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異世界データ管理人  作者: 水友 想
第一章
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1. プロローグ

「はぁ……なんでこんな事に…」


 無機質なサーバールームで、もう何度目かわからないため息をついた。


 ここには、体育館ほどの広さに等間隔で配置された鉄製の(ラック)が数百台あり、1台のラックには10台のサーバーが配置されている。その中のとあるラックの目の前に座るはめになって3日目。もう色々と限界だった。


「そもそも、システム移行時にパフォーマンステストしないって決めだの顧客じゃねぇか。なんで今更になって「遅いからなんとかしろ!」ってなるんだよ!?」


 通常、システムや使っているサーバをリニューアルする場合、動作確認やパフォーマンステストは欠かせないものだ。


 だが、今回はシステムの改修を実施しないことや、新しく導入するサーバーのスペックが良くなったことを根拠に、顧客は必要なテストを省く決断をした。テストに必要な人材の人件費を払うのが嫌で“コスト削減”という魔法の言葉を使ってケチったというのが真相らしい。

 

 事の発端である顧客からの一報を受けた時、俺はプロジェクトのメンバーと一緒に、オフィス近くの居酒屋で打ち上げをしていた。


 今回のプロジェクトは総勢10人ほどの小規模なものだったが、問題もなく無事に終わり、次のプロジェクトに入る前、つかの間の休息を味わってる中、プロジェクトリーダーの田中さんが声をかけてきた。

 …ん?少し顔が青いような?


「理人。ちょっといいか?」

「え?あぁ!田中さんじゃないですか。お疲れ様でーす。どうしたん…あ。その顔は…酒弱いのに飲みすぎたんじゃないですか?」


 田中さんは俺より5歳上のSEだ。学生時代はラガーマンで本人いわく“鋼の肉体”だったが、酒は強くないのでコンパはいつも苦労してた。というのが飲み会武勇伝の十八番だ。ちなみに今はその面影は無い。元相撲部だったと言われた方が、しっくりする感じだ。


 …俺か?俺は高校までサッカーやってたから“そこそこの肉体”だったよ。今は年相応だな。少しだけたるんだお腹が気になるお年頃なんだ…


「すまんが明日、客先に行ってきてほしい」

「あれ…?新しいプロジェクトの打ち合わせって再来週でしたよね?俺、来週から有給なんですけど…」


 ふふふ。「なかなか取れない有給を使うのは今しかないんで!」と、上司に宣言して既に一週間の有給は申請済み。

 久々の休みは積んだままのゲームを、ひたすら消化するのだ!モ○ハンやドラ○エのプレイ時間に費やす。いいじゃない。ゲーム三昧の幸せな日々が俺を待ってるんだ。


「いや…行ってほしいのは、先日まで対応してたプロジェクトの顧客なんだ…」

「え?昨日カットオーバー(システム稼働)して、マニュアルとかも、全部納品し終わったはずじゃ…?」

「うーん…だよなぁ。俺も詳しくは聞けてないんだけど、顧客が「来てほしい」と言ってる、としか営業が言わないんだわ」


 何だろう?納品物に不備や誤植でもあったんだろうか?


「スケジュール空いてるのが理人しかいなくてな…すまんが明日の金曜日、1日だけでいいから話聞いてきてくれないか?」

「…わかりました、聞いてきますよ。でも、1日だけですよ?長引きそうなら、後継者たててくださいね?」

「おおぉ!助かる。じゃ明日宜しくな」


 後継者のくだりをスルーするのが、若干気になったが、仕方ない。先輩の頼みだし、ここで断っても結局自分になりそうだし。


 翌日、顧客先に行ってからの記憶は曖昧だ。


 覚えているのは、タヌキ腹のオッサンが顔を真っ赤にして、移行した新システムのパフォーマンスが劣化して「お客様に迷惑がかかってる!」と怒鳴ってたこと、テストしないと決めたのあなた方でしょ?と指摘したら、ますます真っ赤になって唾とばしてきたこと、気づいたらパフォーマンスが改善するまで、帰れないこと、くらい。


 …んで3日経過して今に至る。と。

 

「はぁ……なんでこうなるかなぁ…」


 俺が勤務してる会社では、“稼げるヤツ”が高評価を得て偉くなっていく。最たる職種は、営業や売れる提案書を書けるSEだ。


 実作業してるメンバも、次々とプロジェクトを完遂し必死に稼ごうとするが、今回みたくクレーム対応やアフターフォローは、短期的には金にならないので評価は低い。なので誰もが嫌がり蜘蛛の子散らしたように逃げていく。

 

 会社は稼がないと倒産するし、個人の待遇アップのため、そうなるのもわかる。きっと数字ノルマの重圧もすごんだろう。正直、俺には無理だし、養う妻子もいないから自分が食えるだけでも十分。純粋に凄いなと思うだけで、特に嫉妬や妬みはない。


 そうした背景はわかるんだけど…


 でもさ。やっぱり、ちゃんとした品質のシステムを提供すること、困ってる人達を助けることも、大事だと思うんだよね。同僚からは、貧乏くじ引いてるだの、お人好しだの言われる事が多いが…


 そんな愚痴思考を遮るように「ピッ!」と小さな電子音が鳴った後、画面上には修正完了を示す『complete』の文字がノートPCのディスプレイに表示された。


「ああぁ~……や~っと終わったよ…」


 長かった作業もやっと終わり、ようやく一息つけた。


 一口に“システムが遅い”と言っても原因は多岐に及ぶケースが多いのだが、今回はツイてた。俺の得意分野であるデータベースに関する範囲で、なんとかなった。

 

「データの最適化、メモりキャッシュ、アクセスパスの部分指定…っと。よしよし。全部修正されてるな。実行時間も改善されてるし……ふぁ~…ねみぃ……」


 現在、月曜日の午前4時。さすがに丸3日間の徹夜は厳しかったが、後は顧客にパフォーマンス改善されたシステムを見てもらうだけ。達成感と共に強烈な睡魔が襲ってきた。


「…ふぁぁ……システムのチェックは9時からだし、少し仮眠するか…」


 パイプ椅子を3つ並べて作った、お馴染みの簡易ベットに横になった俺は、ものの数分もしないうちに、深い眠りに落ちた。



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