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16 空港へ

 “黒”とさなかが向かった空港までは結構な距離があったはずだが、早々に高速道路へ突入し、法定速度を完全無視して乗用車の限界を攻め続けた“黒”により、一時間とかからずに空港へ滑り込んだ。

「なんでわざわざ成田空港に……うちの地元にも空港くらいあったのに」

 空港に入るなり服屋へ入った“黒”が、数分で出てきたと思うとさなかに買ってきた服を被せた。厚手のパーカーだ。フードまで目深に被れば人相や体形もある程度誤魔化せる。暑いが。

 対して自分は一切変装などすることなく、堂々と肩で風を切って歩く“黒”は、軽く肩をすくめた。

「そこは既に抑えられているでしょうからね。勿論、こちらも間違いなく包囲されているでしょうが、私とあなたのふたりくらいなら、もたもたしなければ難なくすり抜けられるでしょう。所詮はこの島国の場慣れしていない組織だ。出し抜くのは容易い」

「おいあんた。あたしが言うのもなんだけど、うちの島国を馬鹿にし過ぎでしょ」

「問題は、向こうに着いてからですよ。――覚悟しておきなさい」

 真正面からツカツカと勢いよく歩いてきた男をかわしながら、“黒”は言う。

「海を越える空の玄関は数が限られる。どれをとってもまず確実に手が回っていると言っていい。さらに言えば、向こうの連中はこの国の連中とは経験してきた戦場の数も、質も違う……甘く見ていると、呑まれますよ」

 “黒”がかわした相手をかわし切れずに、浅くぶつかってしまったさなかは“黒”の話を半分も聞けていない。危ないなあ、とちょっと振り返るが、そいつはあっという間に人混みに紛れて見えなくなってしまった。どのみち、さなかと同じようにフードを深く下していて、人相などはわからなかったが。

「聞いてませんね?」

「え、あ、御免……でも話は大体わかってるよ。覚悟っていっても、どんな覚悟なのかよくわかんないけど」

「死に接敵する恐怖と向き合う覚悟ですよ。あちらに着けば、どのような手段で接近されるか数えられたものではありません。通り過ぎざまに刺されるか、超長距離からスナイピングされるか。いずれも対処法はありますが、難なく回避する、というわけにはいきませんよ」

「あれ、意外と弱気?」

「護り屋稼業にはまだ慣れないものでしてね。うっかり流れ弾に当たってしまうやもしれませんよ。……旅客機ならば撃墜されることはないと、あなたはそう踏んでいるようですが、空港で大規模なテロを装えば、内部での些細な犠牲などいくらでも潰しがきく。まあ、その程度は予想しておいてください」

 予想しておけ、などと簡単に言うが。さなかは半眼になる。

 そんなもの、予想してどうしろと言うのだ。

「――さて。ではさっさと搭乗してしまいましょう。ちょうど今搭乗が始まったアメリカ行きがあります」

「え、もう行くの?」

「ええ。お土産など選ぶ暇はありません」

「買う暇はありそうね」

「変T以外は許可しません。まあ選ぶ余地くらいは与えましょう。『土下座』『だが断る!』『ジー・ジオン‼』の三種類からお好きなものを選んでください」

「全部いらねェ」

 軽口を叩きながらも、“黒”はスイスイと淀みなく人混みを縫って搭乗口へ向かっていく。その背を追うさなかは、人にぶつかり、足を踏み、睨まれ、謝り、を繰り返しながらの必死な足取りだ。すれ違いざまに、とか警告しておきながら、この状況ではさなかはいつでもどこからでも刺され放題なのだが。守る気あるのか?

 手荷物検査ゲートの前でようやく追いついた頃には、さなかはすっかり肩で息をしていた。走っていたわけではないのだが、ごった返す人混みを抜けるというのは思っていた以上にストレスだ。将来的に首都圏では生活できそうにないな、とか思っていたところで、冷淡な視線で待っていた“黒”に先を促される。

「さっさと行きますよ。チケットを」

「チケット? そんなの、あたしは持ってな」「先程受け取っていたでしょう。運び屋が思いのほかいい仕事をしてくれました。これだけの短時間に対応できるとは」

 勝手に感心しているのは構わないが、何の話だかわからない。眉根を寄せて首を傾げるさなかに、右のポケット、と“黒”は指をさす。

「人に指をさすんじゃありませんって、教わらなかったの? ……っと、あれ、何か入ってる」

 先程“黒”がテキトーに購入してきたパーカーだ。財布やスマホは別で持っているのだから、パーカーのポケットには何かが入っていようはずがない。が、漁ると出てきたものがある。

 飛行機のチケットだ。東京発アメリカ行き、二人分。ちなみに逆のポケットを探ると、手帳のようなものが出てきた。

 パスポートだこれ。しかも二人分。

「え、いつの間に」

「あなたの気付かぬ間に、ですよ。さあ、行きますよ」

 しれっとチケットとパスポートを受け取った“黒”は、そのまま飄々と手荷物検査を抜けて行ってしまう。首を傾げながら後を追うさなかも、何ということもなく列の流れのままにゲートを抜けてしまった。

 えー……?

「あ、もしかして」

 あのときか。“黒”が覚悟がどうとか話していたとき、軽くぶつかったフードの男。その瞬間に、スリの如くさなかのポケットに侵入し、盗るのではなく仕込んでいったというわけか。

「こっわー……」

 成程、どこに誰が潜んでいるかわからない。すれ違いざまに刺される、というのも全く冗談ではなさそうだ。

 日本でこれでは。海を渡れば、一体どれほどの――

「…………」

 考えたところで、何かができるわけではない。

 だから、覚悟くらいは決めておこう。

 そう、さなかは唇を引き結び、“黒”の背を追った。


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