第七話
街の門をくぐるまでの道中、ベルフェゴールはずっと不機嫌だった。
「どうして、そんな大切なこと言ってくれなかったんですか!!」
最初に俺は「どこに行くのか」と言う問いに「無目的だから決まってない」と答えてしまった。そう、魔物討伐という目的があるのにも関わらず、だ。
こんな怒るんだったら打ち明けなかった方が良かったかな、とちょっと思ってしまう。
「悪い・・・どこに魔物がいるかなんて分からなかったから・・・」
「それじゃ嘘ついたことの説明になってませんよ。」
・・・確かに。
しかし口をすべらせたがごとき失言、これ以上説明の仕様が無い。
ふと、ベルフェゴールの表情がそれまでのムスッとした物から、今にも泣き出しそうな顔に変わった。
「私が・・・信用できなかったんですか?もともと最初から打ち明ける気なんか無かったけどあのエウリノームっていう魔物が現れたから仕方なく話した。ってことなんですか?」
「違う・・・違うけど、確かにそう疑われても仕方ない。ベルフェ・・・こんな危険な旅に付き合わせようとして、悪かった。街に着いたら別れよう。」
「・・・そうさせてもらいます。」
空は今にも沈みそうな夕日と夜の紺青色とが混ざりあっている。
その光景は、溝がある俺とベルフェとの関係と対照的だ。
俺は空を羨んだ。
街についてからのことは、あまり良く覚えていない。気がついたときには俺は宿の三階の一室の窓からぼんやりと月を眺めていた。
これで・・・良かったのかもしれない。
もしこの旅を続けていたら、ベルフェが死んでいた可能性だってある。
俺はあの太陽みたいな笑顔を思い浮かべた。
どちらにせよ、俺は目的を達成すれば元の世界に帰らなくちゃいけないんだ。別れることになっていた。それが早まっただけのことさ。
感情の部分ではまったく納得できていない。ベルフェと旅を続けたい。しかしそれではお互いのためにならないだろう。と理性がそれを押さえつける。
・・・もう寝るか。
俺はベットに入り、明かりを消した。
なんであんなに怒ってしまったんだろう。
私は宿でクロスボウの手入れをしながら、罪悪感で胸がつぶれそうだった。
大切なことを、タイミングを見失って言いそびれることだってある。
それがどうしてあの時分からなかったのか。
あんな風に別れてしまっては、彼は私が怖気づいたと思うだろう。
そんなことは無い。危険な旅でも、彼と一緒ならきっと怖くない。
でも、もう手遅れ。
結局、長い間話していない「他人」に甘えたかっただけなのかもしれない。
私は大きくため息をつくと、片づけを始めた。
・・・風が吹いている。
私ははっと、目を覚ました。いつの間にかベッドに突っ伏して寝てしまっていたらしい。
しかし室内なのに風が吹いていると言うのは・・・?
「あ、起きちまったようですね。」
「かんけーねーだろ、早いとこ仕事するぞ。」
私は後ろの壁の窓を見上げた。
窓枠に2人の男が立っていた。
「お嬢ちゃん、怖いことしねぇから、ちょっと一緒に来てくれないか。」
背の高いほうが私に言った。
「もし、断ったら?」
「こうする。」
男は右手の指を複雑に動かす。私も思わず目がいってしまう。
そのまま・・・私の意識は深い闇へと沈んでいった。
「後はこの娘連れて帰還すりゃいいんですよね?」
「そうだ。俺はまだやることがあるから先に帰っていてくれ。しっかし、ベラドンナ様は何を考えていらっしゃるのやら・・・。」
2人の男はそのまま闇に溶け込むようにその場を去る。
この様子を見ていたのは、空に上がっていた月だけ。
しかしその月もやがて雲に覆われ、見えなくなってしまった。