第十一話
本日投稿する二話でざまぁパート終了です。これは一話目です。
「もういい。アトーデを斬ってコリスを助け出す。後の事はそれから考える。皆構えろ。総力戦だ!」
「よしきた~(ズ・ズ・ズ・ズ・ズ)」
「消毒してやるぜェ!」
「……はい!」
立ち上がり、こちらに敵意を向ける四天王。
いい加減潮時だな。
アトーデに目線で問いかけると向こうも頷いた。よし、決行だ。これから計画の最終段階に入る。
壁の上部に密かに設置しておいた仕掛け。それを斥力魔法で起動する。
ジャーン! ジャーン! ジャーン!
銅鑼の音が鳴り響き、今まで閉まっていた二階貴賓席の分厚いカーテンが上がっていく左右に開いていく。そこに居るのは…
「げえっ! 父上!」
まず現れたのは国王陛下。王太子にわずかにでも似ているのは金髪と碧の眼のみで、顔立ちは全く似ていない。肉をこそげ落としたような、不健康なまでに痩せた顔に口ひげを貼り付けた様は正に病み上がりだが、俺の記憶にある限りずっとこんな顔だ。今朝の卒業式のときと同じ緋色のマントを羽織っている。
その横にいるすまし顔のおっさんがコーメイ・ノワナ・デ・ヘツツァーエ公爵だ。こちらはアトーデとよく似ていて顔立ちがむかつくほど整っている。髪と目は青で、アトーデの右目の色と同じだ。宮廷での役職は太師。名誉職であり陛下に直言できるだけで表向きの実権は無い。まあ、むかつくおっさんだ。
その手には写像機があり、大ホールの様子を空中に投影している。映像の中の王太子が「げえっ! 父上!」と言っている。綺麗な立体映像にするため撮像機を何台も増設されられたが、その甲斐あって細部まではっきりした映像、声もクリアだ。しかしこうしてみると大分時間差があるな。
さらにその横、オーレイがそのまま年をとったような銀髪赤目、黒い礼服の人物がこの国の丞相、ワシーチ・ノウ・タ・カイケー伯爵だ。三省を統括する長であり陛下の片腕ともいえる要人だが、今は黒クラーケンを齧った様な渋い顔をして、呆けた顔のオーレイを見つめている。
「あ、アミ婆ァ……」
アークがそう呼んだのは陛下を挟んでおっさんと反対側に座っている赤味がかった黄色のローブをまとった白髪の老婆、聖キマツ国からの来賓アーミチャ・イヤンバ・カーン。なんと建国王であるケン王の妹である。
魔法使いとしても伝説級の人物で、世紀の難問と言われた「ジャガイモの皮むき魔法」を世界で初めて成功させたのがこの人だ。もう八十代のはずだが未だに矍鑠としていて、日々魔法の研究に余念が無いとか。
「姉ちゃんまで……」
カガミーミルの姉、ホエルワ・コノワンコはくっころさんや地味子さんと同じ代の生徒会長だ。今日はジョ女国の女王陛下の名代として学園に来ていて、カガミーミルと同じ藍色の礼服を着ている。
白狼獣人の見た目は総じてかわいらしいが、彼女はその中でも群を抜いてかわいい。しかし見た目にだまされて甘く見ると大変な目に遭うのだ。舐めてきた相手は完膚なきまでに叩き潰し、理不尽な相手とは納得するまでこぶしで語り合う。人狼モードの地味子さんと分かり合って親友になってしまうような、そっち系の危険人物だ。在学中は下級生に妙に人気があったが俺は苦手なのでなるべく係わらないようにしていた。
「余がオ・マージュ国国王イチヴァン・ヨガ・エーライ・ス・テ・レオタイプである!!」
陛下が病弱そうな見た目に似合わぬ大音声で名乗ると皆一斉に頭を垂れる。
陛下は「楽にせよ」と言って顔を上げさせると、なんと貴賓席からふわりと飛び出した。そのまま妙にゆっくりとした速度で斜めに降下していき王太子のそばに着地する。
「ち、父上……何時から見ていたのですか?」
「『貴様の悪行、もはや見過ごすわけにはいかん』のあたりからだ」
むっすりと答える陛下。最初からだね。
「ニヴァンよ!」
「は、はい……」
「この痴れ物が!」
陛下は左手で王太子の肩を押さえつけると右拳で王太子の頭を殴り始めた。今陛下の腕が一瞬伸びなかったか?
「この余が!(ガツッ!) お前を王太子にするために!(ガツッ!) どれだけ苦労したか!(ガツッ!) それを!(ガツッ!) 無駄にしおって!(ガツッ!) この余が!(ガツッ!) 余が!(ガツッ!)」
余が余が言いながら王太子を折檻し始めた陛下に皆あっけに取られている。「“余がファイヤー”って言いながら口から火を吐いてほしい」って変なことをボソッと言ったのはやっぱりコリスか。
一渡り折檻して気が済んだのか陛下が王太子を放すと、王太子はその場にへたり込んだ。
「ニヴァンよ、当然のことだが殺人は重罪。相手が貴族ならなおさらだ。しかも処刑などと公言しおって!
貴族は王国に身分を保証されておる。戦陣なら別、平時では貴族を裁けるのはその家の家長を除けば国王唯一人、しかも大審院の助言を要すると決まっておる。濫りに罰を与えることは許されぬ!」
「しかしアトーデは禁忌魔法を…」
「だまらっしゃい! それはお前達の憶測に過ぎん! 縦しんば事実であったとしても自侭に処断することは許されぬ!」
ここで陛下は一回息をついた。
「此度のお前の愚行を一々論ったりはせん。が、一つだけ王として看過できぬことがある。
古人曰く“君主が臣下を統御するのには二本のレバーしかない。それは『刑』と『徳』である”(韓非子『二柄』編 訳:イチヴァン・ヨガ・エーライ・ス・テ・レオタイプ) 古来『刑(処刑)』と『徳(褒賞)』は王権に属し、臣下の侵すべからざるところである。
然るにお前は恣に『刑』を行おうとした! 何時余がお前に王権を委譲したか!」
王太子は項垂れて言葉も無い。
「二本のレバーしかないって白黒版鉄人か」
コリスがまた訳の分からないことをいうが放置。
平民に対しては土地毎の法が適用される。例えばもしここが王領なら王太子でも断罪が可能だ。しかしここは王領ではなく、アトーデも平民ではない。貴族を裁くには王国法に基づく必要があり、その権利は各家の家長と国王のみが持つ。
細かいことを言えば、貴族相手でも一定程度までの罰を与える権利は各所に委譲されている。
例えば騎士団などは軍規に基づき比較的重い罰を団員に与えることが許されている。例えば警備隊長さんが受けたという百打罰などだ。
家長が一族の者に対してなら、財産没収、幽閉、継承権剥奪から勘当まで行うことが出来る。
それでも領地や爵位に係わるもの、ましてや死刑を行うには陛下の裁きを待たねばならない。これらは王の専権なのだ。
今まで王太子達の断罪だ何だという発言は問題にはならなかった。それは単に次代の王の不興を被りたくなかったから周囲が見て見ぬふりをしていただけで、王太子に断罪する権利があるわけではない。王太子が陛下の顔を見て「げえっ!」と言ったところを見ると、王太子自身もその辺りに無知という訳ではなさそうだ。
さらに、国には臣従する貴族に対し保護を与える義務がある。
そもそも貴族と国の関係は「貴族は国に護ってもらう対価として国に忠誠をつくす」という双務的なものであり、それがこの国の基礎となっている。
よって貴族たるアトーデが不当な攻撃にさらされた場合、国の王たる陛下はアトーデを護り攻撃者たる王太子を罰せねばならない。
もし王太子が密室でアトーデを殺していたなら、陛下は事故死に見せかけるか、事前に処刑の許可が出ていたように取り繕うことが出来たかもしれない。
「死刑!」と言うだけで殺そうとしていなければ冗談だったと強弁することも可能だったろう。
しかし王太子はアトーデに死刑だと宣言し殺意を持って斬りかかってしまった。あろうことか国内外の要人を含む大勢の目の前でだ。これでは誤魔化しようが無い。勝手に貴族の“罪”を認定し“刑”を執行しようとしたのだ。これは王と法を蔑ろにする行為、王権が侵され貴族が危険にさらされたのだ、王が王たるために王太子を処断せざるをえない。
「ニヴァンよ、レオタイプ家の家長として命ずる。お前はもう学園で学ぶに及ばぬ、本日付で近衛騎士団に入団せよ。団長には余から話を通しておく。お前の所属する隊はフーゼン=ノート・モシヴィへの派遣部隊となるであろう。
またお前を王統譜より除籍する。これでお前は王族では無くなり王位継承権も失う。以後の身分は法により一代騎士となる。レオタイプの姓を名乗ることは許さん。以後“ニヴァン・ショートチャップ”と名乗るが良い」
処分に関してはヘツツァーエ公爵の予測が大体当たった。一見厳しく見えて実は甘めの裁断だ。
まず陛下は王太子…ではもう無いのか、ニヴァンを国王としてではなく王家の家長として処分した。これが一つ目のポイントだ。
国王として処分するなら大審院に諮る必要があるが、おっさんによればその場合最低でも廃太子の上永蟄居、つまり生涯幽閉処分が相当と判断される可能性が高い。余罪によっては毒杯も有り得るらしい。大きな功績でもあれば恩賞との相殺も可能だがそれもない。
無論国王には大審院の答申と異なる処断をする権利があるが、正当な理由もなしにこれをやると諸侯の不信を買う。
それでなくても陛下は今まで何度もニヴァンを庇っている。その所為で諸侯の不満は鬱積しているのだ。今庇えば最悪の場合門下省、つまり諸侯の利害と国政とを調整するための機関が「国王の義務を果たさず」として陛下に退位勧告を出す可能性さえある。当の門下省側からそう釘をさされているらしい。退位勧告は単に不名誉なだけでない。門下省が詔勅の類に同意しなくなるため国政が立ち行かなくなるのだ。陛下としてはどうしても避けねばならない事態だ。
しかし先に家長としてそれなりの処分をすることで、国王としては「家長の処分を支持し国としてはそれ以上罰しない」という選択肢を取れるのだ。そう考えると先ほどの折檻も「十分に罰している」とのアピールの意味もあるのかもしれない。
さらにフーゼン=ノート・モシヴィへの派遣。これが二つ目のポイントだ。
フーゼン=ノート・モシヴィはフーゼン地方に侵入した『Z』を封じ込めるための長大な陣地群で、常にどこかで『Z』との戦闘が起きている最前線だ。もうすぐ始まる大反攻作戦の起点でもある。現在国内各地から抽出された魔法騎士団の部隊や貴族が抱える騎士たち、雇われた聖キマツ国の壊し屋集団が陸続と送り込まれているところで、今年の卒業生も俺を含め全員が魔法騎士団員としてフーゼン=ノート・モシヴィ行きだ。
つまり今行けば手柄を立てる機会はすぐ訪れる。奴ほどの実戦能力があれば名誉挽回も容易いだろう。近衛騎士団も奴に手柄を立てさせるように動くだろうし。
そこまで行けば元々が優秀な魔力の血筋だ。男爵家や子爵家クラスの養子や婿程度なら引く手数多。王族ではなくなるものの永蟄居より遥かにましな人生を送れるだろう。
一代騎士としての家名を与えたのだけが王としての行いだな。これは家長が決められるものではない。
しかし一代騎士の家名ってどこから出て来るのだろう。ニヴァンの一代騎士としての家名“ショートチャップ”もそうだが何故か皆意味の解らない奇妙な名前を賜るのだ。予め申請して認められれば好きな家名に出来るらしいのだが、陛下直々の認可が必要なのでそれなりの理由がなければ申請自体が受理されない。中にはユーザンの“オーシャンフィールド”の様に何となくかっこいい場合も無いではないが大概“ペンシルパイナッポー”とか“カベドンアモーレ”等の変な家名になる。俺の家名も悪目立ちするので出来れば名乗りたくないのだが……
「二番ショートってネズミのおまわりさんじゃなかったっけ」
コリスはいい加減だまろうか。
ともあれ、コリス奪還計画は上手くいった。かなり際どい局面もあったが何とかなって良かった。
当初、婚約破棄の「こ」の字も無い段階では計画はかなり単純だった。
ニヴァンは常日頃から罪だ罰だといって他者を攻撃してきた。最初の頃はオーレイに嫌がらせをさせていただけだったが、ここ半年ばかりは激高すると自分の手で斬ろうとしていたらしい。理由も男子がコリスに話しかけた等コリス絡みの些細なことばかり。毎回コリスが止めていたそうだが、不幸にもコリス以外に誰もそれをする者はいなかったようだ。それが放課後コリスが真っ直ぐニヴァンの所、生徒会室に行かざるを得なかった理由の一つでもある。
だからコリスの危機を演出し「殿下の執着がコリスを危険に晒したのだ」と挑発すれば簡単に激高し、コリスが止めなければ必ずや「死刑!」と言って斬りかかるかに違いない。その読み、というか予測を基に俺とアトーデで計画を立てた。
ニヴァンの暴挙を撮像機で証拠として記録しておく。もし公爵家から訴えを起こせばニヴァンを廃太子、更には蟄居にまで追い込むことが出来るだろう。それを交渉材料にアトーデにニヴァンの手綱を取ってもらい学園内での傍若無人な振る舞いやコリスへの手出しを止めさせる。そういう計画だった。
挑発役はアトーデにせざるを得なかった。
俺が矢面に立ったところで卒業式前の俺は平民。身分差のせいで斬りかかっても死なない限り大した問題にはならない。公爵令嬢で婚約者でもあり、ついでに荒事にも強いアトーデがどう見ても適任、そう言われてしまえば引き下がらざるを得なかった。
コリスは階段突き落とし事件を自作自演した。いや立案は俺とアトーデだから自作ではないか。
これが出来たのは副学園長を仲間に引き込めたのが大きい。副学園長もニヴァン達の度重なる狼藉に困り果てていたのだ。やつらの所為で倒れた学園長もまだ回復していないしな。
副学園長の手引きで記録結晶への細工も簡単だった。飛び降りるタイミングも撮像機の映像を見ながら指示できたしな。おかげで「カガミーミルの所為で起きた間の悪い監視システムのトラブル」が演出でき、コリスが自分で飛び降りたのを隠すことが出来た。
しかしここでニヴァン達四天王は想定外の行動に出た。コリスを連れてすぐさま学園を出て行ってしまったのだ。アトーデが詰る暇などなかった。残されたのは放り出された生徒会の業務。終わっていない卒業式や卒業パーティーの準備等だ。
計画は失敗したかに思えたが、思いがけず卒業パーティーで断罪、婚約を破棄するつもりだと判ったので計画を修正、それを最大限利用する事にしたのだ。
婚約を破棄されてしまえばアトーデが手綱を取るのは不可能。かと言って婚約破棄を止めるのも難しい。
それならいっそのこと婚約自体は思惑通り破棄させ、その後ニヴァンを暴発させて生半可な処分では済まない所まで追い込む。そうすればニヴァンはコリスに手出しできなくなるし、先に婚約者でなくなっておくことでアトーデへの悪影響も最小限になるだろう。
ヘツツァーエ公爵に頼んで陛下を含むお偉いさん方をこっそり貴賓席に連れて来てもらい、パーティーの様子を見せてもらう。 そして断罪劇を見せ、処罰不可避の状況を作り出したのだ。ヘツツァーエ公爵には無茶な対価を要求されたが……
読んでいただきありがとうございます。