第三話
「・・・さて、意識を取り戻したわけだが・・・」
俺は目を閉じたまま心の中でつぶやいた。
取り敢えず、目が覚めたと誰かに気づかれる前に、自分の置かれている状況を整理してみよう。
床の冷たい感触・・・これはタイルかな。匂いは無し。僅かに聞こえるのは衣擦れっぽい音・・・誰かが近くにいるな。タイル張りとなるとここはトイレかな?いやそれならアンモニア臭が・・・
「あんた起きてんだろ?」
不意に浴びせられる言葉。
俺はそれに対し「声はおそらく前方5メートルの位置で発せられてるな」と推理を深めただけだった。
「・・・まだ寝てるんかな?」
その言葉が合図。
両手に力をこめて体を跳ね上げ、一気に立ち上がる。声を発した人物の位置を確認し間合いをつめて拳を振りぬく。
・・・それらの行動を僅か1秒弱で行った。
「起きてるんだろ」という問いかけを無視することにより、自分の考えが間違っていたのかと敵に思わせ、その一瞬の隙をついて攻撃する!・・・というのが俺の作戦。
「やれやれ・・・血気盛んなことだね〜」
俺の考え付く限り最強の一撃を、しかしそいつは掌でやすやすと受け止めた。
「私はあんたに危害を加えない。だからあんたも私に殴りかからない、理解したか?」
・・・。
取り敢えず第一撃が避けられたことにより、俺の勝つ望みは絶たれたわけだ。そう考えて拳を降ろした。
その人物は黒いワイシャツに赤いネクタイ、白いスーツを着てサングラスを掛けていた。
そして、金髪美女だった。
・・・何だ?俺は暴力団の事務所にでも監禁されてるのか?
謎の人物の服装を認識した後、俺は周囲を見回した。
床と壁は黒と白のタイル張りで、部屋の大きさは体育館ぐらいと広く、
中央に仕事机っぽいものがぽつんと置かれていた。
また壁には大量のドアがところ狭しと並んでいた。
「さて、単刀直入に言おう。君は『英雄ツアー』に選ばれた。
今から君には君にとってのファンタジーの世界『レバーレンス』に行ってもらい、
5つの大国に潜む魔物を退治し、その証拠として彼らの得物を持ってきてもらいたい。
何か質問は?」
いやいやいや、もうなんかどっから突っ込んでいいかわかんないよ。
・・・・ここで「意味わかんないんだけど」というのは簡単だが、
きっと相手はそういうことを予想してるだろうな〜
「・・・・そうだな、まず君は何者だ?」
「人に・・・」
「『人に名を聞く前に自分が名乗れ』とかありきたりなセリフ言うのなら名乗るが、
俺は岩切 勉。14歳だ。理解したか?」
美女はあきらかにうざそうな顔をしながら
「私はレリウーリア。異能を持つ者を異世界に送って英雄となってもらう、
君の世界で言うところの・・・あ〜、つあーこんだくたあ?というやつだ。」
ツアーコンダクターってちょっと違う気がするが・・・
「なぜそんなことをしている?」
「お前神様って信じるか?」
質問に質問で答えるな、と思ったがそれを言ったところで話は進まないだろう。
「俺は無神論者だ。」
「ふーん・・・まあ神様ってのはいるわけで、ありとあらゆる世界の住人を作る創世主なわけだよ簡単に言ってしまえば。その住人の能力とかはそのとき決定されるんだよね。」
「馬鹿馬鹿しいね。人間は努力しだいでどうにでもなるもんさ」
「それは単に努力できる才能があっただけ。・・・そうね、『ブスを美人という人はいても、美人をブスという人はいない』って言えば分かるかしら。」
・・・それは、確かにそうかもしれない。
「ただ神でも住人の運命に干渉することはできないわ。ただただ創るだけ。
ということは例えば住人の誰かが凶悪殺人鬼になって周りを殺しまくっても神様は止められないわけだよ。」
そりゃ困りますね。
「と、いうわけで、この『英雄ツアー』で英雄伝説を作ってその世界の住人の信仰の対象にするんだよ。それによってその世界の人間の行動をある程度制御出来るんだ。
君の世界では・・・そうだな、『イエス』って知ってるか?」
ロックグループ?違うよね。
英雄で「イエス」っていうと・・・・
「イエス・キリスト!?」
「そう呼ばれているみたいだな。あの男はもともと魔法使いの世界にいたんだ。
旅の途中で様々な奇跡を起こして見せた、って伝えられてるだろ?
そうやって課題をクリアした後元の世界に帰っていったんだ。」
「磔刑になったんじゃないのか?」
「磔刑になったのはあいつが作り出した魔法で動く人形だよ。
その後さも復活したように本物が出てったのさ。んで宗教が出来て、
それ信じる奴は己の『信条』に従って殺人とか盗みとかしなくなった。
な?こうやればまとまるだろ?」
「無論英雄ってのは聖職者だけじゃないぞ、劉備とかシーザーとか・・・」
三国志にローマ皇帝ですか。
なんだかとんでもないことになってるような気が・・・
「さて、質問はこれまでだ。命の保障は出来ないが、何年掛かろうとクリアすれば元の世界の同じ時間に返してやるから」
・・・ある程度覚悟してたがショックだな。
何年も掛かったり、死んだりする可能性があるんですか。
「お前の真後ろのドアから行けるから、行ってらっしゃい。」
ここから逃げられない以上、行くしかないか・・・
俺がドアノブに手を掛けたとき、
「あ、言い忘れてた、君には拒否権がある。もし行きたくないんだったら元の世界に返して
あげるよ。もちろん今までのやり取りの記憶は消させてもらうが。」
・・・一番重要なこと忘れてたねこの人。
俺が出てっていった後だったらどうするつもりだったんだろね。
「どうする?行くか行かないか。」
俺は行かない、と喉まで出かかったが、ふと文芸愛好会のことが頭に浮かんだ。
・・・元の時間に帰ってこれるなら、その体験を基にして小説書けるよな。それに今
帰れるっていうのがでなんだっていうんだ?つまらない日常を繰り返すことができるってだけじゃあないか。これこそ「俺の望んでいたこと」なんじゃあないのか?少なくとも刺激の無い腐った安寧の日々を送ることを盲目的に求める人間じゃあ無かったよな俺は。死んだところで心残りなんて別に無いし、こんな千載一遇のチャンスを俺は逃すのか?
「・・・行かせてもらおう!」
「よし、いいだろう。」
そういうと女は突然俺の胸に手を当てた。
「・・・・?」
「動くなよ」
その後展開された光景を見ながら「動かないでいる」というのはなかなか難しかった。
なにしろ胸から刀っぽいものがにょきにょき生えだしたからだ。
「・・・っ!?」
それは俺の胸から引き抜かれ、女の手に収まった。
「はいこれ、英雄の証。お前の精神を具現化した刀。ちょっと念じるだけで出したり消したりできるから。」
なんとまあ。これが俺の武器ですか。
その刀・・・と言っていいのだろうか、それは目の粗い両刃鋸をそのまま巨大化させたような異様な形状をしていた。
・・・なんか、主人公が初めに貰う武器っていうより、
ラスボスが持ってそうな得物だよな・・・・
「これが俺の精神かい。もっとスマートだと思ってたがな。」
「さあ?どうだろうな。さて、これで本当にお終いだ。」
女は微笑んでいるようでそうでもない微妙な表情で「行ってらっしゃい」と言った。
・・・行きますか。
俺は決心が鈍らないうちに、一気にドアを開け、記念すべき一歩を踏み出した。