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18 入国・即・チェイス

「――起きなさい、そろそろ着きますよ」

 声とともに、情け容赦なくグラグラと揺り動かされて、さなかはこのフライト中最大の気分の悪さを味わいつつ目を覚ました。

「……もうちょっと優しく起こせないの? あんた。船酔いよりタチが悪い酔い方してんだけど今」

「モーニングコールは契約外ですから」

「隣人としてどうなんだって話よ」

「右の頬をぶたれたら左の頬をぶちのめしなさい」

「過剰防衛でしょうが」

 やれやれ、と頭を軽く振って浅く残る眠気を振り払い、ブラインドを上げて窓から眼下を見る。既に機体は降下を始めていた。時折、わずかに揺れる。アナウンスが、日本語、英語、その他数か国語でシートベルトの着用を命ずる。

「――どうやら、無事に着陸できそうね」

「まだそれを言うのは早いでしょう。着陸の瞬間に爆撃されたらどうするんです」

 日本ではそれを、フラグ、というのでしょう、などと“黒”が何やら偏った日本知識スラングを嘯いているが、無視する。

 さなかの対策が功を奏したのかはわからない。案外プライベートジェットでひとっ飛びしていたところで何もなかったのかもしれないが、結果オーライだ。このまま人ごみに紛れて事を運びたいところである。

 ……果たして、そう上手くいくものかしらね。

 予感というのも大袈裟なほどに不確かな感覚。それが曖昧なままに、しかし刻一刻とビリビリと強くなっていく。

 キャビンアテンダントに従いボーディングブリッジを潜り、ターミナルビルへと入る。到着ゲートを通ると検疫・税関検査と入国審査だ。ほぼ身一つでやってきたさなかも“黒”も、むしろ不審がられはしたが、咎められることがあるはずもない。入国審査では、出国のときにポケットに知らないうちに仕込まれていたパスポートということもありやや緊張したが、受け取った審査員は何ということもなく受け取るとさなかの顔を一瞥しつつざっと目を通し、入国の目的は? と問う。当たり障りのない回答として、観光よ、と端的に答えれば、ふんふんと頷いて入国許可の印を捺した。……あのニュースは全世界で放映されていたはずだから、何か指摘されるのではないかという惧れがあったが、よく考えれば公表されているのは名前だけであって、顔も不確かなものが一部にしか出ておらず、世間一般的には“遺産の継承者”とこの洲崎・さなかとは全く無関係なのである。

「その名前って、日本人には多いのか?」

 パスポートを返しながらふと思い出したように、審査官がさなかに訊いた。え、と内心に一瞬戸惑うが、彼は別に、さなかをあのサナカだと思って訊いているわけではないはずだ。表向きは必死で何でもない風を装い、さなかは笑みすら見せて軽く肩をすくめた。

「まあ、ね」

 ひとつ隣で難なく審査を通り抜けていく“黒”が鼻で嗤う声が聞こえた。後で思い切り足を踏んでやろうと固く心に決める。

 荷物は預けていないので、バゲージクレームはスルーして、先に待っていた“黒”と並んで、その先、いよいよコンコースへと至る。

 そこは、人で溢れていた。

 見渡す限り、人、人、人。国際線だ、様々な国籍の人々が右へ左へと入り乱れている。

 足が、止まった。

 フ、と息を吸い、呑み、足に力を込めるも、震えるばかりで前に出ない。

 頬が、引きつった。

「どうしました?」

 横の“黒”が無表情に見下ろしてくるが、さなかは応じない。……“黒”の声色でわかる。

 面白がっている。

 わかっているのだ。

 さなかの脅えを。

 ここは異国。日本ではない。

 人も、物も、そこらに散りばめられている文字も全て外国語だ。全て初めて見る、さなかの知らない世界。

 異界と言ってもよかった。

 ……誰に、どこからでも、狙われる。

 ただでさえ、どこで誰が見ているのかわからない状況。どこから照準が当てられているかわからないというのに、これほど人々が入り乱れ、すれ違う只中に入っていくのは、どの瞬間に切られているか、刺されているか、まるで見当がつかない。

 雑踏。

 それが、これほどまでに恐ろしく感じたのは、初めてだ。

 ギリギリと、脳裏に響く警報が頭痛すら呼び起こす。

 口の中が干上がっていく。

 心拍数が一秒ごとに跳ね上がる。

 逆に、額に、掌に嫌な汗が滲んでいく。

 この中に、踏み込んではならない。

 刺されるかもしれない。撃たれるかもしれない。攫われるかもしれない。

 ありとあらゆる悪い可能性が、この雑踏の中にある。

 さなかの内心が、恐怖に震える悪い予感が、大音声でさなかに告げる。

 進んではならない。

 入ってはならない。

 ……冗談じゃない。

 ギリ、と噛み締めた奥歯が鳴った。

 なぜ、足を止める。

 ついさっき、行くしかない、やるしかないと決めたはずだ。その舌の根も乾かないうちに、どうして立ち止まる。

 恐れるのはいい。

 だが、恐れるだけでは駄目だ。

 前に。

「…………」

 前に。

「…………」

 前に!

「――ふん」

 ぎこちなくではあるが、一歩を踏み出したさなかの背後で、興醒めしたように“黒”が鼻を鳴らした。

 二歩、三歩と続け、それはやがて歩みになる。

 雑踏に踏み込む。

「――はは」

 振り返り、鼻白んだ表情をしている“黒”に、さなかは不敵に笑って見せた。

「そらみろ、残念だったわね!」

「何の話ですかね。雇い主の肝が据わっていて何よりです。――かなり引きつってますよ」

「さあ、行こう。ちゃんとあたしを守ってよ」

「ええ」

 言われなくとも、と“黒”も前に出る。一歩でさなかの横に並ぶと、空港の出口を示す。

「運び屋が来ています。彼の車でニューヨーク市の役所まで向かいます」

「随分と順調ね。実はあたしの惧れって全部取り越し苦労で、全部余裕な感じ?」

「そうならいいんですがね。――三十二人」

 は? と“黒”を見る。何の数字か。“黒”はさなかを見ることもなく肩をすくめた。

「今、百メートル以内であなたに注意を払っている人物。そのうち、明らかに害意――悪意なり殺意なりを発している者に絞れば、十八人程度。およそ半分ですか」

 淡々と、計測した人数を“黒”が告げる。

「ここは空港ですから、周辺に狙撃可能となるようなポイントは少ない。まあ、狙撃したところで回収しなければなりませんから、いずれにしても警戒するべきは近辺の連中でしょう。彼らがどのような手段を取るかはわかりません。刺すか、斬るか、撃つか、薬で眠らせるか。さて――以上を踏まえて、行きましょうか」

「無駄に怖がらせるようなこと言ってんじゃないわよ!」

 叫び、周囲の注目を浴びてぐっとさなかは拳を握った。目立ってはいけない。いや、“黒”の言う通り既にそれだけの敵に注視されているというのであれば、今更騒いだところで大勢に影響はないか。

 やや諦めすら混ざり始めたさなかを尻目に、“黒”はさっさと歩き出してしまう。ちょっと、置いていかないでよ。

「この空港からニューヨーク市役所までは通常で早くて40分程度。彼の車ならもう少し早いでしょう。車酔いには気を付けるように」

「弱い方じゃないけど……酔い止めある?」

「ありませんが」

 それと、と“黒”は何ということもないようにサラリと続けた。

「カーチェイスは好きですか?」

 は?

「――おー、マジで“黒”じゃねェか。生きてやがったんだな」

 不意にかけられた歯切れよく快活な声。反射的に警戒心を露わにして振り返るさなかに対し、しかし“黒”は平然と応じた。

「ああ。指の一本も欠けてはいない」

「廃業したって聞いてたんだがな。てっきり死んだもんだと思ってたぜ」

「生憎と生きている」

「そうみたいだな。あー、何だ」

 声の主はさなかを一瞥し、唇を歪めつつ肩をすくめた。

「ガキのお守りに転職か」

「そんなところだ」

「おいコラ待て」

 ガキとは何だ。

 キッと睨み上げるさなかに、おお、と男は快活に笑った。

「なんだ、英語はわかるのか。大した日本人だ。日本人だよな? ……こいつは悪かった。ガキは言い過ぎだったな。言い直そう。――お子様のお守りに転職か、“黒”」

「そんなところだ」

「訂正になってねーよ」

 “黒”も肯定するなよ。

 さなかは“黒”も含めて睨むが、当人らはどこ吹く風だ。

 さなかと“黒”をタクシー乗り場で待ち受けていたのは、大男だった。みっちりと分厚い胸板は薄手のTシャツにくっきりと胸筋を浮かばせ、筋骨隆々の逞しい腕が袖から惜しげもなく晒されている。いかつい顔では顎鬚がもみあげと繋がっており、サングラスと相まって威圧感が強い。にも拘わらずどこか人懐っこい印象を受けるのは、常に浮かぶその笑みに険が一切ないからだろうか。

 しかし、まあ。その風貌はどう贔屓目に見ても、

「タクシー屋っていうより船長っぽいわよね……海兵セーラー服とか似合いそうだし」

「お、言うなあ嬢ちゃん。だが残念。俺は他の何になるとしても船長はねェ。何せ俺は――船酔いが酷くてな。船上じゃ仕事にならねェ」

 がっはっはと空を仰いで豪快に笑う。

「それで? “黒”。仕事だろ。昔話を楽しみたいってんなら、馴染みの酒場でテキーラ一杯だ。それで請け負うぜ」

「ああ、それもいいかもしれないな。そもそも語り合うほどの昔話を持っていないということに目を瞑れば。――仕事だ」

「わかってるさ。そのためにわざわざ東海岸のバカンスを放り出して来たんだからな。ほら、早く乗れ。もたもたすんな」

「え、ちょっと」

 どうやら顔馴染みらしいふたりのテンポに完全に置いていかれていたさなかだったが、大男にぐいぐいと後部座席に押し込まれたところでようやく声を上げた。

「この人の車で行くってこと? 大丈夫なの? 明らかにカタギじゃないのはわかるけど、相手は大勢で狙ってるんでしょ? そんな、映画みたいな」

「現実は創作より奇なりってな。カーチェイスっていう奴は銃弾が乱れ飛んでこそ華があるってもんだ。わかるだろ?」

「いや全然わかんないわ……」

「そんならお前さんはまだまだガキンチョってことだ」

 がっはっはと笑う男に、さなかはむっとするが、言い返す前に助手席に入った“黒”に止められる。

 歓談しているのもいいですが。

「さっさとシートベルトを締めて、口を堅く閉じていることをお勧めしますよ。ええ、純粋な、善意からの忠告です」

「そんな急に、人の大事な家の一階を潰した奴がいきなり道交法の話をするの? こっちの道交法なんて知らないけど」

「忠告はしましたよ」

 言いながら、正面を向いてしまった“黒”は、しかし自らの言に従いシートベルトを締める。まあ、いいけど、とやや訝しがりながらさなかも同じくシートベルトを締めた。

「ようし、お客さん、しっかり乗ったな? そろそろ連中も、お前さんが俺の車に乗り込んだのを見て慌てて動き始める頃合いだ。後学のために教えておいてやろう。スピード勝負っていうのは、出だしが肝心なんだ。スポーツも、追いかけっこもな」

「は? 何を言って、」

「つまり」

 煙草に火を点け、深く吸い、吐く。その数秒の後に、男は笑った。

「こういうことだ」


ベタ踏みのフルアクセル。


 急激な加速に、慣性で全身がシートにめり込んだ気すらした。それだけの急加速にも拘わらず、タイヤはほとんど空回りもせず弾丸のように発進する。いや、それはもはや発射と言ってもいい。前触れのない車の動きに、周囲の通行人から悲鳴や怒声が上がるが、そんなものは遥か後方に置き去りにして、車は法定速度など優に超えて疾駆する。

 “黒”が柄にもなくシートベルトなどに拘った理由が分かった。

 これは絶対、舌を噛む。

 一発で噛み切る。

「名乗り遅れたが、俺はガルシア、運び屋だ! 依頼とあれば大概のものは運ぶぜ。今まで運んだ一番ヤバイ積み荷はマフィアに内臓を狙われてるガキだった。あれは最高にクールな仕事だったな。奴ら、機関銃を持ち出してきやがって、防弾加工してあるこの車めがけて掃射してきやがったのさ。お陰で右肩を銃弾が三発貫通した。死ぬかと思うような仕事は何度もあったが、あれはトップクラスだったな!」

 何で楽しそうなのこの人、と言う目で“黒”を見やるが、“黒”はバックミラーを始め周囲を余念なく警戒している。

「フランスとアメリカが肩組んで作った運び屋の映画を知っているか? 契約厳守、依頼主の名前は聞かない、依頼品を開けない」

 運転の荒々しさとは裏腹に暢気な調子で話を続けるガルシアに、手足を必死に突っ張って転がり回らないよう苦心するさなかは、がくがくと頷くので精一杯だがガルシアは気にしない。

「ありゃあフィクションだ。フィクションだがなかなかどうして悪くない。俺はバトルなんざからきしだが、車転がすことにかけては業界でも一流の自信があるぜ。――おっと」

 急ハンドルで対向車線に飛び出す。ぬおお、とさなかは悲鳴を上げそうになるが喉奥にぐっと呑み込む。少しでも口を開ければ舌を噛み切りそうだからだ。

 再びハンドルを切ってもとの車線に戻った、途端にハンドブレーキを引いてハンドルをさらに切り、ドリフトで右折を決めた。

「おう、“黒”。動いている奴はいるか?」

「三台、空港から慌てて追い続けている。そのあと、少し前の交差点で二台追加だ。どうやら、互いは敵同士だな。牽制し合っている」

「そいつは都合がいいな。銃を出している奴はいるか?」

「追手の先頭車両に乗っている奴が取り出した。この車は防弾か?」

「さっき言ったぜ?」

 直後、さなかの真後ろでリアガラスが嫌な音を立てた。鋭い、衝撃音だ。バックミラーで引きつった顔のさなかとその後ろのガラスを確認したガルシアは、ああ、と鷹揚に笑い、

「これはさっき言わなかったことだが――さすがにショットガンは何発ももたないな」

 笑いごとか!? あたしの頭の後ろに被弾したんだろ今!? さなかは目を剥くが声には出せない。んむー! と口を閉じたまま呻くことが精々だ。やれやれ、と“黒”がため息混じりにハンドガンを取り出しながら窓を開けていく。

「とりあえず撃ち返すが、狙いやすいように、とかは気にしなくていい。こちらも牽制できる分は牽制してくれ」

「おうさ。真っ直ぐ並べたら今度こそ嬢ちゃんの頭が弾けるかもしれんからな!」

 がっはっは、と笑っている場合か。

「ちょうど他の車もいない。派手に吹っ飛ばしてやれ」

「ハンドガンでどうこうできるとも思わないでくれ」

「いつもの爆弾はどうした?」

「飛行機を降りたばかりなんだ、まだ調達していない」

 拳銃はどうやって持ち歩いていたんだろう、ともはや逆に落ち着き始めたさなかが思う目の前で、“黒”がシートベルトを外し、ぐっと上半身を外へ乗り出した。

 途端に、さなかにも後方からの発砲音が聞こえ、ガルシアがハンドルを切って右に左と撹乱し、その中でも“黒”は顔色一つ変えず、後方へ銃口を向け、


 ―― 一発。


 それだけ放って、一旦“黒”は車内へ戻ってきた。なまってねえな! とガルシアはまた豪快に笑いながらバンバンと“黒”の背を叩き、運転に集中してくれ、と“黒”は返す。何があったの、とさなかは無理矢理に背後へ首を振り向かせた。ごり、と嫌な音が聞こえたが首の痛みは感じなかったことにして、見えた。

 左の前輪から盛大に火花を上げながらスリップした一台が、直後に接近していた他の数代を巻き込んで衝突事故を起こしていた。空気を割るような大きな衝撃音が響くが、それもあっという間に遠ざかっていく。

 ……走ってる車のタイヤを撃つのってかなり難しいんじゃなかったっけ。

 それも、一発で分厚いタイヤを打ち抜くのだから、狙いもそうだが威力も相当だ。それだけ反動も強いはずだが、“黒”は何ということのないように撃って、戻っていた。

 バックミラーを見ながら、“黒”は舌打ちする。

「やはり追加が次々と来ているな。この量だと、撒くのは難しいか」

「撒ききるのはな。だが撹乱して、撃退しつつ、目的地まで滑り込むことは可能だ。さすがの連中も、機構の構内まで突っ込んでくることはできないからな。普段からあそこは警備が厳重だが、今は輪をかけて厳戒態勢だ。下手に突っ込めば簡単に全滅する。あそこの警備兵は優秀だとも」

「それ、本当に? フラグにしか聞こえないんだけど……」

「嘘を言ってどうする。何だったら、予告なしに突入しようとしている俺らだって、突っ込んだ勢いで迎撃、爆散なんてことになっても何もおかしくねェ」

「いやそれはおかしい」

 おかしいというか、駄目だろう。

「あたしが遺産の継承者あたしだって知らせる方法はあるんでしょうね?」

「ありませんね。撃たれる前に叫ぶしかないでしょう」

 しれっと“黒”は言う。

 ちょ、

「冗談じゃないわよ⁉」


 ギャリギャリギャリギャリ――――!


 重力で身体が椅子に強く押し付けられる。もう右に曲がっているのか左に曲がっているのかわからない。エンジン音、ブレーキ音の向こうに、車体で跳弾する音と、“黒”が迎撃する音が聞こえた気がした。視界はぐるぐると目まぐるしく回って焦点を合わせることができない。さなかは覿面に酔った。

「見えたぞ! ――うおぉぉい吐くなよ! シートを汚すな! 車内丸洗いになるから高いんだぞ!」

 そう言われても、これは無理だ。狂わされた三半規管に押し出され、嘔吐感が腑の底からせり上がってくる。もう喉奥が酸っぱい。

 だが状況も車も止まらない。


『そこの車両、止まれ! 従わなければ発砲する!』


「止まれるかってんだぁ――――!」

 拡声器を通したような制止の声、しかしガルシアは止まるどころか、むしろアクセルをこそ深く、踏み抜く勢いで踏み込む。

 何かを蹴散らす音、衝撃と、重力。そして数秒、さなかは浮遊感を得た。

 あ、死んだのかな。

 途端、ズン、と脳が尻まで抜けそうなGが全身を襲い、さらにギュラギュラという爆音とともに遠心力で内臓が拡散する。

 マジ無理もう死ぬ。

 ぐっと前に衝撃が抜け、シートベルトが首にめり込み「ぐぇっ」それが最後だった。

 ……と、止まった……?

 未だ視界はぐるぐる回っている。視覚もだが、耳も一連の爆音で利かなくなっているようだった。一瞬の落ち着きを得、直後、いよいよ大変な気持ち悪さが腑を襲う。

「……あ……ぁ……ぇ……ひっ……」

 喘ぎながら、力入らず焦点の合わない手で必死にシートベルトを外し、ドアを開け、車外へ転げ落ちた。外の、ゴムの焼ける焦げ臭い匂いを嗅いでようやく、“黒”に何も言われてないのに外に出たのはマズかったかな、と思い至るが、そんな気持ちも一瞬で吹っ飛ぶ。


「おヴぇぇぇぇぇえええええ――――」


 おろろろろろろろ――――

 と。

 18歳の、花の女子高生にあるまじき音を惜しみなく立てながら、さなかは内臓を引っ繰り返す勢いで、吐いた。

 数分か。地獄のようなひとときを過ごし、ようやく体内が落ち着いて、ゲロッってる最中に撃ち殺されたら間抜け極まるわ、と思うに至り、ようやくさなかは周囲を見回すことができた。

 えた匂いを眼下に置いて、顔を上げる。

 無数の銃口に晒されていた。

 振り返れば、銃痕やら衝突やらでボコボコに凹んだガルシアの車、その向こう、閉じられた巨大な鉄門扉の向こうで、怒号を上げながら銃を振り回す男連中と、応戦する制服の人々。横を見ればホールドアップ状態の“黒”とガルシア。

「…………」

 何してんのよ、あんたら。

 半目で見ると、“黒”が顎で正面の連中を指す。

 嘔吐のために這いつくばった姿勢のまま、つまり土下座に近い四つん這いのまま、げっそりとした顔のさなかは彼らを見上げる。

 揃いの、軍服にも似た制服。規律ある動き、統一された銃器。外で武装集団――さなかの追跡者と争っている彼らと同じ出で立ちだ。

 ……ああ、そういうこと。

 へへ、とさなかは嗤った。胃液の酸味残る唾をべっと吐き捨て、口元をぐいっと拭う。


「どーも。あたしが、洲崎・さなかです」


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