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その後 前編

ようやく恋愛ジャンルっぽい部分にたどり着きました。

長くなってしまったので本日は3連投です。

「兄さんもいつでも遊びに来ていいよ。でも公爵令嬢である私への礼儀は忘れないでよね。おほほ」

 コリスがアホなことを言い出したので頭を叩いてやった。

「痛ーい。なにするのよ!」

「公爵令嬢コリス様への礼儀だ」

「どこがよ」

「くだらないボケにも親切にツッコんで差し上げただろ?」

「うう~」

 恨みがまし気な目でこちらを見るコリス。今日はピンクのドレスに身を包んでいてびっくりするほど可愛らしい。しかし中身は昔と大して変わっていないようで少し安心する。


「お二人とも、仲がよろしいのは結構ですけれどももう少し真面目にやってくださいまし。特にローシュさん。お茶会の席で余所見ばかりするのは如何なものかと思いますわ」

 アトーデがそう苦言を呈する。卒業パーティーとの時と比べ、今日は非常に顔色が良い。お陰で叱られているというのになんとなくほっとしてしまう。ドレスは何時ものように青だがパーティーの時とは異なり肩を出していない。その為だろうか、前にも増して気品に溢れている。


 早いものであのパーティーからもう5日、明日には魔法騎士団の本部に出頭しそのまま入営する予定だ。入営の準備は既に終えているので今日一日はゆっくり出来る。

 今俺が居るのは王都パーロにあるヘツツァーエ公爵邸の庭園。その片隅にある四阿(あずまや)だ。ここで俺は何故かお茶会に招かれている。

 元々今日は何の予定も入れていなかったのだが、昨日着飾ったコリスがいきなり現れて「ヘツツァーエ家のお茶会に招待する!」と宣言して招待状を渡してきたのだ。夜は泊めてくれるとのことなのでつい出席すると返事をしてしまったが、今では後悔している。この屋敷は騎士団の本部に程近く、ここに泊まれば明日の移動が非常に楽になるのだが、その利点を打ち消して余りある苦難が待ち受けていたのだ。


 真っ白なクロスを敷いた丸いテーブル、それを囲むのは俺を入れて六人。主人役(ホステス)のコリスから右回りにアトーデ、くっころさん、地味子さん、フレン、そして俺だ。今日はくっころさんも地味子さんも護衛ではなく客として参加している。

 実はビータ男爵家のユージンにも声をかけたのだそうだが、「公爵家なんて恐れ多い」と青い顔をして断ったとか。正常な神経をしているようで何よりだがお陰で男は俺一人だ。そしてテーブルがさして大きくないので皆との距離が近い。下手すると肘が当たりそうだ。非常に落ち着かない。


 卒業パーティーの時はそれどころではなかったのであまり意識しなかったが、皆それぞれに美人なのだ。子どもの頃から見慣れているはずのコリスも衣装のお陰か化粧の効果か別人に見えるし地味子さんでさえ地味顔化粧を少し加減したのか普段より美人度が三割増しだ。それが思い思いに着飾って同じテーブルに着き、笑いさざめきながら上品に会話しているのだ。どうにも真っすぐ見るのが気恥ずかしい。

 しかも参加者は全員公爵令嬢を筆頭に一代騎士の俺より身分が高いのだ。後ろに控えているメイドさん達でさえ実は子爵令嬢や男爵令嬢だ。場違い感が酷い。さらにいうと俺の左隣は公爵令嬢になったコリス、右隣は子爵令嬢フレンなんだけど席次間違ってませんかね。とっとと帰りたい。

 ついつい手入れの良い庭の方に目をやり、眩しい陽射しの中さわやかな風にそよぐ草木を眺めながら「いつの間にかもう夏だな」なんて考えて現実逃避していた。

 それを見かねたのかどうか、コリスから話しかけてきて出たのがさっきの科白だ。


 コリスはパーティーの翌々日ヘツツァーエ家の養女になった。門下省の認可はあっさり下りたそうだ。ヘツツァーエ公爵(おっさん)の政治力の他、オーレイが事前に『チューザン・セオの末裔』認定の申請をしていたお陰らしい。

 アトーデに養女にした理由を問うと、『チューザン・セオの末裔』であるコリスが政治的な争いに巻き込まれるのを防ぐ為とのことだった。

 しかしそれだけではないだろう。コリスがハムスタ家に入ったのはニヴァンの意向、そのままでは居づらいだろうから引き取ったという側面もあるに違いない。


 そして今日はお茶会の練習とのこと。貴族になってまだ1年、しかも始終ニヴァンに付きまとわれていたコリスにはお茶会の経験がほとんど無いからな。俺にも無いが。


「ローシュ先輩は、想像していたよりずっとコリス様と仲がよろしいのですね」

 お嬢様モードのフレンが話を繋ぐ。髪や目と同系色の真っ赤なドレスがよく似合っている。

「お見苦しいところをお見せしました。自分とコリスは平民育ちなもので、つい平民だったころの感覚で接してしまいました」

 俺の身分はこの中で一番下。なのでフレン相手であろうと敬語を使わなければならない。

「うわー、ローシュ先輩に敬語を使われると背中がむずむずするっす」

 急に素を出すフレン。

「おいこら俺の敬語はそんなに変か?」

「変っす。馬鹿にされている気がするっす。お願いだから普通にしゃべってほしいっす」

「一代騎士が子爵家のご令嬢にタメ口は駄目だろ」

「いいじゃないっすか減るもんじゃないし。というか既にタメ口っすよね」

 いつもの謎敬語でアホな話を展開する。こちらは明らかに俺の緊張を解すためだろう。後輩に気を使わせてしまったようだ。情けない。

「フレン様もローシュとずいぶん親しいのだな」

 こういったのはくっころさん。今日は護衛ではないため深緑のドレスを着ているのだが、不思議と凛々しい。

「そういえば卒業パーティーでも手を繋いでいましたわね」

 アトーデが扇子で口元を隠しながら余計な一言を放つ。青と金のオッドアイがいたずらっぽく輝いている。

「なんですと! その話詳しく!」

 コリスが飢えたフォレストウルフの如く食いつく。

「あれは他人に聞かれずにやり取りする方法! 少し打ち合わせの必要があったからやったんで、他意はありません。フレンからも何か言ってやって……て何赤くなってるの!」

「え……だって……改めて言われると……」

 右手を見ながら左手を頬に当ててはにかむフレン。ちらりとこちらを見る仕草が妙に可愛らしい。その手はすべすべだ。普通に授業をこなしていくと手に胼胝(たこ)ができるものだが、剛体をかけておくことで軽減できる。ここまで手が綺麗なのは指先までキチンと魔力が行き渡っている証拠だ……ってフレンの手はどうでもいい。俺の後輩がこんなに可愛いわけがない。

 人と手を繋ぐことに強い思い入れがあったのは知っているが、秘密の伝達方法―握手話法の修行で散々繋いできているので今更恥ずかしがることはないはず。つまりこれは擬態だ。恥らっているように見えるがコイツは確実に俺をからかう為にやっている。まずい。このままだと卒業パーティーの二の舞になるに違いない。


 あの後、卒業パーティーは大変だった……



 卒業パーティー自体は盛況のうちに幕を閉じた。

 ユーザン達料理班が出してきた料理は量こそ少なかったものの、余った食材をつかった急ごしらえとは思えないほどのおいしさだった。

 ダンス等も盛り上がったが、一番盛り上がったのは「質問タイム」だ。


 当然回答者は俺とアトーデ。質問者は俺達の関係を邪推する皆だ。

 俺は「恋仲ではない」「片思いでもない」「そもそも公爵令嬢と一代騎士では釣り合いが取れない」と事実に基づいてきちんと説明した。アトーデの家出など一部口止めされていて言えないことも有ったがそれ以外は誠実に話したつもりだ。いつの間にかドレス姿に戻ったフレンとなぜか紛れ込んでいたホエルワ先輩がしつこく問い質してきたが真実は常にひとつ、きっちりきっぱり否定した。

 だというのにアトーデときたら「初めて出会ったのは子どものころ――春の日の素敵な思い出ですわ」だの「大切なお友達ですわ。どのくらい大切ですかって……うふふ」だのと思わせぶりな受け答えに終始した。さらに「執行部に独り残された時に真っ先に来てくれた」だの「一番大変な時に支えてくれた」だのと恣意的に事実を切り出し、ありもしない恋物語が見えてくるように並べ立て、挙句愛用の扇子が俺からの贈り物だと暴露しやがったのだ。

 恋愛話が大好物の女子達は大盛り上がり。もしアトーデの目的がパーティーを盛り上げることなら確かに大成功だと言えるだろう。しかしその反面、俺に彼女が出来る可能性が大分減ってしまったような気がする。アトーデだって嫁入り先を探すのが大変になったんじゃないだろうか。

 しかも同級生からはやっかみを言われ、よく知らない後輩女子からは「負けないで」と応援されるしホエルワ先輩には何故か「地味子さん(ユーミ)を泣かせたら泣くまで殴る」と脅されるし「俺の力じゃ泣かすのは無理」と答えればコリスに「ギャルゲー主人公」の汚名(意味は解らないがきっと汚名だ)を着せられるしで死ぬほど疲れた。


 パーティー後には何故かヘツツァーエ公爵(おっさん)が待ち構えていて、計画について徹底的に駄目出しされた。特に準備の甘さと自分で突撃した事を散々叩かれた。さらに如何したらよかったのかを延々と考えさせられた。何をしたかったのだろう。俺に謀略戦でも仕込むつもりなのだろうか。よくわからない。


 兎に角質問攻めやヘツツァーエ公爵(おっさん)の説教で精神的に、さらにカガミーミルとの戦闘で肉体的に疲れ切っていた俺は部屋まで帰ろうとして果たせず、男子寮に入ったところで眠り込んでしまったのだが、次の日起きたら顔が落書きだらけになっていた。アトーデの信者がやったらしい。



 ちょっと思考が逸れたがこのまま手を拱いていると質問攻めだ。しかも彼女らの中の真実(おもいこみ)に沿った答えを言わないと終わらないやつ。まともに対応すると嵌る。

 ここで今日泊まる予定なのが不利に働く。戦略的撤退(おうちかえる)が出来ないのだ。ここは強引にでも話題を変えて正面突破するしかない!

「え、えーっと、フレンのことはさておき、ニヴァン元王子たちがどうなったか知りたいなー」

「逃げたな」

「ヘタレ」

「……っす」

 くっころさんとコリスが文句を言う。フレンも不満そうだ。

「まあいいじゃないですか。無理に今問い質さなくても」

 地味子さんが地味に微笑みつつ助け舟を出してくれた。クリームイエローの地味なドレスがとても柔らかい雰囲気を醸し出していて慈母の様だ。

「今日はたっぷり時間がありますから、後でゆっくり時間をかけて聞き出しましょう」

 訂正。この人は地味子の皮をかぶった魔物、人狼(ウェアウルフ)でした。というかあなた一緒に握手話法の修業をしたんだからただの意思疎通だと分かっていますよね。


「仕方ありませんわね、情報交換もお茶会の大切な役割のひとつ。特別に教えて差し上げますわ」

 こう前置きしてアトーデが説明してくれた。

 ニヴァンとアークは自主退学、オーレイとカガミーミルは休学だそうだ。それに伴いアトーデは生徒会長代行から生徒会長に昇格したとのこと。他の役員を決める為新学期早々に生徒総会を開くらしい。それまでは一人。なかなか大変だ。


「ニヴァン様は陛下の宣言通り近衛騎士団のフーゼン=ノート・モシヴィ派遣部隊に配属されたそうですわ。陛下がおっしゃるには “凋落した貴族で手柄を欲する者を集めて一部隊作る(呉子『図国』編 訳:イチヴァン・ヨガ・エーライ・ス・テ・レオタイプ)”という観点で部隊を編成したそうですわ」

「あいつが『手柄が欲しい』とギラギラしている様子は想像つかないんだが」

「確かにそのような性格ではありませんわね。例の勇者召喚事件はパレード事件の失点を取り返すためのものだったそうですが主導したのはオーレイ様。本人は『よきにはからえ』という態度だったそうですし。どちらかというと『そうあってほしい』という親の願いなのでしょう。でも周囲の士気が高いのは良いことではありませんの?」

「場合によりけりだと思うぞ。手柄狙いの奴ばかりだとすると功を焦って突出した挙句窮地に陥るかもしれないし、一人だけ温度が違う奴がいたら切り捨てて『行方不明』にしてしまうかもしれないし」

「ローシュ先輩ってアトーデ様が相手だとナチュラルにタメ口っすよね」

 アトーデと話していたらフレンがジト目で割り込んできた。

「え? そ、そうか? いや失敗したなー。アトーデ様、自分如きが礼節を弁えずあたかも対等であるかの如く振舞ってしまい弁解のしようも御座いません。爾後改めますので今までの数々の無礼をどうかご寛恕くださいますよう平にお願い申し上げます」

「……フレンさん、あなたの気持ち、よくわかりましたわ。ローシュさんに敬語を使われると背中を蜘蛛が歩き回っているような、気持ち悪くて落ち着かない感じがしますわ」

「酷くない!?」


「次にオーレイ様の方ですが…」

 無視された。

「形式上は病気療養のための休学ですれけども事実上の幽閉。もう会うこともないでしょう。婚約破棄後に私を尼寺に行かせようと画策していたようですがそれもきっともう無理ですわね」

「彼が持っていたあの箱の中身は一体何だったのですか」

 質問したのはくっころさん。確かに俺も気になる。

「詳しくは教えていただけなかったのですけれども、非常に危険なものだそうですわ。お父様によればカイケー家はあれを誰にも触れられないよう隠し護り続けてきた一族だったのだそうです。オーレイ様は禁を破り持ち出した挙句あれに魅入られてしまったのではないか、とのことですわ」

「もしかしてニヴァン様達がどんどんおかしくなっていったのは……」

 コリスの顔が青ざめている。

「ええ、あれの所為かもしれませんわね。ただ医学所の博士たちがニヴァン様とオーレイ様を念入りに調べたのですが何も分からなかったそうですわ。コリス、あなたはあれを見せられたことがありますの?」

「ううん、あのとき初めて見た」

「では多分影響はされていないのでしょう。良かったですわ」

「それで結局あれはどうなったんっすか」

「それについては極秘、だそうですわ。あれを狙うものも現れましたし知る者はごく少数に留めるそうですわ」

妥当な措置だな。


「カガミーミル殿下とアーク様については外国のことなのでまだ分かっていませんわ。聖キマツ国からは大勢の壊し屋(ブレイカー)がフーゼン=ノート・モシヴィに派遣されるはずですから、アーク様もその中に混ざってやってくるかも知れませんわね」

「あいつと顔を合わせる可能性があるのか。ちょっと憂鬱だな」

「長大なフーゼン=ノート・モシヴィで兄さんに偶々会うなんて偶然、まず無いと思うよ。そもそも来ると決まっている訳でもないし。ほらあのおばあちゃん……アーミチャ様が鍛えなおすようなことを言っていたでしょ」

 コリスが珍しくまともな事を言う。


「カガミーミル殿下の方は復学の可能性もありますわ」

「そういえばパーティでも学園に残る事にこだわっていたな」

そう言ったのはくっころさん。

「むしろコリス様の傍にいる事にこだわっていたように見受けられました」

と地味子さん。

「うーん、カガミーミル(ミーシャ)も悪い子ではないし友達としては好きなんだけど、ちょっと恋愛対象としては見られないかな」

コリスはそういうと何故かこっちを見た。

「どう、兄さん。安心した?」

「なんでそんなことを聞く」

「だって……『一年ぶりに顔を合わせた義妹。記憶にあるよりもずっと美しくなった姿にドキリとする。彼女の形の良い唇から他の男の名前が出る度、胸が締め付けられるような気持ちに……』」

「何処の少女小説だそれは」

「今作った。兄さんの気持ちが良く描写できているでしょ」

「全然できてない。勝手に俺の気持ちを捏造するんじゃない。大体よく自分をそこまで美化できるな」

「逆バージョンもあるよ。『一年ぶりに顔を合わせた義兄。額に張り付いている侵略者マークの間抜けさに眩暈がする。なんであんなデザインの物を贈ってしまったのかと胸が締め付けられるような気持ちに……』」

「今は付けてないだろ侵略者マーク。というか胸が締め付けられるほど後悔してたのかよ」

「はいそこまで」

 アトーデが俺とコリスの間に扇子を差し入れて話を遮る。

「どうしてすぐ二人の世界に入ろうとするんですの。他のお客様も巻き込みなさいな」

 コリスが顔を真っ赤にして「二人の世界……」とか呟いている。まあそんな表現をされたら恥ずかしいよね。


読んでいただきありがとうございます。

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