表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/15

第一話

初投稿です。よろしくお願いします。

「アトーデ! 公爵令嬢アトーデ・ミーナ・デ・ヘルツァーエ! 貴様の悪行、もはや見過ごすわけにはいかん! よって貴様との婚約をッ! 王太子ニヴァン・センジー・ス・テ・レオタイプの名において今、この場で破棄するッ!」

 王太子がどや顔で宣言する。遂に始まった。前情報通りだ。俺はこの暴挙をテコにコイツらを引きずりおろす。その為に準備を重ねてきた。後は仕上げだけ。そしてあの子を救い出す……



 ここ魔法王国オ・マージュの国立魔法学園は人類世界最大の魔法教育機関だ。王国貴族は(すべから)く入学すべきものとされ、さらに俺のような平民でも魔法の素質など一定の要件を満たせば無料で(しかも給付金付きで)学ぶことができる。しかも外国からの留学生も多数受け入れているため生徒数は現在国内外の貴族百名弱を含む四百五十名ほどに上る。

 その広大なキャンパスは王都パーロから徒歩で半日ほどしか離れていない平原の真ん中に在る。小さな村なら2つ3つ入ってしまいそうなほどの広々とした演習場を始め教育棟や学生寮、大ホールなど様々な施設を有していて端から端まで歩くのも一苦労だ。学園の外側にも商店や工房、宿屋等が軒を連ね、その全体が長大な壁に囲われ一つの城郭都市を形成している。

 歴史も古く、前身である魔法研究会まで含めれば王国建国より三百年以上前、様々な異世界が衝突し混ざり合った大混交時代まで遡る。偉人も数多く輩出しており、王国建国後は貴族全入だから当然としてそれ以前でも初代国王を始め建国の功臣たちなど歴史に名を残した者は枚挙に暇が無い。


 俺はフーゼンの町のローシュ。しがない魔道具屋の息子だが本日めでたく学園を卒業し、平民卒業生に対する仕来り通り一代騎士に叙せられた。この5年間、魔力量が少な目な俺はかなり苦労したが無事卒業できて一先ずほっとしている。留年したりすると俺たち無料組は掛かった経費を全額請求されるからね。心残りはあの子のことだけ、それも今日けりをつける。


 これから生徒会主催の卒業記念パーティーが始まる。これは学生だけの気楽なパーティーで、卒業式に列席したお偉方や先生方はおろか父兄の誰も参加しない。外部の人間といえば給仕と楽団のメンバー、後は高位貴族にだけ許されている少数の護衛だけだ。

 会場の大ホールは学園が誇る魔導建築の粋を凝らした巨大空間だ。柱が一本も無いため見通しも非常によい。予科2学年本科3学年のほぼ全員、給仕や楽団員等を合わせて五百人近くが集まっているはずなのだが混雑した感じは全くしない。楽団が沢山の楽器を持ち込み、軽食のテーブルをそこかしこに配置して尚中央にはダンスを踊るに十分なスペースが広々と確保されているのだ。


 そのスペースの真ん中に生徒会長代行にして公爵家の長女、アトーデ・ミーナ・デ・ヘルツァーエが歩み出てきた。


 アトーデは本科2年の15歳。薄紫の長い髪につり目気味の青と金のオッドアイが特徴的なすらっとした美人だ。肩を出した青いドレスがよく似合っている。魔力の質が特異なため魔法実技でこそ苦労しているが、それ以外の座学や体術では優秀な成績を収めている。手にしているのはいつもの扇子だ。いや、手にしているというより握りしめている? だいぶ力が入っているようだ。よく見ると表情もわずかに強張っている。

 不安なのか、緊張しているのか。無理もない、彼女が今回の計画の(かなめ)で、裏方の俺と違い奴らと直接対峙するという重大な役割があるからな。そういえば化粧も今朝卒業式で見た時より明らかに濃い。顔色が悪いのを誤魔化すためだろうか。いずれにせよかなりの重圧を感じているのは間違いない。大丈夫だろうか?


 ふと目が合った。アトーデは一瞬目を丸くした後、任せておきなさいとばかりに微笑んで見せた。俺の顔も強張っているのだろうか。こちらも裏方は任せろとの意思を込めて笑い返す……上手く笑えただろうか。

 彼女はそのままもうこちらに目を向けることなく人の輪の中央まで進む。

 楽団がそれまで奏でていた静かな曲を止めた。皆の視線が集中する。彼女は一度大きく息を吐くと顔を上げ胸を張ってよく通る声で「卒業生の皆様…」と話し始める。


 その話を遮るようにバァン! と大きな音を立てて扉が開き、王太子を先頭に五人の男女がホールに入ってきた。


 王太子ニヴァン・センジー・ス・テ・レオタイプもアトーデと同じく本科2年の15歳。アトーデの婚約者で、見目だけは良い。金髪碧眼、母親譲りの整った顔に長身で引き締まった体つき、白いベルベット地に金の精緻な文様をあしらった礼服を着た様は黙って立っているだけで威厳に満ちていて、思わず膝をついて「我が君(マインカイザー)」と言ってしまいそうになる、らしい。コイツが本科に入学するとき本当にそういう情報が流れていたのだ。残念ながらコイツは今までさんざん喋ったり動いたりしてしまったため学園生は皆、それこそ上は卒業生から下は予科1年の子に至るまでそんな気持ちになることなんてもう天地がひっくり返っても無いだろうが。

 半年前の「誕生日のパレード事件」とそれに続く「勇者召喚事件」がトドメだった。

 2つの事件では各方面に多大な被害が出ている。パレード事件では俺の故郷フーゼンの町を始めたくさんの村々や広大な農地が『Zの領域』に飲み込まれてしまい立ち入ることも出来ない。今は腐った死体のような『Z』共がうぞうぞと蠢いていることだろう。

 勇者召喚では危険すぎる勇者を送還するため殆どの先生方や俺も含めたかなりの数の学生が魔力欠乏でぶっ倒れることになった。学園長先生に至っては無理な魔法行使が祟り未だ床上げできていない。今でもコイツがノホホンと呼吸していることに不満な者は多いだろう。

 ついでに言うと、コイツは一応生徒会長でもある。しかしながらコイツとそのお仲間の生徒会役員共は生徒会の仕事を引継ぎも何もなしに放り出し、十日前から居館である王都の(ノイエ)三四七宮(サンスーチー)に引きこもっていた。もちろん負担は全て唯一人残ったアトーデに集中した。

 今朝の卒業式にも在校生代表として出席するはずだったがこれすらすっぽかした。初めから来ないものと割り切っていたアトーデが粛々と代行(しりぬぐい)したため式は滞りなく進行したが本来問題視されるべき振る舞いだ。

 しかし残念ながら臨席していた父親たる国王陛下はちょっと苦笑しただけだったようだ。王太子を溺愛しているとの評判は間違いないらしい。


 皆があわてて道を開ける中、王太子は当然のような顔をしてずかずかアトーデに近寄ると指を突きつけこう宣言した。

「アトーデ! 公爵令嬢アトーデ・ミーナ・デ・ヘルツァーエ! 貴様の悪行、もはや見過ごすわけにはいかん! よって貴様との婚約をッ! 王太子ニヴァン・センジー・ス・テ・レオタイプの名において今、この場で破棄するッ!」


 王太子がどや顔を決めると、付いてきたお仲間も口々にアトーデを罵り始めた。


「さすが王太子殿下。御英断です(グッドディシジョン)。このような悪女を王妃(クイーン)にしてしまったとしら、後世の歴史家(ヒストリアン)になんと言われることか」

 こう言ったのはカイケー伯爵家の嫡男オーレイ・シキ・タ・カイケー。やたらと丁寧な言葉づかいで、時折古代語(エー語だったかルー語だったか)を混ぜ込むのが教養の証と勘違いしている気障野郎だ。偶に間違っているし。銀髪赤眼で痩せ型、黒地に銀をあしらった礼服を着て、メガネをかけている。

 メガネと言えば古代文明の遺物(アーティファクト)で、視力を矯正したり遠隔地とやり取りできたり相手の戦闘力を計測したりと様々な能力が有ったとされるがコイツのは無論模造品で、キングワームの抜け殻で作ってある分非常に透明で丈夫だが特段の能力はなく、ファッションでかけているらしい。

 コイツの家カイケー伯爵家は丞相職を事実上世襲していて、つまりコイツはこのまま行けば未来の丞相様だ。今は生徒会役員で王太子と同じく本科2年。ただし年齢は一つ上の16歳。留年した訳ではなく王太子と同学年になるために入学を遅らせたのだ。

 それなりには有能だそうで、側近候補として未来の王を補佐し時には諫めることを期待されていたらしいのだが、王太子の我儘を諫めるどころか何でも後押しし具体化し、結果被害を拡大してしまっている。勇者召喚の魔法なんてものを探し出したのもコイツだ。王太子に逆らった相手への陰湿かつ執拗な嫌がらせもコイツが立案するのだとか。後世の歴史家とやらは気にならないのだろうか?

 尚、コイツに限らず俺と同い年の貴族は皆入学を一年遅らせ、ついでに言えば2つ下の貴族のほとんどは逆に一年繰り上げ王太子たちと同学年になっている。家の思惑でそうしたのだろうが気の毒に。


「かわいいコリスにイジワルするなんて、まったくヒドイ人だよね~」

 軽い口調で言うのは遊牧の国ジョアンナ女王国の末の王子、白狼獣人のカガミーミル・コノワンコ。ジョアンナ女王国は末子(ばっし)相続なので王位継承権第一位だ。遠目には白い犬が藍色の服を着て直立しているようにしか見えないし、身長も予科1年、つまり11-12歳の子と同じ位だが見た目に騙されてはいけない。これは(れっき)とした白狼獣人の大人の体格で、実際彼の身体能力は学年でも一二を争うほどだ。仕事も早く、引きこもる前に自分の担当である楽団の手配をきっちり終わらせていた。年齢は14歳で本科2年の繰り上げ入学組、生徒会副会長だ。服も光沢のある藍色の生地に色とりどりの糸で華やかに刺繍が施されたもので、ジョアンナ女王国(略してジョ女国)の王族の礼装だ。

 カガミーミルはそのまま横を向くと後ろにのけぞり、そのまま片手で顔を覆いもう片方の手でアトーデを指差すという謎のポーズで

「退場しなよ」

と言った。

 その瞬間、カガミーミルの背後に突如四輪の巨大なバラが咲き、同時に楽団がバァァァーン!と大きな音を出した。仕事が速いと思ったらこういう仕込みをするためか。相変わらず自分を演出するためには手間を惜しまない奴だ。

 背後に咲いたバラは虚像や幻覚などではなくジョ女国の魔法使いが好んで使う『魔力体』だ。魔力の塊を具現化し攻撃や防御に使う。その能力や性質は使い手によって千差万別で見た目だけでは判別できない。今でこそ技術交流が進んでどの国の魔法使いでも学べるが、嘗て人類同士が戦争していた時代、技術が秘匿されていたころにはオ・マージュ軍も大層苦しめられたとか。

 コイツは自分の魔力体に強いこだわりがある。彼の生徒会役員控室には多数の撮像機が設置されていて、バラの紅い花弁の鮮やかさや緑の蔓の質感、花が開くまでの動き、更には自分のポージングまでも日々記録し何度も見返しては研究と鍛錬に励んでいる。ポーズはともかくバラは確かに美しい自然な動きだった。ただし攻撃力や防御力はなおざりらしい。


「全くきれェな顔してきたねェ女だ!」

 こう言い放ったのはアーク・モヒ・カーン。本科2年の15歳でコイツも生徒会役員。傭兵国家である聖キマツ国からの留学生だ。名前の“モヒ”はミドルネームではなく聖キマツ独特の称号で百人隊長格を表すとか。長身の王太子より頭ひとつ分大きい筋肉質な体、目の色はこげ茶。髪の色は黒っぽい緑だが何より特徴的なのは髪型だ。側頭部をきれいに剃り上げ中央は逆に長く伸ばしまっすぐ上に立てている。これは“モヒ”の称号を持つものにのみ許された髪型だそうで、聖キマツ国からの留学生は他に何人もいるが確かにこの髪型をしている者は一人もいない。上半身は素肌の上から黒革のベストのみを着用、下半身は同じく黒革のズボンで、どちらにも銀色の鋲で派手に飾られている。周囲から浮いている服装だがこれが聖キマツ国の正式な礼装だ。

 聖キマツ国は建国からまだ六十年弱の若い国だ。

 建国王ケン・ラ・カーン((おくりな)は聖キマツ)はアークの曽祖父に当たる。彼は通称『壊し屋(ブレイカー)』と呼ばれる最底辺の傭兵から身を起こした。

 『壊し屋(ブレイカー)』は対『Z』戦闘の中でも一際危険な役割を担っている。『Zの領域』を『Zの領域』たらしめている石樹。周囲の魔力を吸い上げ『Z』を生み出すそれを根から掘り起こし破壊するのが彼らの役割だ。石樹は魔法を吸収してしまうためどうしてもすぐ傍に近づいての手作業になってしまう。そのため嘗ては地中から這い出してくる『Z』を戦いながらの非常に危険な作業だった。

 ケン王は使いつぶされる一方だった壊し屋(ブレイカー)たちを糾合し壊し屋(ブレイカー)ギルドを設立、更に石樹を破壊し除去する安全な手法を確立し壊し屋(ブレイカー)をその専門家集団に変えた。そしてその力で人類史上初めて『Zの領域』を大きく切り取って国を建てたのだ。

 ケン王以降、壊し屋(ブレイカー)を底辺の荒くれ者と侮る者はいなくなった。実際、人類世界は長きに渡り『Zの領域』に蚕食され続け、大陸の西の端から海に追い落とされる日もそう遠い未来ではないだろうと言われていたのだが、壊し屋(ブレイカー)の活躍により一進一退といえる状態にまで持ち直したたのだ。今ではどの国も聖キマツ国を粗略に扱うことが出来ない。例えば“モヒ”の称号持ちはここオ・マージュでは子爵待遇だ。独特な礼装もケン王が各国に認めされたものだとか。


「………」

 入って来た中で一人だけ無言なのが男爵令嬢コリス・デ・ハムスタ。一年前にハムスタ男爵家の養女になった本科1年の14歳。生徒会役員ではないが普段から王太子に会うため生徒会室に入り浸っている小動物系美少女だ。髪はふわふわで、牛乳とイチゴの果汁を混ぜ合わせたような色合い。本来は明るく社交的な性格だが、今は俯いていて固く結ばれたぷっくりした唇が見えるだけ。空色の瞳は髪に隠れて見えない。真っ白で清楚なドレスは王太子の衣装と明らかに対になっていてウェディングドレスの様にも見える。

 本人自身の評判は実は悪くない。王太子一党の暴走被害を減らそうとしているからだ。二度目の勇者召喚を止めた時には皆に感謝されていた。これで訳の分からない独り言をいう癖さえなければ友達も多かったかもしれない。(この前も「おとめげぇ」がどうの「るぅとぶんき」がこうのと言っていた) 無理か。王太子に目を付けられるからな。



 王太子一党が突然罵りだしたので周りの学生たちは唖然としている。パーティー実行委員会のみんなは顔から表情が抜け落ちていてちょっと怖い。これは相当頭にきているな。実行委員は皆、奴らが準備を放り出したこのパーティーを例年通り開催するため集まってくれた有志。今日まで必死に走り回って何とか開催にまで漕ぎ着けたというのに奴ら自身にパーティー本番を邪魔されてしまったのだ。無理も無い。あ、料理班長のユーザンがぐぬぬっと歯噛みしている。


「……ニヴァン殿下、いきなりなんの御冗談ですの?」

アトーデが計画通りの台詞を淡々と口にする。

「冗談などではない! 婚約は、破棄だッ!」

「では本気で婚約を破棄すると?」

「何度も言わせるな! 貴様との婚約は破棄! 俺はコリスと結婚する」

そう言うとニヴァンはコリスの肩をそっと抱き寄せ、メープルトレントの蜜の様に甘い笑顔をコリスに向ける。コリスの方は俯いたままだ。

「畏まりました。王家(・・)の御意向、確かに承りましたわ。ここにいる皆様が証人です」

 一礼して神妙な顔つきで答えるアトーデ。

 ここで国王陛下の了解は得ているのか、などとは聞かない。王太子の名前で婚約を破棄したのだ、王家の意志であると解釈してしまって構わない。ここでコイツの独断であることが公になるほうが都合が悪い。

「ですが婚約破棄の理由ぐらいは教えていただける権利があるはずですわ。先ほどから悪女だなんだとおっしゃいますが何のことやらわかりかねます。それにコリスと結婚なさりたいようですが王家の婚約や婚姻には門下省の同意が必要。こう言っては何ですが男爵家では身分が低すぎて認められないのではないでしょうか」


 ここで王太子の顔がニヤリと歪む。

「よかろう。皆の前で大々的に説明してやろう! オーレイ、始めろ!」

畏まりました(マイ プレジャー)。それでは私の方から皆さんに一つ一つ丁寧に説明したしましょう」

オーレイが芝居がかった礼をして話し始める。

「まずはこのような公開の場にて公爵令嬢アトーデを断罪(ジャッジメント)せざるを得ない事に関し遺憾の意を表明いたします。王太子殿下は彼女の問題(イシュー)内々(コンフィデンシャル)に処理なさろうとされたのですが、彼女は再三の呼び出しにもやれ時間が取れない、今は忙しいと言を左右にして一向に応じないためやむを得ずこの場をお借りする仕儀となりました」

 この場でやる理由は公衆の面前でつるし上げさらし者にする為だけの癖に責任転嫁するとは。そもそもアトーデは死ぬほど忙しかったのだ。馬車を使っても往復だけで半日つぶれる王都への呼び出しなんてどう考えても応じられるはずがない。そもそも忙しさの大半はお前らが仕事を放棄したせいだろうに。

 「公爵令嬢アトーデ、あなたは次の3つの事案(マター)で罪に問われています。

一つ、何の落ち度もない男爵令嬢コリスに対し不当にも王太子ニヴァン殿下に近づかないよう要求し圧力(プレッシャー)をかけたこと。

一つ、不当な要求に屈しなかった男爵令嬢コリスを階段から突き落とし危害を加えようとしたこと。

一つ、公爵家の権力を悪用し進級基準を歪め不正(チート)に進級試験の追試験に合格したこと。

 王太子ニヴァン殿下はあなたのこのような行状(ビヘイビア)を憎まれ、婚約は継続しがたいと思し召したのです」


 婚約者を悪者にし婚約破棄を正当化する。その方針は前情報で分かっていたし最初の二つは前情報通りだが、最後の一つは予想外だ。少し調べれば間違いだと分かるのに、何故そんな言いがかりレベルの理由を持ち出すのだろう。こじつけられればなんでもいいのか?


「どうだ。全てお前のやったことだ。今罪を認めるなら婚約破棄だけで済ませてやるぞ」

「お言葉ですが、どれもこれも身に覚えがありませんわ」

ここでカガミーミルが口を挟む。

「素直に白状しちゃったほうがいいよ(ドギュゥゥゥン!)」

 カガミーミルがポーズを変えると背後のバラも合わせて動き、楽団が律儀に音をつける。というか今まで最初のポーズのまま微動だにしていなかったのか。地味にすごいな。

「隠したっていいこと無いよ(ズキュゥゥゥン!) どうせ最後にはみんなバレちゃうんだよ(ゴ・ゴ・ゴ・ゴ・ゴ) 正直なほうが傷は浅いよ(メメタァ!)」

カッコよさとかわいらしさと珍妙さの三角形の重心でバランスをとるかのような、なんとも言いがたいポーズを次々にとるカガミーミル。しかし一々変な音を鳴らすのはやめてほしい。台詞とも合ってないし。あとうねうね動くバラもうざい。


「言い逃れかァ? きたねェ! 汚すぎらァ!」

アークが怒鳴り始めた。こいつもカガミーミルがうざかったのかもしれない。

「きたねェ! 汚物みたいなやつだァ! もう汚物にしか見えねェ! 汚物は消毒だァ! 火炎放射(ヒャッハー)!!」

 コイツいきなり攻撃魔法を放ちやがった!

 突き出された右手に黄色い魔力が集まると、そこから炎の柱が吹き出てアトーデに迫る。

 アトーデは落ち着いて対処した。扇子を広げると、手から濃い灰色をした巨大な魔力の塊がうにょん!と飛び出し扇子にぺたり!と張り付きむにゅん!と広がって盾になった。

 理想とされる水の如く流れる魔力とは間逆の、ほとんど動かないゲル状の魔力。しかし扇子がその欠点を補うための魔道具になっている。扇子の骨一本一本に刻まれた魔法陣が魔力の流動を助け、十分な速度で魔力が展開し炎の柱をしっかりと受け止めた。

 離れた位置からでも感じられる炎の熱。かなり殺傷能力が高い魔法だ。鍛えられた上級生でも直撃すれば大火傷は免れまい。こんなものを人に向けて放つなんて。しかもアトーデの背後には無関係な生徒たちもいる。巻き添えにするつもりか。

 そちらを見遣ると予科の子だろうか、明らかに借り着と分かるブカブカなドレスを着た女の子が腰を抜かしていた。その前方にはアトーデの二人の護衛騎士がいて魔法障壁を張っている。どうやら周囲に被害を出さないよう予め準備していたようだ。護衛対象を守らなくいいのか、とも思うがどうせアトーデが手出しを禁じたのだろう。見ると他にも何枚か障壁が出来ている。張っているのは皆アークと同学年の学生たちだ。まさか慣れているのだろうか。

 一方アトーデは炎を受け止めながらするするとアークに近づき、空いている方の手、いつの間にか魔力の塊をもにょんと纏わせた左手でアークの肘を素早く突っつく。軽く突っついただけにしか見えないが炎の魔法が霧散した。

「ぐおッ! 魔力が練れねェ! 何をしやがったァ!」

「魔力の流れを塞ぎましたの」

アトーデはさらに踏み込み、今度は畳んだ扇子の先で腹をちょんちょん突っつくと流れるように距離をとった。

「さて、アーク様。あなたの意識はあと十秒です。その間にキチンと反省してくださいまし。私、前に言いましたわよね。今度人に攻撃魔法を使ったら、相応の対応をしますと。それなのに無関係の人を巻き込みかねない強力なのを使うなんて」

「あぁン? ナニ言ってやあべしっ!」

 突然白目をむいて(くずお)れるアーク。そこに「あぶない!」と叫びながらピンクのふわふわ髪が走りこみ見事に抱き止めた。一瞬で身体強化を掛けて駆け寄ったのだろう。コリスの濃密でありながら限りなく透明な魔力があっという間にアークを包み込む。コリスはそのまま無駄に大きな図体をしたアークをぬいぐるみでも扱っているような軽さでそっと寝かせた。一瞬遅れて周囲から悲鳴が上がる。


「安心してくださいまし。気絶しているだけです。放っておけば目を覚ましますわ」

「ほんとだ。息してるよー(ガガァァァン!) 」

遅れて近寄ったカガミーミルがしゃがみつつ片手で天を指差すという変なポーズで呼吸を確認した。いい加減やめてくれ。それから君アークの隣に居たよね。何で離れていたコリスのほうが早いの?

「魔法的状態異常は魔力の流れの阻害だけ。それももうほとんど消えています。“あべし”なんて叫んだからどこか破裂したかと思ったけど、外傷無し、内臓も無事、呼吸脈拍とも正常、本当にただ気絶しているだけみたい。よかったぁ」

 コリスはかわいらしい声でアークの状態を報告する。あべしと破裂の関係についてはこの子の場合気にするだけ無駄だろう。


 アークが倒れ悲鳴が上がったのを切欠に会場はざわつき始めている。

 「ま、まさかあれは千斗神拳……」

「知っているのかライディ」

人垣にまぎれている俺の近くに物知りライディが居たようだ。周囲に解説を始めた。


――――――――――――――――――――――――――――

 『千斗神拳』

 経穴より魔力を打ち込み、相手を内側から攻撃する拳法。創始者は鹿獣人の『千 斗君』とされる。極めると一瞬の接触で命を奪うことさえ自在に行えるというが、激しい運動の中での精密な身体および魔力の制御、さらに経穴と経絡に関する深い理解を求められるため習得は困難を極める。 (ミンメー・ショボー著「知られざる世界の武術30選」より)

――――――――――――――――――――――――――――


「千斗神拳の現総長『普 那通』師の下にいる四人の高弟、それを『千斗(フォー)』と呼ぶが最近その一角が若い女に交代したと聞いたことがある」

「ではアトーデ様が」

ナニソレ初耳なんですけど。いや千斗神拳の道場で修行を積んでいるのもだいぶ強くなったとも聞いているけど、弟子の最上位ってなに?


 ざわ……ざわ……

 妙な雰囲気になってしまったのを振り払うように王太子が大声を出す。

「アークを倒したか。しかし奴は我等四天王の中で一番の小物!」

 いきなりアークをディスる王太子。仲間じゃないの?

 それにしても『四天王』を自ら名乗るとは、皆に口止めしておいた甲斐があった。本来は『お断り四天王』の略で、闇で回覧されていた小冊子『お断り四天王と係わり合いにならないための10の方法』が元ネタだ。本人たちに聞かれるとやばそうなので口にするときは『四天王』とだけ言うように皆と申し合わせ、冊子も題名を『四天王と上手につきあう10の方法』に改定してもらったのが効を奏したようだ。本人たちがこの呼び名を喜んでいるなら何よりだ。これから積極的に呼んでやろう。心の中でだけどな。ところで全部で五人居るのだけど、コリス以外が四天王で良いのだろうか。元々その四人を指していたのだが。


「しかし酷いことをするものです。確かにアークにも少し行き過ぎた点(フォルト)がありましたが、それに対するに気を失うほどの反撃(カウンターアタック)とは如何なものでしょうか」

 続けてオーレイが妄言を吐く。しかし何故コイツは言葉で事実を捻じ曲げようとしているのだろう。見ていた者にはやりすぎは明らかにアークの側だと分かっているのに。もしかして声を何処かに伝えている? それとも声を記録しているのか。そして後から何かに使おうとしているのか。

「あらオーレイ様。ちゃんとご覧になっていなかったのかしら。やりすぎなのはアーク様の方でしてよ」

「言い逃れは見苦しいぞ!」

 王太子も口を出す。前情報にはなかったが、やはり声をどうにかしているようだ。後の祟りが怖いからアトーデ以外の誰も四天王の発言に反論しないだろうし、アークが倒れた時だけ悲鳴が上がっていた。音だけ聞いている相手にはアトーデの方が悪いと誤解されかねない。


 計画に修正は必要だろうか?


読んでいただきありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ