第十二話
本日二話目。ざまぁパート終了です。
一部グロい表現があります。苦手な方は勇者召喚の回想シーンが始まったら次の◆まで読み飛ばしてください。話は繋がります。
「そんな……父上、考え直してください!」
ニヴァンには陛下の配慮は通じていなかったようだ。家長が処分しなければ国がより厳しい審判を下すというのに。
「フーゼン=ノート・モシヴィといえば最前線ではないですか。命の危険があるのですよ!」
問題はそこか! しかも騎士が皆等しく犯す危険を忌避するとは。
「ならぬ。来る大反攻の折にお前の価値を証明するのだ」
当然だが陛下は却下する。
「無理です! どうか……お、ヘツツァーエ公爵、いいところに来た。お前からも執り成してくれ!」
…………………………は?
いかん、理解が追いつかない。なぜヘツツァーエ公爵に助けを求める?
おっさんを含む貴賓席にいた面々はいつの間にか下に降りてきていたのだが、急に変な話を振られたおっさんの顔が珍しく引きつっている。
「あ…ありのまま、今、起こったことを話すぜ!」
髪を銀色に変化させたコリスがまた何か言い始めた。
「婚約者との婚約を破棄しあまつさえ斬り殺そうとした殿下が、その婚約者の父親に国王陛下への執り成しを求めたんだ。なにを言っているか解らないと思うが俺も解らない。盆暗や虚けじゃない、もっと酷いものの片鱗を味わったぜ」
珍しくコリスが現状に即した発言をしている。かなり辛辣だが。
「……ニヴァン殿下、申し訳ありません。実は娘の婚約が一方的に破棄されまして、悲しみのあまり何も手につきません。
ああこの悲しみ、サンヴァン殿下なら分かって下さるでしょうか。今度お話を聞いていただくことにしましょう」
それでもしれっと嫌味を交えて第二王子派への乗り換えを宣言するあたりやっぱり煮ても焼いても食えそうに無い。
「くっ、普段は『何かあったら力になります』等と言っていたくせに掌を返しやがって……どうしてこうなった」
自業自得だから! と思ったのは俺だけではないだろう。むしろ何故味方してもらえると思った。
「坊やだからさ」
俺の心の声に反応したかのような発言をしたのはコリスだ。今度はドレスを赤く変え目を銀のマスクで隠している。相変わらず無駄に器用だ。
「……そうだよ、その通りだいとしいしと」
変な発言に思わず目をやるとオーレイが座り込んで例の箱に語り掛けていた。ちょっと怖い。
「人間なんて下らない。そうともいとしいしと、人間がボクを見捨てるんじゃない、ボクが人間を見捨てるんだ」
一人称が「ボク」になっている。これが素なのか、幼児退行したのか。
「ボクは人間をやめるぞッ! いとしいしと!!」
オーレイは弾かれたように立ち上がると例の箱を頭上に掲げた。
「いあ! いあ! はすたあ!
はすたあ くふあやく ぶるぐとむ ぶぐとらぐるん ぶるぐとむ!
あい! あい! はすたあ!」
あれは勇者召喚! 奇怪な詠唱と共に魔力が練られていく。この場に勇者を召喚、いや自分を依代に勇者を降ろすつもりか!
既にオーレイに重なるようにぼんやりと名状しがたきものの影が見える。その影を見たとたん、半年前の出来事が頭を過った。
◆
場所は同じ大ホール。中央に見たことのない文様の巨大な魔法陣が描かれている。
先生方や学生達が見守る中、四天王が意味のわからない詠唱と共に魔法陣に魔力を注ぎ勇者召喚の魔法を発動する。
すると魔法陣の上に魔力球が現れ、その中から触手とも粘液ともつかないものがドロリと出てきた。同時に生暖かい、なんとも表現しがたい臭気が押し寄せる。
魔力球は徐々に大きくなりやがて差し渡しが人の背丈の数倍程になったが、触手か何かがドロドロと出てくるだけで本体はまだ見えない。
やがて四天王を何か異質な力が取り巻く。四人とも膨らみながら下半身から液状に変化していくが、不気味な事にそんなになっても恍惚とした表情を浮かべながら魔力の供給を続けている。
魔力球はついに高い天井にまで届くほどに大きくなり、それを通して呼び出された勇者の、なんとも形容しがたい巨大な輪郭の一部が異界の夜空に浮かび上がっているのが見えた。
本能が警告する。これは駄目だ。この世界に呼び込んでは駄目だ。『Z』とは比較にならないほど危険だ。
魔力球のこちら側に出てきているナニカは今や巨大な触腕と言えなくもない物となって天井を押し破ろうとしている。名状しがたきものが通るにはまだ球が小さいのだ。
火の矢や雷撃が名状しがたきものの触腕に降り注ぐ。危険を感じた学生達が攻撃魔法を放ち始めたのだ。しかしそれは何の効果も無いばかりか攻撃した者達は四天王と同様謎の力で魔力袋に変えられてしまう。
パニックが起こりかけていたが、学園長が一喝して収める。そして皆の魔力を結集し根源魔法「リ・セットゥ・ボトゥン」を発動、そこで俺は魔力切れを起こし、意識が途切れる……
◆
「いかん、オーレイを止めよ!」
陛下の言葉に現実に戻される。オーレイを包み込む影が詠唱と共に徐々に大きく濃くなっていく。そうだ、呆けている場合じゃない。
前回は学園長がいたが今はいない。他に「リ・セットゥ・ボトゥン」を使える者はいない。名状しがたきものが何かする前に終わらせなければならないのだ。
箱を狙い、ありったけの魔力を込めて斥力魔法を発動。しかし反射されこちらが吹き飛ばされる。
「ソノ攻撃ハ サッキ見タッ!」
勝ち誇るオーレイの声は既におかしな響きを伴っていて人間離れしている。口調もたどたどしい。もしかするとオーレイではない何かがオーレイの口で無理やり喋っているのかもしれない。
一方で名状しがたきものの影の膨張が止まっている。反射に力を使った分、召喚が中断しているのか。
と、急にオーレイがバランスを崩した。右足の下に落とし穴が開いたのだ。ケビーシ兄の「落とし穴」だ。オーレイが倒れる隙を突いてケビーシ弟が箱を奪い取る。
同時にオーレイに重なっていた影が消え去った。
「いとしいしとー!」
一声叫んで手を突き項垂れるオーレイ。召喚は失敗に終わったようだ。これで一安心だ。ほっと胸をなでおろす。
「皆の者、よくぞ止めてくれた」
陛下も明らかにほっとした様子だ。
ここでオーレイの父カイケー伯爵が進み出た。ケビーシ弟から箱を受け取ったようだが、素手ではなく何かの布越しに持っている。
「オーレイ。お前には失望した」
オーレイは項垂れたまま反応しない。
「お前を王太子殿下に付けたとき、私が何を言ったか覚えているか? 『殿下を良く支えよ。道を違えそうなら諌めよ』と、こう言ったはずだな。
私はお前なら出来ると思っていた。利発な子だったからな。然るに実際はどうだ。殿下を諌めるどころか共に愚行に走るとは、呆れて物も言えん。
さらに問題なのがこの『箱』だ。勝手に持ち出し衆目に晒し、あまつさえ『アレ』を呼び出そうとするとは。
お前には何度も言ったはずだな。これは人の手に負えるものではないと。まかり間違えれば人の世が終わると。これを人の手から守り存在すら秘すのが我が家の、恐れ多くも建国王ご自身から内々に託された大事な使命だと」
オーレイはずっと項垂れていたが『箱』という言葉に反応し顔を上げた。そしてそのままじっと箱だけを見つめている。話を聞いているのかいないのか、微動だにしない。
カイケー伯爵が布で箱を覆うと「あ……」と一言のみ発した。
「どうやらすっかり魅入られてしまったようだな。致し方ない。このままお前を野放しにすることは出来ない。
カイケー家の家長として宣言する。オーレイは廃嫡、精神が回復し善悪理非を弁えるまで別荘にて療養させるものとする」
そう宣言するとカイケー伯爵は二人付いていた護衛の内一人を呼び、オーレイを連れ帰らせた。
「陛下、この度の我が家の不始末、弁解の仕様もございません。如何様な処罰にも甘んじる所存でございます。まずは丞相職を辞すことをお許しください」
「まだ認められぬ。大反攻が目前であるからな。処分はその後だ。今は職責を全うせよ」
「は」
これで建国以来の丞相職の世襲は終わるのだろうな。さすがにこの状況ではカイケー家から次代は出せまい。
「王国の歴史がまた一ページ……」
紺のベレー帽を頭に出現させたコリスがまた何か言っているが放置。
アークはアーミチャ様に詰め寄られている。小柄な老婆にタジタジになる大男の図だ。
「やっぱりお前さんには“モヒ”の称号は早すぎたようだね。情けないったらありゃしない」
「いや、アミ婆ァ、俺は…」
「言いたいことがあるなら先ず力を示しな! スケノーさん、カクノーさん、準備を」
動き出したのはアーミチャ様の二人の護衛。聖キマツ国らしくこの二人の髪型も独特だ。
前髪から頭頂部までを剃り上げ、残りを長く伸ばして後頭部でまとめその先を頭頂部にちょんと乗せている。たしか優れた戦士に与えられる称号“チョンマゲ”を持つ者の髪型だ。
チョンマゲ二人は周囲の人を下がらせるとアークとアーミチャ様を大きく挟む位置に移動し黒い小さな箱を取り出した。魔法陣らしきものが金色に輝いている。
チョンマゲ達が「ヒカエ!」「オロウ!」と声を上げるや円筒形の魔法障壁が発生しアークとアーミチャ様を取り囲む。どうやら二人が戦うようだ。
五歩ほどの距離をおいて向かい合う二人。チョンマゲの一人が「始め!」と合図する。
「こうなりゃヤケだァ。汚物は消毒…」
「哈ッ! 強風!」
アーミチャ様から噴き出した風がアークの緑色の髪を根元からきれいに剃り落とし高く巻き上げた。アークはあっという間につるっぱげだ。
「グウッ、これが『ジャガイモの皮むき魔法』…」
「何言ってんだい。今のは『皮むき魔法』なんかじゃない、唯の『強風』さ。何せお前さんの頭にはまだ皮がついているじゃないか。ご要望とあらば次は剥いてやるよ」
「ゲッ、間ってくれェ、降参だァ」
「なんだい。詰まんないね。
じゃあこのアーミチャ・イヤンバ・カーンの権限で、お前さんから“モヒ”の称号を剥奪するよ。これからお前さんは唯のアーク・カーンだ。一からやり直しな」
「クソッ、もうすぐダイ・カーンに手が届くとこだったってェのに……」
「ふん。チ・カーンにされなかっただけでも有難いと思うんだね」
聖キマツ国流の話の進め方って、荒っぽいというか何というか……
「俺にもっと力があれば…」
「ほうそうかい。力が欲しいかい。ならば呉れてやろうかね」
急に嬉しそうになるアーミチャ様。
「いや待て。待ってくれアミ婆ァ」
「上手くいけば今の十倍も強くなれるかもしれないよ。上手くいけばね」
「イヤだァ! 木偶はイヤだァ!」
暴れるアーク。「木偶」が何だか分からないがよっぽど厳しい修行なのだろう。
「黙りな」
アーミチャ様が何処からか取り出した煙管でアークの顎を突くとアークはそのまま気絶した。これは千斗神拳の業か? 噂に違わず多才な人だ。
「ウチのバカが迷惑をかけたようで、お詫びします。誠に申し訳ない」
アーミチャ様は魔法障壁を消し、その場の全員に頭を下げた。
次いで陛下に向かい一揖し
「それではこれで失礼しますよ。このバカの性根を叩き直さなければなりませんのでね」
そう言うとアークを引きずって、いや、アークは少し浮いているな、アークを引っ張って護衛とともに出て行った。
気が付くと上から何か緑色の細長いものが降ってきている。これは…アークの髪? さっき強風で吹き飛ばされたやつか! 障壁が消えたことで会場中にアークの髪が降ってきている。
ユーザンがまた「料理を守れ!」と怒鳴っているが、今回は手遅れかもしれない。
「さ、カガミーミル、アンタも帰国よ」
腕を組んだホエルワ先輩が弟のカガミーミルに宣言する。
「な、何でボクまで~」
「当たり前でしょ。さっきの戦闘はまあ仕方ないけど、今まで困ったちゃん達とツルんで色々やらかしちゃったんだから、流石にこのままにはしておけないわ。国に帰って家族会議よ。あ、誤魔化そうとしても無駄よ。後輩達から沢山聞いてるんだから」
「イヤだ。ボクは帰らないぞ。せっかくコリスがフリーになったのに」
バラの柱に閉じこもり絶対拒否の姿勢を示すカガミーミル。
やっぱりこいつ、コリスが好きだったか。四天王の中ではちょっと毛色が変わっていたからな。奴らにくっついていたのは少しでもコリスと一緒に居たかったからだろう。
「仕方ないわね」
ホエルワ先輩はため息をつくと自分の魔力体を出した。巨大な黒馬だ。
「いけ馬王、激突粉砕現象!」
「バルバルバルバル!!」
黒馬は馬とは思えない嘶きを発すると頭を下げ真っすぐ走ってバラの柱に頭突きし、そのまま後ろに突き抜けた。なんとその頭にはカガミーミルが張り付いている。
「黒でも松でもなくまさかの馬王! 攻撃も馬というより鹿だしよく見ると頭に小さな触角が付いてるし……」
コリスがぶつぶつ言っている。あれ本物の馬じゃないし、ホエルワ先輩も馬らしさには拘っていないから気にするほどのことはないと思う。
「大丈夫、廃嫡されたりはしないと思うから」
「もう廃嫡でいいからここに残らせてよ~」
黒馬の頭の上で駄々をこねるカガミーミル。
「何言ってんの。あんたが廃嫡されたらあたしが困るの。王位が回ってきちゃうじゃない」
「姉ちゃんも継承権を放棄すればいいんだよ~」
「何? あたしに兄さん達を敵に回せっての?」
ジョ女国の王位ってそんなに嫌なものなの? 末子相続なのも実は末っ子が貧乏くじを引く仕組みなのか?
「説明次第では学園に戻れる可能性も無いことはないと思うから、兎に角一度帰国よ。一緒に言い訳を考えてあげるから」
「うう~」
カガミーミルは観念したようで魔力体のバラを消し、そのまま押し黙った。
「イチヴァン陛下。それでは失礼しますわ」
ホエルワ先輩は陛下にあいさつした後、カガミーミルを(正確にはカガミーミルを頭に乗せた黒馬を)連れて出て行った。
◆
「アトーデ嬢、この度は愚息が済まないことをした」
ここで陛下が父親として謝罪する。
「謝罪の儀、確かに承りましたわ」
一礼して謝罪を受けるアトーデ。
もしかしたら陛下もニヴァンが嵌められた事に気付いているのかもしれないが、奴が悪いのに変わりはないのでこの件はこれで終わりだろう。
そう油断していたら陛下がこちらを見た。
「騎士ユーザン・オーシャンフィールド、並びに騎士ローシュ・クリクソン。これへ」
いきなり陛下に呼ばれてしまった。しかも家名付きで。
周りでどよめきが起こる。
「クリクソン姓だと、ローシュ先輩が?」「確かに形式上は一代騎士の家名だから有りなんだろうけどあのクリクソンだぞ」「そういえばさっきアトーデ様が『クリクソン姓に憧れる』って言っていなかったか?」「それじゃ二人は実は…」
どよどよどよ……
アトーデが余計な事を言いやがったお陰で邪推している奴が多い。おかげで余計どよめきが大きくなっている。
卒業式直後にも同級生から散々聞かれ「わからない」で乗り切ったが、後輩たちからも後で詮索されるのだろう、しかもアトーデとの関係を絡めて。今からげんなりする。
実はヘツツァーエ公爵に力を借りる時の条件がクリクソン姓を受け入れることだったのだ。計画が秘密である以上、他人に事情を説明することは出来ない。大体何故そんな条件だったのか。生涯に亘って偉大すぎる騎士爵将軍と比較される運命を対価とすることで覚悟を問うたのかとも思ったが、俺がヘツツァーエ家に繋がっていると周知するためのマーキングの意味もあったのかもしれない。
「皆様お静かに! お静かにして下さいませ!」
アトーデがよく通る声で注意する。一方の当事者であるはずなのにこれも人徳なのか、皆すぐさま静かになった。但し好奇の視線は俺とアトーデに突き刺さったままだ。
そんな中をユーザンが何事もなかったかのように突っ切り、陛下の前に進み出た。慌てて俺も横に並ぶ。
俺たちは学園ルールに則り跪かず頭だけを下げる。
「二人ともよく愚息を止めてくれた。二人がおらねばアトーデ嬢に万一のことがあったやもしれん。礼を言うぞ」
「もったいないお言葉」「当然のことをしたまでです」
陛下も俺がヘツツァーエ家と繋がっているのは分かっているはず。内心では苦々しく思っているかもしれないが、そんなことはおくびにも出さずに感謝の言葉を述べられた。当たり前だが直情径行な馬鹿息子と違うな。
「時に騎士ローシュよ、額に珍妙な模様を付けておるな。それは何か」
「これは魔除けのような物でございます。あの黒い多面体に立ち向かう時に役立ってくれました」
「成程。ではそれを汝の家の家紋とするが良い」
「…有難き幸せ」
そう答えるしかないからそう答えたが、侵略者マークを家紋になんて出来ればやめてほしかった。もしかして嫌がらせか? まあ一代騎士は普通家紋を持たない為、使う機会なんて一切ないのが救いか。あ、コリスが遠い目をしている。
その後陛下はくっころさんと地味子さんも労うと、残っていたお偉いさんや護衛達、それからニヴァンを連れて立ち去った。
大ホールに残されたのは最初からいた学生達、給仕に楽団、少数の護衛。それとコリスだ。
「さあ皆様、少し時間を取られてしまいましたが気を取り直して卒業パーティーを開始しましょう」
アトーデが宣言する。
「しばらくはそのままご歓談くださいまし。お料理は下げますので手を付けないでくださいね。楽団の方々は音楽をお願いしますわ。給仕の皆様はお料理を下げてくださいまし。実行委員の皆様は私の所へ」
楽団が静かな音楽を奏で始める。卒業生や在学生たちは三々五々話始める。
好奇心いっぱいの顔で俺に話しかけたそうにしているのが何人もいるが残念、おれは卒業生なのに実行委員なのだ。まずは打ち合わせだ。
その間にどう立ち回ればいいか考えなくては。質問攻めにあった挙句話したい相手と話す時間が無くなるなんて御免だからな。
ここまで読んでいただきありがとうございます。明日はようやく「恋愛」タグが仕事します。