#018 【第三話 了】
第三話完結です。
食事も終わり、各自自室に戻った。
後は寝るだけだ。明日はまた朝から大変だからね。
昨日寝たベッドに身体を預ける。
二回もベッドで寝るとか、体験にしては長いよね。丸一日過ごしたけれど、仮想世界とは思えない現実感。異世界に来ました!と言われても信じるレベルだ。
係の人が設定したと言っていたので、隼はこの状況になることを希望して、私を誘ったのだろう。感動的なプロポーズの演出ってやつかな。
ぶっちゃけ、隼と家庭を築けるなら、別に元の世界に戻らなくてもよいのだけれど。
7年半ぶりに会った隼を思い浮かべ、ちょっとにやにやしながらベッドを転がり回る。
さて、隼は何を持ってくるかな?正解だと嬉しいな。
そういえば、この体は処女だと思うし、正解してくれたら今晩にでもこのベッドで捧げちゃおうかな?
仮想世界でそんなことできるかわからないけれど、できそうな気がする。
それにログアウトしたら、処女の身体じゃないし(残念だけれど、それは隼が悪いのよ)。
ちょっと18禁に引っ掛かりそうな展開を考えていたら、寝てしまった。
そして、翌日、朝からメイドに着替えをさせられ、セバスチャン(仮)に案内される。
お昼にはまた4名の候補者と会うことになる。
すでに3名はお越しになられているとのこと。早っ。
何を持ってきたのかしらね。
いっそ、どこぞの竹から生まれたお姫様みたいに、無茶な要求の方が面白かったかな。趣味がいいとは言えないけれど。
残りの1名は隼だということだ。
あれ?そんなに難しかったかな。
何やってるんだろうか。まだ劇的な展開が欲しいのかしら。にしても遅くない?ちょっと心配になってきた。
まだ正午までは時間がある。私は信じて待つだけだ……。
謁見の間に入る。時間としては正午少し前になる。
既に王様・王妃様と昨日参列していた貴族の人たちは同じようにしていた。
候補者3人もすでに前で跪いている。
隼が来ない。
いい加減来てくれないと、始まっちゃうよ。
と、謁見の前の扉が開いた。やっと来たのか、隼。遅いよ。これ以上じらさなくてもいいのに。
しかし、入ってきたのは近衛兵だった。
「御注進申し上げます!ミドリ王女様の婿候補でありました、スメラギ共和国のミドウ元帥ですが、昨夜、アララト山にて崖から足を滑らせ転落し、そのままお亡くなりなられました!」
その報告に場内は大きな騒めきに包まれた。私も若干混乱している。
な、なんだって?
亡くなったとか?誰が?隼が?
え?山で足を滑らせた?滑落事故?
私の出した課題をこなすために、山に行ったんだ。
私の宝物……。それは隼が作ってくれた花冠なのだ。
特に山に近い土地柄もあって、子どものころ山に群生する花で、冠を作ってれた。それが一番初めのプレゼントだったのだ。それを思い出してその課題を出した。きっと隼も思いついたんだ。
なのに、無理をして死んでしまったなんて……。
い、いや、そんなはずはないじゃないか。ここは仮想世界だ。
仮に亡くなったとしても現実の隼がいなくなったわけではない。
こちらでプロポーズされなくなっただけ……。
心ではそう思うのだけれど、身体が反応して泣いているようだ。
涙が止まらない。いや、仮想世界で泣くとか。本当に現実に忠実だ、この世界。
気が付いたら私は泣き崩れていて、控えの間にいたリースレットがやってきて背中をさすってくれていた。
王様がその姿を見て、本日の選抜を明日以降に延期した。
そこはグッジョブだよ、王様。流石にこの姿を晒した後に、婿選びするとかあり得ないし。
大丈夫だと思っていても、少し私もナーバスになってるから、後回しにしてもらって正解です。
その後何かものすごい喪失感に襲われて、しばらく冷静に考えられなかったけれど、よく考えたら、隼は私よりも先に『FOOL』にログインしていた。だから私よりも先にログアウトされた。それだけのような気がしてきた。
とすると、私がログアウトしたらこの王女も死ぬことになるのだろうか。なんて物騒な仕組みなんだ……。
しかし、いくら待ってもなかなかログアウト時間は来なかった。
あれからずっとリースレットがそばにいてくれて、何かとお世話をしてくれた。メイドの役目のはずなんだけれど、自分が買って出たらしい。いい子だね、リースレット。
結局また夜になり、ベッドにもぐりこむ。3度目のベッドだ。
私はいい加減この世界から帰りたくなった。
ねぇ、そろそろ帰らせてくれないかしら。隼に早く会いたいんだけれど。
ものすごく悲しかったから、今日は隼とお泊りデートすることに決めたの。だから早く返して!
と心の中で叫んだその時、
『お時間になりました。楽しいひと時をお過ごしいただけましたでしょうか。今からログオフいたします。信号が鳴り終わりましたら目を開けてスタッフの指示に従ってください。』
あ、ようやくログアウトだ。長かったな……丸二日くらいだ。
やっと隼に会える……。
ぴ、ぴ、ぴ、ぴ、ぴーん。
ものすごくリアルで、少し悲しい体験だった……ような気がする。
戻ったばかりで少し茫然としていて、何だか意識が混濁している。
すると係の人がやってきて、私のヘッドギアを外した。
「お疲れ様でした。『FANTASY OF OWN LIFE』いかがでしたでしょうか。今回のお客様のスコアはベスト10に入る成績でした。最高得点ではなかったので、記念品はございませんが、当店のゴールドカードをプレゼントさせていただきます。お帰りに受付でお受け取りください。」
と言った。スコアって何だろう。何か数字的なものを見た記憶がない。
あ、そうだ招待された相手に会わなきゃ……。
んー。結局誰だったんだろう。私をここに連れてきた人は……。
「あ、すいません。私をここに連れてきた人がいると思うのですが、その方はどちらにおられますか?」
と係の人に聞いてみた。
「はい、控室でお待ちでございます。ご案内いたしますね。」
と、私を連れて、控室の扉を開ける。
そこにいたのは、私が普段通っている病院の担当医だった。
「え?先生?……先生が私をここに招待したんですか?」
「びっくりしましたか?そうですよ、私が招待したんです。」
聞くと、朱音のセッティングしている合コンに参加する予定だったそうだが、私が来ることを知って、事前に会っておこうと思ったらしい。ついでに、手に入れたここのチケットを使って、驚かせようとしたという。
「なんだ、誰かわからないまま来たから、ものすごく不安だったんですよ。趣味が悪いですね、先生。お使いをされた方に後で謝っておいてくださいね。」
この先生はちょっとカッコいいなと思っていた先生だし、普通に誘われたら来たかもしれないのに、手の込んだことをするんだな……。
「ははは、そういわれると苦しいな。翠ちゃん、可愛いからさ、合コンで他の先生に取られたら嫌だったんだよ。だから、先に話をつけておこうと思ってね。後、せっかくの機会だから楽しんでもらおうと思ってさ。」
と言ってくれた。この後、食事に誘われた。
しかし、建物から出てから、なぜか私は耐え難い悲しい気持ちに襲われた。
何を体験したのかいまいち覚えていないのだけれど、心が折れるような出来事が会ったような気がする。心にぽっかりと穴が開いて、喪失感でいっぱいだ。
何だか、今先生の気持ちに応えることができない。
何がこんなに悲しいのかわからない。
少し混乱しながら先生のお誘いを断り、家路についた。
家に戻って、着替えもせずにベッドに倒れ込んだ。
私は久しぶりに隼のことを思い出した。
隼は私の幼馴染で、親友で、家族で、大好きで、とても大事な人だった。
大学生時代に、サークルの山登りに参加して、滑落事故に遭い亡くなった。もう7年も前のことだ。
そのことを今の今まで忘れていた。いや、思い出さないように抑え込んでいたのだ。
『FOOL』で何かを体験して戻ってきた後、なぜかそれが出てきた。『FOOL』が切っ掛けだったのかもわからないけれど、無関係ではないような気がするのだ。
当時は隼を失って、ずいぶんと泣いた。泣きすぎて何日も外に出られなかった。
漸く立ち直ったのは、何か月も過ぎてからだ。
それ以来、この人!という感じの人には出会えない。
だから合コンにも参加はしているが、いい人はいないのだ。
今私は悲しい気持ちになっているけれど、今日『FOOL』で少しだけ、懐かしいような嬉しいような体験をしたような気がしてきた。
また、行ってみたら何かわかるだろうか。
帰りにもらったゴールドカードを握りしめて、次にいつ来ようかと考えながら、私は寝てしまった。
第三話 了
第三話いかがでしたでしょうか。
第四話の開始は8/4予定です。
明日から、別の長編も開始予定です。
よろしくお願いいたします。