方法だ。このために手を繋いだのだ。だからアトーデ、「人が必死に頑張っているのに後輩とイチャコラしてるんじゃねえぞゴラァ!」という目で見ないで。「誤解だ。計画に必要なんだ」と目で訴えておく。
(完璧。ありがとう)
こちらも指で返事する。頼んだのは表面的な事実のみを言い「お話」の内容を隠すことと、ユージンが余計なことをいわないように誘導すること。フレンには「お話」の内容が分かっているはずだが、その内容はコリス自身に言わせる必要があるのだ。だから彼女を巻き込む必要があった。今となっては巻き込んでおいてよかった。
(それと早速で済まないがやってほしいことがある……)
◆
「では最後にコリス様を階段から突き落とし危害を加えようとした事案です」
「全く! 心当たりがありません!」
オーレイが楽しそうなのに対しアトーデの機嫌が悪くなっている。オーレイの嫌味な口調に苛々してるんだよね。フレンとは打ち合わせしているだけだし俺のせいじゃないよね。
「ここは先ず目撃者のカガミーミル殿下に証言していただきましょう」
「ボクの出番だね~(ズアッ!) その時ボクはボクに割り当てられた生徒会役員控室でポージングの研究をしていたんだ~(ギャイイン!) ところが撮像機がうまく動かなくなって~(パオン!) 直せる人を見つけるために廊下に出たんだ~(グオン!) するとコリスの悲鳴が聞こえて~(パパウパウパウ) 階段からコリスが落ちてきたんだ~(ボムギ!)」
誰か楽団を止めてくれ。
「コリスはとっさに魔力を暴発させてクッションにしたからケガはなかったけど~(ド・ド・ド・ド・ド) コリスは怖がっちゃってしばらくボクに抱き着いてたんだ~(バキュゥゥン!)」
「控室は本科棟一階の東階段の近くでしたね。事件があったのは東階段ですか? また、犯人は見ましたか?」
「そう、東階段だけど、犯人は見ていないよ~(パキャン!) 足音も聞こえなかったし魔力も感じなかったよ~(グワシ!) 」
「コリス様にも証言していただきましょう。辛いでしょうが事件があったときの事を教えてください」
「はい、あの日は何時ものように授業が終わると四階の自分の教室から東階段を降りて一階の生徒会室に行こうとしていたんです。二階と一階の間の踊り場に差し掛かった時、いきなり後ろから突き飛ばされました」
「誰かに押されたのですか? それとも魔法ですか?」
「押された、のだと思います。魔力は全く感じませんでした」
「押した犯人を見ましたか? またほかの誰かとすれ違ったりしましたか?」
「見ていませんし、誰にも会っていません」
東階段は生徒会室に用があるとき以外はまず使わない。四天王に出くわす危険があるからみんな避けるのだ。
「ありがとうございます。最後に、事件がいつ起こったかを教えてください」
「十日前、15日の放課後すぐです」
日付を聞いたアトーデがわざとらしく驚いて見せる。
「まあ、その時間でしたら私、完璧なアリバイがありましてよ。15日は午後中、卒業式の予行演習に参加していましたの。場所はここ大ホールです。不思議なことに私以外の生徒会役員は皆欠席されましたけど、先生方や卒業生の先輩方に聞いていただければ私がずっといたと分かるはずですわ」
アリバイを主張しつつ四天王がサボったことに対する嫌味を言うアトーデ。何故かそこにだけ王太子が反応する。
「ふん! 平民だけの卒業式の、しかも予行など王太子たる俺が出るべきものではない! 時間はもっと有効に使うものだ!」
こいつ王国の盾たる魔法騎士の多くが平民出身だと理解していないのだろうか? 反感を買っていいことなどないというのに。
「ミーネ、あれを」
王太子の発言をスルーしてオーレイが護衛メイドのミーネから書類を受け取る。
「実は予行演習に出席された先生方から事前に聞き取り調査をしてあります。これによると
『アトーデ君はずっと壇上に居たように思う』(ダイン先生)
『最初から最後まで良く頑張っていた』(ガル先生)
『司会進行をしていましたし東階段まで往復するほどの暇は全くなかったはずです』(バール先生)
『ずっと居た。ずっと見ていたから間違いない』(エルグ先生)
ということですから、公爵令嬢アトーデが自身で直接犯行に及ぶことは不可能です。遠距離魔法も使えませんしね。しかし!」
オーレイは一旦言葉を切り周囲を見回す。
「コリス様を突き落とすことは可能です。自分でやるまでもない。手下にやらせればいいのです。 そして実行犯はこの中に居ます!」
芝居がかった仕草でオーレイが高らかに宣言する。
そのとき耳に隠した受音機から、外を確認しに行っていたフレンの声が届いた。
『武装した近衛騎士約二十名、ホール正面入り口前で整列しているっす。ホールへの突入隊形っす』
読んでいただきありがとうございます。