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堕ちる  作者: 熊と塩
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第二十幕:再会

 朱美の夫、高橋恭介から連絡を受けた香織は、横田を引き連れ、急ぎ見舞いに駆け付けた。

 一般病棟の四人部屋に朱美は居た。

「あ、久しぶり」

 ベッドの上で体を起こし読書していた朱美は、カーテンを潜り顔を出した香織を見るなり、快活に挨拶した。病院支給の色気の無い浴衣姿。顔は血の気が引いて青白いが、普段から化粧が薄い所為か、平常と遜色のない、女の顔付きをしていた。

 香織は、朱美と向かい合う度、羨ましく思い、悔しく思う。ルックスの女性的な部分に於いて、全ての点で劣っているように感じる。外見のみならず、内面さえも、朱美には敵わないかも知れない。

「朱美、もう平気なの?」

「うん。じっとしている分には大丈夫。まだ動くとふらふらするけど。心配かけてごめんね、香織ちゃん」

 知らせを聞いたのは、一時間としない内である。そう、と香織は目を伏せた。

「……こっちこそ、ごめん」

 朱美は不思議そうに首を傾げて、困ったように笑った。

「どうして香織ちゃんが謝るの?」

「ううん、その……」

 香織が言い淀んでいると、後から続いて横田が顔を見せた。朱美は、あ、と声を上げた。

「その節は、大変失礼を……」

 横田は元々丸い背中を更に丸めて、深々と頭を垂れた。

「どうして……?」

「彼、わたしの夫なの。だから、今のわたしの苗字は横田」

 朱美は俯き、深く息を吐いた。

「……そうだったの」

 香織と朱美とは、中学生の頃からの付き合いであり、昔馴染みの友人同士だった。互いに唯一無二の親友だと思っているはずだが、しかし、互いに知らない事は多い。この日初めて香織は朱美の夫を知り、朱美は香織の夫を知った。今の生活、暮らしぶり、伴侶の事。そして、佐上との因縁も、両者は知らない。

「今回この様な事態を招いたのも、僕が精神的に追い詰めてしまったからだと思います。香織のお友達とは知らず……どうかお許し下さい」

 平身低頭、謝罪する。そんな、と朱美は両手を胸の前で振る。腕に繋がれた点滴の管が揺れる度、痛々しかった。

「日頃の不摂生が祟っただけですよ。貴方に謝って頂く事ではありませんから」

「はい……ありがとうございます。それにしても、偶然というのは怖いですね」

「ええ、本当に……」

 横田と朱美は笑い合ったが、香織は一人だけ浮かない顔をしていた。

 これが単なる偶然なら、香織も奇遇を笑う事が出来たろう。しかし香織には、全てが必然に思えた。

 因果応報――そんな言葉が香織の脳裏を過ぎった。

 香織がぼんやりとしていると、朱美が香織を呼んだ。

「ああ、ごめん。何?」

「香織ちゃんは、横田さん……旦那さんから聞いているんでしょう? 私と佐上君との事」

 香織は答えを躊躇したが、やがて頷いた。

 横田から、横田の知り得た事を全て聞いていた。朱美と佐上との間に何もなかった事も、聞き及んでいる。

 そっか、と朱美は言う。その顔は何処か晴れやかだった。

「なら良いんだ。香織ちゃんには勘違いして欲しくなかったから」

 そう言って笑う。しかし明るい口調も、満面の笑みも、香織には胸をちくちくと刺す茨のようだった。

「……それじゃあ、そろそろ帰るね」

 居たたまれなくなり、香織は横田の袖を掴んだ。

「あ、うん。そうしようか。今日はお見舞いも持たず、すみません。急の知らせで慌てて出て来たものですから……。それじゃあ、大塚さん、また出直します」

 横田はもう一度頭を下げた。


 病室を後にした二人は、並んで廊下を歩いていた。

「どうかしたの?」

 横田は香織の顔色をよく読む男だ。表には出していないつもりの香織だが、すぐに見透かされる。香織は横田のそういうところが、時折酷く嫌になる。今この時もそうだった。

「ううん、何でもない」

「何でもなくないよ。辛そうだもん」

 隠したって無駄だとばかりに、香織の顔を覗き込む。香織は顔を見られたくなかった。恐らく、今の香織は醜いのだから。

「何でもないって言ってるでしょ」

 香織は思わず声を張り上げた。そして直ぐさま己のした事に気付き、立ち止まり、俯いた。

「……君、最近おかしいよ」

 横田は正面に回り込んで、眉をハの字に下げる。

「どうしたんだよ。僕が今度の取材を始めてからじゃないか?」

「……ごめんなさい」

 香織はそれ以上問われたくなかったが、横田はその一言では納得しなかった。

「それに彼女のあの口ぶり……君も佐上一郎の事を知っていたんじゃないのか? 思い返せば、あいつの写真を見た君、尋常じゃなかったよ」

 傷口に塩を塗られる気分だった。

「もしかして、君もあいつと何かあったんじゃ……」

「それは……」

 香織は目を泳がせた。すると、視界の隅に一人の男が移った。黒い上下、すらりと長い脚、胸の開いたシャツ、細く端正な顔立ち――。

「な……」

 佐上一郎だった。佐上は唖然と立ち尽くしていた。

「中村……!」

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