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「ちょ――またこうなるの!?」

 さなかは叫ぶが、“黒”はまるで取り合わない。それどころか「静かにしてください」と迷惑そうに言うだけだ。

 そして、さなかを荷物のように抱えた“黒”は、溜めもなく、窓から飛び降りた。

「――――、――――、――――――――!!」

 喉の奥から迸ろうという絶叫を、周囲に気付かれてはならないという理性で必死に押し込める。着地は、まるで舞い降りたかのように軽やかで、それだけが救いだった。それでもなければ舌を噛み切っているに違いない。

「あちらは車でしょうが、こちらはそんなものありません。駐車場には戻れませんからね。しばらく走りますよ」

「しばらくって――うぉっ」

 言うなり疾走を始めた“黒”に抱えられたままのさなかは、そのトップスピードに翻弄されおよそ乙女とは言い難い悲鳴がもれる。

 速い、速い。景色が飛ぶように過ぎていく。塀やフェンス程度は高さに拘わらず一足飛びに越える。民家やビルはさすがに回り込むが、一瞬の判断に迷いがない。

「…………っ」

 無理に首を捻って、背後を見る。“黒”が飛び越えてきた障碍物でほとんど隠れてしまっているが、わずかに見える病院は、薄く煙を上げていた。

「母君なら、当分は心配ないでしょう。エレオノールといえば、財力は確かですから」

「あたしもちょっと聞いたことあるくらいだから、そうなんだろうけれど……心配は心配だよ」

「あなたが案じるべきは母君よりも、自分の身の安全でしょう。エレオノール嬢の勧めに従ってプライベートジェットでも借りればよかったでしょうに。なぜ断ったのです?」

 疾走の中、全く息を切らす気配もなく平然と話す“黒”に対し、さなかは風に翻弄されながら答える。

「だってさ、プライベートジェットなんかだと、いいまとになりそうじゃん」

 はい? と見下ろす“黒”に対し、さなかは風に瞳を瞬かせながら当たり前の事のように続ける。

「プライベートってことは、ほとんどあたししか乗ってないってことでしょ? もし何かの拍子にあたしが乗ってるってバレれば、あたしを殺しても構わないような連中はお手軽にあたしを殺せちゃうわけだよ。こっそりと飛行機を一機撃ち落とせばいいんだから」

「……一般の旅客機ならば、そんなことにはならないと?」

「絶対にならないとは言えない。でも、関係ない人たちが大勢乗った旅客機が撃ち落とされれば、少なくとも墜落すれば、大事件になる。世界的な事件にね。まして、そこにあたしが乗っていたともなれば、どうしたって状況はもっと悪くなると思う」

「表がどれほど騒がしくなろうと、財界にまではさしたる混乱が及ぶとも思えませんが」

「そんなことはないんじゃないかな。きっと結構、荒れると思う――状況が泥沼になる。旅客機が撃墜された、そこにあたしが乗っていた、そしてあたしの資産の後継者を名乗る人物ないし組織が現れた、なんて流れになれば、下世話なマスメディアでなくたってそこに邪な関係を見るでしょ。この情報社会だもの、風評被害だってバカにならないよね。すんなりとあたしから資産を横取りできたのであればともかく、他の組織が黙ってないだろうから、間違いなく世界中から横槍が入る。あたしの委任状なり遺言状なりを偽造する輩が凄い勢いで出てくる。事態は輪をかけて混沌となる。それくらいなら、あたしを生きたまま捕えた方がずっと効率もいいしリスクも低いけれど、他の客が大勢いる旅客機に紛れられたら思い切った行動はなかなか取りにくいでしょ。こっそり拉致するならできるだろうけれど、そこはクロがいるから心配ない」

 淡々と、考えながらさなかは言う。己が殺される可能性を勘定に入れつつも、さなかの言動に動揺はほとんどない。

 冷静に分析している。

「……成程」

 それ以上は、言わない。雇い主が合理的な判断を下したのならば、それに従うまでだ。従い、最適な行動を取るまで。

 路肩に駐車している乗用車を見つけ、素早く周囲に視線を走らせると接近し、どこからともなく取り出した針金で鍵穴を探ると一秒と待たずに開錠「わ、ちょっ」後部座席にさなかを放り込むと自身は運転席へ、そしてアクセルべた踏みで発進する。

 行動は一秒でも早い方がいい。相続が完了するまでは時間との戦いなのだ。ここで慎重にしてしまえば、いたずらに敵へ準備をする時間を与えてしまうことになる。それは避けねばならない。

「では刻一刻を争いましょう。今から空港へ直行すれば、午後イチの便でニューヨークへ向かえます。この島国で既にここまで手が回り始めているのならば、他の国ではどれだけ包囲が進んでいるかわかりません。――虚を突きたければ、電撃戦に出るしかない。これ以上、別れを惜しんでいる時間はありませんよ」

 大通りではなく、信号の少ない細道を縫うように、しかし法定速度は優に超えた速度で飛ばしながら、“黒”は淡々と言う。

「……わかってる」

 右に左にと大きく振り回され、膝やら尻やら頭やらをあちこちにぶつけ、もはや身を起こすことも諦め椅子やドアに手足を突っ張り身体を固定しようとしながら、さなかはスマホを取り出す。

 画面にはメッセージの通知。差出人は、友人の名。

『さなか、学校に来てないみたいだけど、大丈夫? 今、どこにいるの?』

 ……優李。

 別れを惜しんでいる時間はない。優李の安全は、ひとまずハルカに頼んだ。あの女性がどこまで信用できるのかは未知数だが、今は信じるしかない。く、とさなかは下唇を噛んだ。

 ……わかってる。

「飛ばして。――最高速度で」

 決めたのならば、放たれた一条の矢の如く。


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