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第二話

本日二話目です。

 片や金髪碧眼、画家に「15歳の王子様」と注文すると出てきそうな、美麗な見た目の王太子ニヴァン。片や薄紫の長い髪につり目気味の青と金のオッドアイ、画家に「15歳の妖しい魔女」と注文したらこうなるかもしれない容貌の公爵令嬢アトーデ。王太子の周りには仲間が居るが一人気絶している。アトーデは独り。もし何も知らない人がこの場面をみたとしたらどう見えるだろう。


「もう一度申し上げますが、アーク様が殺傷能力の高い魔法をこのような場で使ったのでやむを得ず気絶させたのです」

「話が平行線のままですね。仕方ありません、ここで話を元に戻しませんか。ご指摘の王太子殿下とコリス様との婚約についての説明がまだでしたね」

アトーデの反駁をオーレイは軽く流す。もしこいつら四天王が声を何処かに送るか記録するかしているという仮設が正しいなら、アトーデが言い訳している印象を作り出すだめだろう。アークの暴走からして仕込みだったはずだ。大怪我をさせても良し、反撃させても良しくらいのつもりだったのかも知れない。こちらとしてはどう対応するのが正しいだろうか。


 記録しているとして、どう使うつもりだろう? アトーデが新たな婚約者を探すときに、候補になりそうな者に送りつける? 確かに王太子とアトーデが対立している会話が王太子の名で送られてくれば、皆婚約を躊躇するだろう。他には? アークの母国聖キマツ国との間に国際問題を煽り責任をアトーデに負わせる? 確かに聖キマツ国との関係が拗れれば問題だが、こちらの計画が成功すれば四天王にそんな力はなくなるはずだ。

 もし今誰かが聞いているとしたら? 誰に聞かせている? 誰に聞かれると都合が悪い? こちらはちょっと思いつかないな。仕方ない。気持ち悪いがもう少し様子見だ。


「確かに公爵令嬢アトーデのご指摘通り、本来王族の婚約や結婚には門下省の同意(アグリーメント)が必要です。しかし今回に限っては問題ないのです。ミーネ、あれを」

「はい」

 オーレイに呼ばれ、出てきたのは黒いメイド服の女性……って何処から出て来た。いつの間にかオーレイの横に現れたミーネと呼ばれた若い女性。栗色の髪にこげ茶色の目、整った顔立ちでとんでもなくスタイルが良い。胸なんてリンゴか何かが入っているんじゃないかってほど出っ張っている。これほど目立つ女性なのに何時入って来たのか全然気付けなかった。魔力も完璧に遮蔽しているようだしきっと相当な隠密の技量を持っているのだろう。俺の観察力がスライム並みな訳ではないと信じたい。その証拠に王太子の護衛二人が後からそっと入ってきたはちゃんと気付いていたのだ。伯爵子息であるオーレイには護衛が一人許されているので、護衛メイドってやつかもしれない。

 黒メイド服のミーネはオーレイに一枚の紙を渡した。

「これは門下省が発行した、ニヴァン殿下と公爵令嬢アトーデの婚姻認可証の写し(コピー)です。発行は16年前。この意味がお分かりになりますか?」

 確かにおかしい。二人とも今15歳なので、認可証が発行されたときには生まれていなかった事になる。

「そう、側妃アンネ様がニヴァン殿下を身ごもった際にヘルツァーエ公爵の求めで発行されたものです。無論その時点では性別は分かっていませんでした。またヘルツァーエ公爵夫人も同時期に身ごもっていたのですが、こちらも性別が分かりません。よって文面はこうなっています。『側妃アンネ・ローザの第一子とヘルツァーエ公爵の子との婚約を承認する。ヘルツァーエ公爵の子は養子・養女でも可とする。ただし両者は性別を異にするものとする』

 王家の側は王太子ニヴァン殿下以外に解釈のしようがありませんが、公爵家側は当主の娘でさえあればアトーデ様でなくても、養女でも良い事になります」

「つまりコリスがヘルツァーエ公の養女になれば問題なしってわけだ!」

 王太子のどや顔がうざい。


「もちろん上位貴族が養女を取る場合にも門下省の認可が必要になりますが、こちらは問題になりません。理想的な流れる水のような魔力の質、そして歴代の学園生の中でも最上位(トップクラス)の魔力量。両者を併せ持つコリス様は明らかに王祖『月砕き』チューザン・セオの末裔。門下省の基準に照らせば申請を拒絶されることはありえません」



「ま、まさか王祖チューザン・セオの末裔だと……」

「知っているのかライディ」

 ここぞとライディが解説を始める。


――――――――――――――――――――――――――――

 『マージュ王家の断絶とレオタイプ王朝の始まり』

 混交暦675年、マージュ王家最後の女王リース・ペク・トゥ・オ・マージュ(663-675)が夭逝しカイ・ゾック・バーン(631-677)が王を僭称するや、国は大いに乱れた。

 そこに立ち上がったのが後のレオタイプ王朝の祖、ショウ・レッティ・グェントック・ス・テ・レオタイプ(647-712)である。彼は(むしろ)売りから身を起こし、義勇兵を率いて各地を転戦した。初めは百名ほどを率いるのみだったが次第に勢力を拡大、万余の兵を率いるまでになり、さらに王祖『月砕き』チューザン・セオ(?-84)の末裔であると明かすや諸侯が(こぞ)って馳せ参じた。末裔である証は魔力の質と量だけであったが諸侯は十分であるとして王位継承権を認め、ショウ王は乱を治めて680年に即位した。 (オ・マージュ国歴史真理院編『王国史』997年版より)

――――――――――――――――――――――――――――


 「チューザン・セオは子沢山で、認知した子だけで三十五人。隠し子は一説によれば全国各地に三千人もいたとか。その話が半分でも事実ならチューザン・セオの血を全く引いていない人は平民の中にもまずいないだろう。

 しかしショウ王以降、『王祖チューザン・セオの末裔』は特別な意味を持つようになった。『末裔』と認められるのは魔力の質と量をショウ王と同等に兼ね備えている者のみ。そして一度認められれば王族に準じた扱いを受ける権利が与えられる」

「あの子の魔力が凄いとは聞いていたが、まさかそれほどとは……」

 ざわ……ざわ……



周囲のざわめきを他所にアトーデとオーレイのやり取りは進む。

 「なるほどコリスが私の妹になれば条件には当てはまるでしょう。しかし父は養女をとるのを(うべな)うとは思えません」

「そこで先ほど申し上げた3番目の事案(マター)不正(チート)な追試合格が関係してくるのです。公爵令嬢アトーデはもちろん騎士爵将軍リョモー・ソン・サー・クリクソンをご存知ですよね」

 何故かオーレイは歴史上の偉人を持ち出してきた。

「もちろんですわ。戦場では不敗の名将と称えられながらも冤罪で伯爵から平民に。最後の戦いでは乞われて将軍に復帰、見事大勝利を収めるもその最中不審すぎる戦死を遂げた悲劇の人。その時の爵位が将軍に任ずるのに必要最低限である騎士爵だった事から騎士爵将軍と呼ばれ、またマージュ王朝の最後の忠臣とも言われていますわ。三百年近く前の人物ですけど小説や舞台の題材によく取り上げられていますし、実は私も大ファンですの。歴史書も小説も片っ端から読みましたわ。婚約破棄された今だから言いますけど幼い頃、クリクソン姓にあこがれていたんです。今思えば結婚相手はリョモー様のような方がいいなと思っていたからですわ。リョモー様のように優しい中にも一本筋が通っていて、どんな苦境でも諦めずに道を切り開いてくれる頼りがいがある方がいいなと思っていたからなのですわ」

 余計な情報をぶっこんで来るアトーデ。少しは抑えたほうがいいと思う。


「なるほどオレは理想にぴったりだったのか。しかしだからといってコリスにやった事が正当化されるわけではない。残念だったな」

 変な風に納得する王太子の自己評価は何処から来るのだろう。(ノイエ)三四七宮(サンスーチー)の鏡はみな捩れているのかもしれない。


 アトーデは王太子の妄言を華麗にスルーしてまくし立てる。

「特にその謎の最後! 歴史のロマンですわ。オーレイ様はどう思われます? 私はあれは偽装で、リョモー様は辺境に落ちのびてリース女王も匿いながら平和に…」

「公爵令嬢アトーデ、その辺で。それほどお詳しいのなら、リョモー将軍が一時この魔法学園で教員をしていたのも無論ご存知ですね」

「ええ。『冤罪で軍を放逐された元将軍のおっさんだけど偽名で魔法学園の教師やってます』のエピソードですね」

「寡聞にしてその小説は知りませんが、題名は史実に沿っているようです。将軍は平民落ちしていた一時期“アモー”と名を変え、ここで教員をしていました。そして高い見識(ナレッジ)と柔軟な発想(アイデア)を以って様々な改革(イノベーション)を行いました。遠距離攻撃を必修としたのもその内の一つです。そう、あなたが不正(チート)に合格した遠距離攻撃です。リョモー将軍は当時すでに『Z』の危険性に気付いており、遠距離攻撃に限らず全ての試験内容や合格基準を対『Z』用に修正しました。 例えば遠距離攻撃の合格基準は、『Z』が押し寄せてきたときに余裕を持って撃退するための条件から定められました」


 『Z』単体は、その腐った死体のような見た目を裏切らずのろのろとしか動かない。しかし群れとしては意外なほど早く動く。

 理由はその増殖方法にある。

 『Z』という呼び名は伝説の魔物『ゾンビ』が由来だが、本家のゾンビとは異なり増えるのに死体も生き物も必要としない。

 『Z』の増殖方法は2つ。石樹の根元から生まれるか、分裂で増えるかだ。そして群れの移動速度を上げるのは分裂増殖の方だ。

 奴らは自分の腕や頭を引きちぎって投げる。するとその腕や頭が周りの土だの石だの草だのを取り込んで体を作り一体の『Z』になるのだ。元の『Z』もそのうち元に戻る。周囲の魔素が必要らしく数が多ければ多いほど魔素不足で復元に時間が掛かるようになるし、小さいかけらは復元できずに崩れて文字通り土に帰るのが救いだが、とにかく奴らは遠くまで体の一部を投げ、そこで新たな個体になる。『Z』自体はノロノロとしか動かないがそのようにして増えていくため群れが押し寄せる速度は速い。

 よって『Z』の群れに対しては多人数による遠距離攻撃をひたすら行い動きを止めるのが基本だ。相手の動きが止まったところで復元する暇を与えず突撃。全ての『Z』が文字通り欠片も残さず消滅するまでひたすら燃やし、切り刻み、潰していく。

 その一連の過程の一つ一つが全て進級試験に反映されている。直接戦闘だけではない。支援能力、例えば『Z』をある程度誘導するための魔道具の設置や整備などの実地試験もあり、卒業生はそのまま対『Z』の即戦力だと保証されるのだ。


「その試験内容は完成度が非常に高く、実際三百年間全く修正(リバイズ)されませんでした。あなたが公爵家の力で捻じ曲げるまでは」


 ようやく主張に辿り着いた。なぜ「公爵家の不正だ」と言うのに歴史上の人物まで引っ張り出して長広舌を振るうのだろう。時間稼ぎ? 何のために?


「何度も申し上げているのですが、不正などしていませんわ」

「では証拠(エビデンス)を示しましょう。私とあなた、十歩ほどしか離れていませんが、あなたの攻撃魔法を私のところまで届かせられますか?」

「……出来ませんわ」

「あなたの乾きかけの泥のような魔力は動かすのが大変だそうですが、それでは身体強化術もあまり出力がでませんよね。ああいえ剛体術だけは得意でしたね。私が言っているのは筋力強化のほうです。例えば筋力を2倍……いえ1倍半にすることは出来ますか?」

「……出来ませんわ」

「攻撃魔法は届かない、身体強化して弓を射ることも許されていますがそれにも力が足りない。これでは遠距離攻撃の合格基準を突破(クリア)する解決策(ソリューション)はありません。よってあなたが追試にせよ合格したのなら、合格基準自体が歪められたのだと言えます」


 遠距離攻撃の試験は城壁を模した分厚い壁の内側から行われる。壁には魔法狭間(まほうざま)と呼ばれる掌大の穴が開いていて、そこから魔法を使い広大な演習場の反対側に立てられた的を攻撃するのが試験内容だ。的自体が相応に大きいのでコントロールは多少甘くてもよいが、一定以上の威力がある攻撃を当てなければ合格とはならない。もちろん届かなければ一律不合格だ。通常の攻撃魔法の他、一部の道具も魔法を使うことを前提に許されていて、身体強化して強弓で挑戦する学生も毎年一定数存在する。過去一人だけ投石で合格した剛の者もいたとか。しかし筋力強化率は腕力自慢の者でも最低十倍は必要なので、アトーデには無理だ。確かに普通に考えたら道具に細工するなり書類上合格した事にするなりの不正が在ったと見るのが自然だろう。

 だからアトーデは学園に掛け合って自分の追試を公開で行ったのだ。衆人環視の中、誰もが驚く方法で遠距離攻撃を成功させて見せた。引きこもっていた四天王達は知らなかったからこうして責めたてているのだろうが、当然学生の皆は白けている。

 実際、アトーデのやって見せた遠距離攻撃は通常の遠距離魔法とは異なりただの物理攻撃で、標的周辺に魔素を撒き散らすことがない。その点で対『Z』戦闘、さらには遠距離から石樹を破壊するための新しい手段として魔法騎士団にも注目されているらしい。

 特に石樹は魔法を吸収し『Z』を生み出してしまうため、今までは遠距離から破壊しようと思えば使い勝手の悪い投石機ぐらいしか手がなかったのだ。

 対『Z』でもアトーデ方式は期待されている、『Z』は魔素の濃い方へ濃い方へと向かう習性があり、また魔素が濃いと増殖が早まるため、通常の遠距離魔法はやりすぎると却って増殖を引き起こしたり石樹の森から新たに『Z』を呼び寄せてしまったりする場合があるのだ。そこで魔法に投石、弓矢等を組み合わせる必要があったのだがその殲滅速度は魔法とは比べ物にならない。魔素が出ないアトーデ方式ならそのあたりが改善できると期待されている。騎士団はアトーデと直接話をしたいそうだが、時間が取れるようになるまで待っているらしい。


 ……ん? 何か引っかかる。騎士団? 騎士団………近衛騎士団! 何故忘れていたのか。近衛騎士団の一部が警護のためという名目で王太子の下につけられている。そして王太子は彼らを警護以外に使うのを躊躇わない。まさか時間をかけているのはそいつらが配置につくのを待っているからか。 まずい!


 俺があせっている間にもオーレイとアトーデの会話は進んでいく。

「このような不正(チート)を働くには当然ヘルツァーエ公爵家の力が必要不可欠です。ですから当然公爵家当主も不正(チート)の責を負わねばなりません。しかし王太子殿下は寛大なお方、もしコリス様を養女とするなら公爵家は罪に問わないと仰せです」

「はあ、そのような話は父に直接なさっては?」

「もちろんそのつもりです。若しかすると当主も代替わりして弟君のクルス様がお相手になるかも知れませんがね。私はコリス様と王太子殿下の婚約は可能である、とご説明したまでです。不正(チート)は憎むべきですがお陰で婚約が簡単になりました。コリス様はチューザン・セオの末裔なれば門下省に新たに同意(アグリー)させることも不可能ではありませんが、貴族の皆様の合意(コンセンサス)を取り付けねばならなず時間が掛かってしまうところでした。御礼を申し上げるわけにはいかないのが残念です」


 いや待て慌てるなローシュ。そもそも近衛騎士団が本当に来ているのかどうかも分からない。 来ていたとしてもこの流れではすぐさま突入! 拘束! とはならないだろうし、計画が最終段階に入ればもう動けないはず。問題になるのは拙い不味いタイミングで突入され大混乱になった場合だ。計画が頓挫してしまう。ホールの外を確認する必要がある。


 しかし事情を知る人を最小限に絞ったせいで今動ける仲間はいない。俺も役割があるからこの場から離れられない。四天王からの告発が終わる前に一人手が空くはずだから彼女に確認してもらおう。それで間に合うはず。間に合うよね?


読んでいただきありがとうございます。

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