表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

短編集

幸福を祈る

作者: 月宮 柊

 彼女は夏まで生きられるかどうかわからないと言った。いつも通りの笑顔を崩さずに。


「え……」

「そんな顔しないでよー、君も薄々わかってたでしょ?」

「そんなこと……」


 僕は今自分がどんなに情けない顔をしているかわかっている、だけどこんな事を聞かされて彼女のように笑える事などできるはずはない。

 自分が死ぬというのに彼女は僕よりも落ち着いている。それがどうしようもなく不思議でたまらなかった。


「何で、笑えるんだよ」

「泣いたって仕方ないじゃん。私は死ぬまでの間笑って過ごすんだよ、だから君も笑って見送って」

「うん……できるかな」

「できるよ」


 病院の帰り道、僕の足取りは重くふらふらと亡霊のように歩いていた。

 あまりにもショックだった。彼女はあんなに元気なのに、治るためにどんなに辛い治療にも耐えてきたのに、それは全て無駄なことだったのだ。


「神様は、意地悪だ」


 満天の星空の下ちっぽけな僕は祈る。

 どうかお願いだ、夏が永遠に来ませんように――



「まだまだ涼しいねぇ、今年は冷夏なのかな」

「夏が来なければいいね」

「それは無理だよ」


 六月、梅雨は来たものの雨が降ると肌寒い、夏になる気配など微塵も感じられない程に。もしかしたらあの日の僕の祈りが神様に届いたのかもしれない、そんなの無理なこと子供でもわかる、それでも今の僕は願うことしかできない。


「梅雨が明けたら夏だね」

「だな」

「夏まで生きたいな……」


 初めて彼女が吐いた弱音、それは病室に静寂をもたらした。


「生きられるよ、きっと」


 彼女は薄く、頼りない笑みを浮かべた。


「そうだといいね」


 無理なこと彼女もわかっていたはずなのに馬鹿な僕の言葉に同意をしてくれる、いつもと同じ。



 七月、だんだんと彼女の体は悪くなっていく。それは日に日に進行していく、誰にも止められないことだった。弱っていく彼女を見るのは辛い、けれども僕よりも何倍も彼女や彼女の両親の方が辛いだろう。

 あいも変わらず夏は来ない。

 もしかしたら僕の願いが叶ったのかもしれない、けれど彼女の死は刻一刻と迫っていた。

 季節が止まっても僕らの時間は進んでいく。馬鹿な僕はその事に気づかなかった。


「毎日来てくれてありがとう」


 椅子に座った途端にそんな事を言われた。

 僕はその感謝の言葉に不安を感じた。


「いいよ、お礼なんて」

「君が来てくれるから病院生活も悪くないよ」

「急にどうしたんだよ」

「ふふ、いつ死ぬか分かんないからね」

「やめろよ!」


 僕の手を彼女の手が包んだ。痩せて骨ばったその手に僕は驚いた、それでも不思議と温かくて血が通ってて生きている事が分かる、何となく落ち着いた。


「ごめんね」

「何で謝るんだよ」

「いっぱい心配かけてごめんね」


 申し訳なさそうに言う彼女に何も言えない僕は握られてない方の手で彼女の頬をそっと撫でた。


「幸せだったなぁ……」


 過去形のその言葉が胸に刺さる。彼女は分かっているのだ、自分の体の限界を、命の期限を。


「俺も幸せだよ」


 いるのかいないのか分からない神様に俺は祈る。こんな時ばかり頼って申し訳ないけれど。


 どうか僕の大切な人が一日でも長く幸せに生きられますように。






評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 月宮様の作品を拝読することが出勤前の日課になりつつあります。 お気に入り登録ありがとうございます。こちらも非公開ですが、月宮様をお気に入りにさせて頂きました。 今作もポエム要素を含みつつ抽象…
2016/10/07 06:39 退会済み
管理
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ