#006 【第一話 了】
城を退去した俺たちは、皇帝陛下が館を用意するまであてがわれた高級宿の一室に移った。
明日の夜は祝勝会があるらしい。それまでここで寛いでおけということなのだろう。
「シャルロッテさん、よろしくな。」
「はい、旦那様。」
「いや、夫婦になるのにその呼び方は嫌だな。巧と呼んでもらえるか?」
「お、恐れ多くて……。お受けしましたが私の何が良かったのでしょうか。」
「最初から気に入ってたよ。容貌もスタイルも性格も全部俺好みだよ。」
「女だてらに戦場に出ているので、いつも父は嫁の貰い手がないと嘆いておりましたが……。」
「別にいいじゃん、そんなの。俺は好きだぞ。同じ魔導士だし、もし次があっても一緒に行けるだろ?シャルロッテさんこそ、いやいや俺の話を受けたんじゃないのか?陛下の御前だったしな。」
「え、そんなことはございません。た、巧……様のお姿もそうですけれど、やはり極大魔導とその魔導量も素晴らしいですし、何より私のような者にも声をかけてくださって、本当に光栄なのです。」
「そうか、それは良かった。できれば仲睦まじく共に生きたいものだ。」
「あ、ありがとうございます。誠心誠意お仕えさせていただきます。あと、私のことはロッティとお呼びください。」
「わかったよ。ロッティ。少し時間もある、こちらに来なさい。」
「はい。巧様。」
とキングサイズのベッドがある部屋に手を引いて移る。むふふ。この後無茶苦茶セッ……。
『お時間になりました。楽しいひと時をお過ごしいただけましたでしょうか。今からログオフいたします。信号が鳴り終わりましたら目を開けてスタッフの指示に従ってください。』
い?今かよ!ずいぶん長い間いたような気がするし、もう少し待ってよ!!!俺とロッティのウェットライフがぁぁぁ!
ぴ、ぴ、ぴ、ぴ、ぴーん。
時報みたいな音が鳴り、そのまま静かになった。
俺はリラックスシートの中で目を開けた。
目の前には最初の女性スタッフがおり、笑顔を向けている。あぁ、この子もすごく可愛い。連絡先を聞こうと思っていたんだ。ん?この子『も』?……、あれ?なんか忘れているような。
と少し違和感が生じたところで、女性スタッフがクラッカーを鳴らした。
ぱぱーん!
「おめでとうございます!今回のお客様のスコアは過去最高でした!たぶんしばらく更新されないのじゃないかと思われるくらいの数値で、私たちスタッフもびっくりしました!」
「あ、ありがとうございます。」
「こちらが最高スコア更新の記念品になります!どうぞお受け取りください!」
そのまま記念品を受け取った。
あ、これがあいつが言っていた記念品か……。
「以上をもちまして、エントリーコースの体験が終了しました。お疲れ様でした。『Fantasy Of Own Life』 いかがでしたでしょうかお楽しみいただけましたでしょうか。スコア更新されたお客様には、ゴールドカードが発行されます。このカードがあれば本アトラクションを優先的に利用できますので、ぜひご利用ください。カードの準備はできておりますので、帰りに受付にてお受け取りください。」
「あ、はい。」
何だか、楽しかった、爽快な気分を味わえた。確かにそうだった。断片的に覚えていることもある。たとえば魔法を使ったところとか、炎と隕石、そして焼け野原になって紙屑のように消えていった敵兵士たち。ゲームならではのすっきり感だな、これ。うん。確かに面白かった。
時計を見るとここに入ってから、15分が経過していた。15分?なんかもっと長い時間だったような気がするんだけど……。
これで俺もあいつみたいに超絶賢く……、あれ?あいつって誰だっけ。
一人でこんなところ来られないから、誰かと一緒に来たんだと思うんだけど……、思い出せない。
「えーと、連れがいたと思うんですが……。そいつはどうしてますか?」
女性スタッフに聞いてみた。
「はい?お客様はお一人でいらっしゃいましたよ。優先ご優待券をご利用でしたので、すぐにお通しさせていただきました。」
「あれ?……そうでしたっけ……。」
「はい。次回以降もゴールドカードで優先的に入れますので、またお越しください。ご友人の方お一人は一緒に来ていただけますので、ぜひお願いしますね!」
にこやかに返されて、ちょっと頬が赤くなりながら、その場を退出した。
受付でゴールドカードを手にして、建物を出る。なんかやっぱり誰かと来たような気がするんだよな……。ボケたかな。
あ、早く帰って勉強しないと、俺の天王山は始まったばかりだぞ!
*************
次の週にあった模試で、俺は信じられない体験をした。どんな問題でも瞬時に答えがわかるんだ。参考書の隅にちょろっと書いてあるような項目まで思い出せて、重箱の隅をつついたような問題でも解けちまった。
思えば『FOOL』でなんかすごいアイテムを使ったような気がする。ゲーム内だけだと思っていたのだが、その後、思考も記憶もものすごくクリアというか速くなったというか、なんでもわかるし、一度見たものを忘れなくなった。
もちろんテストなんて余裕過ぎる。英語なんて辞書めくるだけで全部の単語が入ってくるんだぜ。参考書買わなくても立ち読みでOKとか、経済的過ぎるだろ。
スゲーな、俺。チーターと呼んでくれ。
天王山とかもういらねーや。
気になることと言えば、一緒に行ったような気がする誰かだ。
一緒に行くとなるとそれなりに親しいはずだし、同じクラスである可能性も高い。
しかし、誰を見ても該当しそうな奴はいなかった。
いつまでも気にしていても仕方がないので、3日もしたら忘れてしまった。
もうすぐ夏休みである。夏期講習が本格的に始まる前に、幼馴染であり、仲の良い中西葉子を一度誘ってみよう。
家が近いこともあって、昔から同じ学校だし、本当に仲が良い。
しかし、仲良くし過ぎていて、恋人未満の状態が長く続きすぎた。
昔から可愛らしかった葉子だが、高校生になって、葉子は一段と魅力的になり、他の男子から告白されることもしょっちゅうあるようだ(まぁ、俺が裏からつぶすけどな)。
俺としては面白くない。一番葉子のことを知っているのは俺だぞ!
風呂だって一緒に入っていたんだ(幼稚園までだけど)。
そう、いつのころからか、俺は葉子を仲の良い幼馴染ではなく、一人の魅力的な女性として見ていた。
葉子も『FOOL』体験で俺のようになれれば、同じ大学も余裕だ(むしろ俺が危ないくらいだったが)。
そろそろ幼馴染から恋人にクラスチェンジしたい。
VR世界で非日常の体験を一緒にすれば、今まで以上に見方も変わるだろうし、距離も縮まるだろう。
うん。いいことづくめのような気がしてきた。思い切って誘ってみよう。
ゴールドカードを握りしめて、俺は葉子に声をかけた。
「なぁ、なぁ、葉子。『FOOL』って知ってるか?」
【第一話 了】
第一話 終了です。
第二話は書き終わったらすぐにあげます。
少し更新にお時間いただきますが、ブックマークしていただいている方、そうでない方も、またお付き合いください。