第二十七話
「・・・こいつはひどいな。」
「そうですね・・・」
イワキリと鬼怒川は街の中ほどで杖から降り駆け出した。
戦闘のためにも、魔力を温存しておかなければならないためである。
「雑魚を始末する時間も惜しい。ここは二手に分かれて捜索しよう。」
「もし尖塔にいたら俺登れませんよ?」
「エウリノームの性格からして私達を見つけて逃げようとするとは考えにくい。そもそもこの殺戮自体私達を誘ってるものだろう。戦闘が始まったら片方が駆けつけるようにしよう。」
つまりこの殺戮も、エウリノームにとっては必要な犠牲?
イワキリは怒りで自分の言葉をよく吟味しないまま発してしまう。
「・・・先輩は、人を殺したことがありますか?」
業炎の中にも関わらず、全ての音が止んだような気がした。
「・・・無い。」
いつもと変わらない、鬼怒川龍一の声。
その事実に安堵と疑問の感情がイワキリの中で膨れ上がる。
「・・・でも先輩、虐殺堕天使って・・・」
「腕の骨を叩き折ってもう盗賊として生活できないようにしただけさ。再起不能にした数は、確かに盗賊団にたてついた人間の中で一番多いだろうな。」
そうでしたか、とほっと胸をなでおろすイワキリ。
鬼怒川がどんな顔をしてそのことを言ったのか、後ろを走っていたために気づくことは無かった。
「さて、そろそろ二手に分かれ・・・」
そこで切れるセリフ。
追いついたイワキリもげんなりな顔になる。
そう広くない道、2人の前に男が立ちふさがっていた。
口元以外全身包帯で巻かれ、左手には抜き身の刀を下げていた。
この状況で目の前の人物がただの怪我人であることを期待するほど、2人も甘くない。
数秒後、鬼怒川が口を開いた。
「・・・火事場泥棒ならよした方がいい。今の俺は・・・とても機嫌が悪いからな。」
鬼怒川の一人称が「俺」となるのは黄色信号。
彼が纏う雰囲気も普段の温和なものから徐々に変わり始めている。
「魔物ってよ〜、斬っても血が流れねーんだな。俺はさっき初めて知ったぜ。」
鬼怒川の殺気を軽く受け流す包帯男―コブラ。
「と、いうわけで、だ。ちょっとつまんなくなったから人が斬りたくなって来た訳よ。俺はあんたらの始末の任務も請け負っているから丁度都合がいいわけだ。」
「・・・先輩。」
「ああ、任せた。」
2人で当たればおそらく倒せるだろうが時間がかかる。
ここは二手に分かれるべき。
両者とも同じ結論に達した。
鬼怒川は道を引き返し、イワキリは刀を出した。
「ほおお、あんたが来るか。楽しませてくれよ〜」
コブラとイワキリは刀を構える。
そして―走り出す。
イワキリが刀を投げる。
コブラは低い姿勢から更に身をかがめ刀の襲来をかわした。
肉食獣のような態勢からコブラは刀を上段に振りかぶる。
今のイワキリは武器を手放し、無防備に見える。
勝った。
双方の思考が一致する。
イワキリは刀を呼び戻し、射程に入ったコブラに下から切り払った。
しかしコブラは動じない。
自分の腹にイワキリの刀が入る寸前、跳躍。
刀を踏み台に、空中で身を捻る。
そしてイワキリの背後を取った。
「しねえええええ!」
純白の刀を突き出そうとして・・・動きが止まった。
イワキリの後姿には微塵も動揺が現れていなかった。
なるべくしてなった状況。
明らかに勝利を確信している気配。
「っぐ!」
「理」よりも自分の直感を信じ、バック宙で2mほど離れる。
直後、イワキリの大剣がコブラがいた地面にざっくり刺さっていた。
イワキリは下から切り払うように見せ、その勢いで空中に放ったのである。
動作をやめなければ、やられていたのは明らかにコブラであった。
末恐ろしい奴。
コブラは歯を食いしばり、今は向き直って正対しているイワキリを睨んだ。
20kgはかたいあの糞重そうな大剣を、まるで手足みたいに使いこなしてやがる。
これはもう、遊んでる暇は無い。
自分の愛刀に視線を落とす。
最悪、この魔具の能力を使うことになるかもしれない。
誰もが聞けば嫌悪する狂気の能力を、この刀は有している。
だがもう手段とか言ってられる状態じゃない。
ペヨーテのことが頭に浮かんだ。
・・・信念があったらこの状況を変えられるかってんだ、あのかっこつけめ。
コブラはまるで飛び出そうとしている魚を抑えるがごとく、刀を強く握り締めた。