第二十八話
―――とん。
軽い音と共に鬼怒川は教会の屋根に降り立った。
目の前にはこの事件の首謀者であるエウリノームが背を向け立っている。
「君一人では倒せないよ、鬼怒川君。」
火がはぜる音にかき消されないようにとやや大きめの声で呼びかける。
対する鬼怒川は無言で杖を蹴り上げ、手に収める。
武器を構えたのを見てエウリノームは苦笑し、鬼怒川が予想だにしないことを話し出した。
「君と私とは良く似ているよ、自分の目的のために手段を選ばないところとか。君が盗賊団の奴らを殺さなかったのは良心が咎めたためではない。別の目的があったからさ。違うかい?」
「・・・だったらなんだというんだ?」
「いやさ、そんな強い君と対峙できるかと思うと嬉しくてさ、ちょっと言ってみただけだよ。」
鬼怒川は冷静に観察する。
目の前のにやけている魔物はまったく構えていない。自然体である。
それがかえって不気味であった。
鬼怒川は杖を宙に放り投げるとそれに飛び乗り、同時に呪文を詠唱し始めた。
「悪しき魔物を灰燼へと帰さしめん!」
魔導師の呪文は魔導師ごとに異なる。
鬼怒川の詠唱も自作であった。
短く、強く。その考えのもとに唱えられた呪文がエウリノームを襲う。
街を覆っていた炎の一部がが立ち上がると、エウリノームに向かってしなだれかかるように倒れてきた。
鬼怒川は巻き込まれないよう一瞬早く離脱する。
飛行の魔法を展開しつつ火炎の呪文を使うという離れ業をやってのけた鬼怒川は、しかし油断していなかった。
この程度で相手が死ぬわけが無い。
そしてその予想は当たった。
全てを焼き尽くす炎の牙は黒い疾風にかき消された。
「いやあ私も久々に本気をだすことになるね。」
エウリノームの手には禍々しい大鎌が握られていた。
「さああがけ。弱者の中の強者。」
鬼怒川は大きく深呼吸をして目の前の敵をぶちのめす方法を思考し続ける。
それがまとまると、エウリノームを貫かんばかりの勢いで杖を走らせた。
一筋の閃光が殺到するのを、魔物は静かに眺めている。
そして大鎌を大きく横に振った。
二つの影が交差し・・・
「ほう・・・死ななかったか」
どさり、と倒れこんだのは鬼怒川であった。
左肩の刺し傷から血が流れる。
「今ので死ぬと思ったんだが・・・」
勝ち誇るでもなく、不思議そうに呟くエウリノーム。
鬼怒川はその瞳に深い敗北感を宿しながら、今起きた出来事を考えてみた。
本来、あの大鎌での一撃は師匠からもらった義手で防がれるはずであった。
負け惜しみではないが、自分の判断を誰も責めることはできないだろう。
そう、客観的に考えれば「斬りたいものだけを斬り、他のあらゆる物質は透過することができる」なんて魔具の能力をこの場で推測しろという方が無理な話である。
大鎌は自分の左腕をすり抜け、首へと噛み付いてきたのだ。
とっさに身を捻り首筋へのコースは外したものの、エウリノームの胸に杖を打ち込むというこちらの攻撃も断念せざる負えなかった。
鬼怒川は考える。
あの時、自分がコースを変えずに突っ込んだら確実にエウリノームは倒せていただろう。
無論、自分の命と引き換えにではあるが・・・
鬼怒川はこの時、生まれて初めて自分の行動に深く後悔したのであった。