第十話
本日二話目です。
「お届け物でござるニン」
声をかけられて振り向くと、いつの間にか真っ赤なニンジャ装束に着替えたフレンが白いドレスの少女を抱きかかえていた。コリスだ。
コリスはアークに捕まっていたはず。ちらりとアークのほうを見ると、くっころさんが牽制している。二人で混乱に乗じてコリスを助け出してくれたのか。俺もアトーデを見ている暇があったら助けに行くべきだった。失敗した。
あ、アークが炎を放とうとして周囲から水を浴びせられている。まだ枯葉が舞っているもんな。絶対火事になるので皆警戒していたのだろう。
「ありがとうフレン、コリスを助けてくれて」
「拙者は名も無き下忍ニン。フレンなどという健康系美少女令嬢ではござらぬニン」
別人という設定のようなので「顔は隠しているけど赤い目といい背格好といい意外にかわいらしい声といいフレン以外の何者でもないでしょ」等と無粋なことは言わない。言えば言ったで反応が面白そうなのだが今回は自重する。
「それにしてもいつの間に着替えたの?」
「それは勿論さっき煙球を投げ込んだ時っす。皆の気が逸れた隙にテーブルクロスの下に潜り込んで……って、拙者は最初からこの格好でござるニン!」
フレンはコリスを押し付け、そのままこちらの顔をじっと見てくる。何か言いたそうだ。
「どうした?」
「……その額の……いや、何でもござらぬニン。しからば御免。ニーン!」
フレンは煙球を炸裂させて去っていった。
何を言い淀んだのか少し気になるが、今はコリスが先だ。
かなり時間が経ったし大きな音もしていたはずなのにまだ目を覚まさない。少しおかしい。
横抱きにしたまま詳しく見てみると左手首の腕輪がなにか怪しげな魔力を放っている。両手が塞がっているので斥力と引力を駆使して外す。やはりこの腕輪が何かしていたようで、すぐにコリスがうっすらと目を開いた。
「知らない天井だ……」
「おはようコリス」
覗き込んで声をかけてもコリスは少しの間ボーっとしていたが、急に顔を真っ赤にしてじたばたし始めた。「おーろーしーてー」と言うので立たせてやる。
「兄さん! 急に天井にならないで!」
変な怒られ方をした。
コリスはそっぽを向いてしまったが、そのまま放っておいても埒が明かない。一先ずコリスを宥め、これまでの成り行きをかいつまんで教える。
「そうなの……私が気を失っている間、ずいぶん大変だったのね」
「そうだぞ、特にあの黒い多面体、この侵略者マークがなければ危ないところだった。ありがとうコリス。おかげで助かったよ」
額の侵略者マークを指し示すとなぜかコリスの顔が強張った。
「ソ、ソウ、ソレハヨカッタネ。アハハハ……(なんて残念なビジュアル。あんなシールにした過去の私を殴ってやりたい。ペンダントでもなんでもよかったのに。『認めたくないものだな、自分自身の、若さゆえの過ちというものを』 あの赤い人もこんな気持ちだったのかな……
それにしても歪な箱に入った黒く輝く多面体……とても聞き覚えがあるけど、そんなものまでこの世界に……)」
コリスがいきなり自分の世界に入ってぶつぶつ言い始めた。こうなると放置するしかない。
とりあえずさっきの腕輪は回収しておこう。枯葉を放出したリンゴも確保したいが欠片も見当たらないな。
そういえば四天王は如何しているだろう。
王太子は護衛たちと一緒にいる。憎々しげにアトーデを睨んでいるが、落ち葉掃除の邪魔をする気はなさそうだ。カガミーミルが居たあたりにはバラの蔓が絡み合った柱のようなものが出来ている。カガミーミルはあの中か。ガチガチの防御体制だな。アークはずぶ濡れで、立ててあった髪がみすぼらしく頭に張り付いている。くっころさんを睨んで歯軋りしているな。捕まえてくっころは出来なかったようだ。上等な革の上下が水濡れで傷んでしまうな、と考える俺は貧乏性だろうか。オーレイが見当たらないな。何処だ?
壁を見ると自動修復が既に始まっていて、開いた穴が徐々に小さくなってきている。「おお、修復されていくぞ」と驚いているのは予科の子かな。
「そうでなくては単独建造物として役に立たんよ」
いきなりコリスが意味不明な台詞を喋る。魔力体で黒いメガネを作り、胸の高さの机まで作って両肘をつき手を顔の前で組んでいる。いつもの病気だ。ちょっとだけ懐かしいと思ってしまった。
まあ、コリスの戯言はともかく自動修復は魔導建築最大の利点だ。材料を予め用意しさえすれば破損部分がすぐさま修復されるため、修理のための人手が必要ないし危険な状態もすぐさま解消される。常に魔力を消費するため維持はそれなりに大変らしいが学園の建物は全て魔導建築だ。毎年魔法を暴発させる生徒がそれなりに居るので必要なのだ。実際、これが無かったらフレンの怪力の所為で今頃校舎が倒壊していたかもしれないな。
「それで兄さん、例の箱はカガミーミルが持っているの?」
急に元に戻るのも変わっていないな。
「そのはずだよ」
そのカガミーミルはと言えばバラの柱から出てきたところだ。そこにオーレイが近づいていく。
「カガミーミル殿下。『アレ』は無事ですか」
「勿論さ~(ドゴオッ!)」
その様子を見るとコリスの表情が急に険しくなった。
「カガミーミル! においを嗅いで!」
またよく解らないことを叫ぶコリス。しかしカガミーミルは理解したのか鼻をひくひくすると途端に険しい表情になった。
「む? 上着からしかオーレイのにおいがしない。他には何のにおいもない。それに魔力も感じない。お前は誰だ!」
カガミーミルがポーズをとるのも忘れて飛び退きバラで壁を作る。
「あちゃ~、白狼獣人の鼻は一応警戒していたんだけどな~。上着でにおいを誤魔化すだけじゃ足りなかったか。次はズボンも拝借する事にするわ」
そう言いながら変装を解く。正体はやはりルインだった。身長も目に見えて縮んだ。なるほど体を魔力体で覆って体格まで含めて変えていたのか。上着だけはオーレイ本人から剥ぎ取った実物のようで、それだけが床に落ちた。
しかし驚くべきは顔部分の動きだ。魔力体で作った顔はどうしても喋るとき口や頬の動きが不自然になってしまうものなのに、見た限り非常に自然だった。対面していたカガミーミルさえ違和感を覚えていなかったみたいだ。声や口調も本物そっくりだったしこれは捕まらないはずだ。
「油断してたらだまされたかもね~。残念でした~」
そういいながらもカガミーミルは警戒したままでポーズをとらない。だから楽団も効果音を入れない。すばらしい。
ルインは回り込もうとしている地味子さんを横目で見ながら
「ホント残念。それじゃ~今度こそ、さよ~なら~」
そう言うと目にもとまらぬ速さで人垣を飛び越え半分近くまで塞がった壁の穴から外に飛び出した。その後にテーブルクロスの下に隠れていたらしいヒグッチが続く。凄まじい逃げ足だ。
「しかしコリス、よく気が付いたな」
実際、俺にはまるで見抜けなかった。
「逃げたと見せかけて油断を誘うのは鉄板でしょ。魔力遮蔽していたのも不自然だったし」
得意げに胸を張るコリス。こうして普通にしている分にはかわいいんだがなぁ。
「おのれ、ルインめまんまと盗みおって!」
こう怒鳴りながら人垣を割ってやって来たのはユーザンだ。相変わらず声が大きい。
「いいえ、あの方はなにも盗らなかったわ」
妙にしおらしい声でコリスが返す。また変なモードに入ったようだ。髪が栗色になっている。
「いや、奴はとんでもないものを盗んでいった! 『クラーケンの白ワイン蒸し』だ!」
「あ~」
思わず変な声が出る。いや気持ちはわかるけどね。ギリギリまで漁に出て自分で獲ってきた食材。それで作った料理部三年間の集大成の料理だ。思い入れも一入だろう。
「何ですって!」
声を荒らげたのはアトーデだ。こんもりと積み重なった枯葉の上をずんずん歩いてくる。
それを見たコリスの目がきらりと光った。
「おお、『その者、青き衣をまといて金色の野に降り立つ…』」
また始まった。コリスが悪い意味で絶好調だ。たしかにアトーデのドレスは青いし枯葉には黄色っぽいのも多いけど。
アトーデはコリスを気にせずユーザンに詰め寄る。
「白ワイン蒸しが盗まれたって本当ですの!」
「そうだ。あれを見ろ」
ユーザンが指し示す先、人垣が割れている向こうには料理のテーブルがあり、その上に大皿が二つ。料理が無い代わりに何かのカードが置いてある。アレが例の髭ポテトカードだろうか。
「うう、楽しみにしていましたのに……他の料理は? 他の料理はどうなのですの?」
「ざっと見てきた。盗まれてこそいなかったが、木の葉まみれのテーブルが多い。おおよそ半数といったところか。そこの料理は片づけるしかない」
「では残りの半分は無事ですのね」
アトーデは閉じた扇子を顎に当てて少し思案する。
「すこし少なめですけれど許容範囲ですわ。食べられない物は下げさせて、残りを皆さんに行き渡るよう並べなおすことにしましょう」
「少し時間をもらえれば残った食材で出来るだけのことはするが」
「それには及びませんわ。それよりもユーザン先輩は料理の並べなおしの指示をお願いしますわ。あ、後まとめた木の葉の片付けも」
「心得た」
ユーザンが料理班と本職の給仕達がいるところへと去っていく。
一方のアトーデは穴の外を睨んだ。
「さて、お料理の恨み、思い知らせて差し上げますわ」
アトーデはそう宣言して颯爽と壁の穴に向かう。人垣が自然と割れてアトーデに道を作った。
「エリー、玉を作って。材料はそこに落ちている天井の破片で」
エリーって誰? と一瞬素で考えてしまった。くっころさんの本名だね。
畏まりましたと答えて魔法で石材を纏めたりくっ付けたり整形したりするくっころさん。中心には水を封入している。玉はすぐに出来上がった。玉というだけあって球形で、大きさは片手でかろうじて掴めるぐらい。表面には地図のような謎の模様までついている。
くっころさんの向こうでは四天王が何かやっている。よく見ると真ん中に縛り上げられ猿轡されたシャツ姿のオーレイが居て、カガミーミルが結び目を解こうとしているようだ。アークはオロオロしていて王太子は何もしていない。縄を切ってやれよ。
そちらのほうは地味子さんが警戒しているから問題ないだろう。
アトーデの方は例の遠距離攻撃の準備をしていた。閉じた扇子を額に当て目を閉じて集中している。
「台座設置……砲身生成……衝撃吸収機構展開……」
アトーデの硬質な魔力が徐々に、だが着実に形をとり、鈍色の構造物をゆっくりと作り上げていく。床に粘着魔力で固定された台の上に太い筒、そこに少し細めの筒がはめ込まれている。外からは見えないが筒と筒の間はドロリとした魔力体で満たされていて、それが衝撃を吸収する仕組みらしい。
筒の先端は穴の外に突き出ていて、その向こうに髭ポテトの二人が走って逃げているのが見える。かなりの速さだが演習場も無闇と広いためまだ中間地点にも届いていない。
くっころさんが作った玉を筒の後ろの開口部から押し込むと、開口部は閉じて無くなった。
「砲弾装填……弾頭加熱開始……」
穴は徐々に狭まっていくがアトーデは慌てず着々と準備を整えていく。
皆がアトーデを注目している。四天王も見ている。見ていないのは四天王を警戒している地味子さんぐらいか?
ここで初めてアトーデが目を開いた。
「目標、演習場中央。照準良し。魔力充填120%、最終安全装置解除……2,1、0、魔導砲、発射!」
アトーデが手にした扇子を前方に突き出すと
ドオオオオオーーン!!!
腹に響く轟音と共に玉が発射された。
魔道砲の内側の筒が反動でぐぐっと引っ込む。玉は放物線を描いて髭ポテトの頭上をはるか飛び越え演習場の奥のほうに落下し爆発、盛大に土煙を上げた。
実は玉には高圧の水蒸気が閉じ込められていて、落下の衝撃で玉がひび割れると蒸気の圧力に負けて玉が爆発する仕組みなのだそうだ。
髭ポテトの二人は土煙に巻かれて見えなくなった。遅れてドオーンという破裂音が届く。
「魔力を2割増しで使ったらちょっと飛びすぎてしまいましたわ」
そんなことを言っているが元々当てるつもりは無かったのだろう。特に悔しそうでもない。
土煙は上空の魔法障壁を通り抜けて高く広がり、障壁の上に薄く広く降り積もった。出る物は素通しなのに入るのは風だけという障壁の性質のためだが、おかげでこういう時は障壁の上に土砂がたまるのだ。障壁が透明な所為で曲面を描いた土の幕が空に浮いているように見える。実習で何度も目にしたこの光景もこれで見納めだな。そう思うと少し寂しい。
地上の煙はもう薄れている。遠目に二人とも倒れているのが見える。このまま捕まえれば賞金が出るな。
「おい、あれは違うぞ!」
誰かが叫ぶ。
よくよく見ると倒れているのは人間じゃない。丸太に服を着せたものだ。
土煙の中で入れ替わったのか? 丸太はどこから出てきた? そういえばルインが胸に着けていたリンゴ、あれの片方からは大量の枯葉が出てきた。ということはもう片方に服を着た丸太が入っていたのかもしれない。しかしルインがオーレイに化けていたとき既に両方のリンゴが無くなっていたような気がする。いや、ルインがオーレイに化けている間、もう一人が隠れていた。そいつが持っていただけか。
「本物の髭ポテトは結局どこだ?」「見当たらないな」
結局誰も髭ポテトを見つけられなかった。
まあ、なんにせよ狙われているのはオーレイの家、カイケー家だ。あまり逃げた髭ポテトを気にしていてもしょうがないか。
「まんまと逃げられましたわね」
今度こそ少し残念そうなアトーデが魔導砲を消す。その目の前で穴が閉じて無くなった。
「な、何だったのですかあれは」
オーレイがアトーデに話しかける。上着を脱がされたままなので少し間抜けだ。
「私の遠距離攻撃手段『魔導砲』ですわ。これで追試を乗り切りましたの。オーレイ様は私が追試に合格できる訳が無いと、そうお考えだったようですがこの通りキチンと遠距離攻撃できますのよ」
実は魔導砲自体は本試験の時もあらかた完成していたのだが、実用に耐えないと判断され不合格だったそうだ。発射の反動を殺せず魔導砲全体が後ろに転がってしまった為らしい。台座の底面に強い粘着力を持たせ床に固定する構造なのだが、試験会場の床が思いのほか脆く床材を捲りあげながら引っ繰り返った挙句後ろの壁に突き刺さったそうだ。追試に合格できたのは衝撃吸収機構をうまく組み込めたお陰だとか。
「魔法は遠くへ飛ばせないはずでは……」
「ええ、飛ばせませんわ。これは言うなれば魔力体で作った魔力で玉を飛ばす仕掛け。飛んでいく玉には魔法は乗っていませんわ」
「最後に爆発したじゃないですか!」
「あれは魔力抜きの物理現象。火にくべた栗が弾けるのと大して変わりませんわ」
「な、な、な……」
「今回は時間がありませんでしたのでエリーに玉を作らせましたが、試験では玉を作るところから私が自分でしたのですわ。追試は公開試験にしていただきましたので、ご覧になられた方も沢山いらっしゃるんですのよ」
オーレイは混乱している。この様子からみて事実を調べず本当に思い込みだけで不正だと断定していたんだろうな。それとも事実を聞いても信じなかったのか。
「おいオーレイ、話が違うぞ」
王太子が文句を言う。いや、お前が責めるなよ。
読んでいただきありがとうございます。