第二十五話
王城までは10分弱。
日常的に狩を行っていたが故に、同年代の少女より体力のあるベルフェゴールは、しかし息が上がり始めていた。
不安。それが彼女の中で渦巻いていたことが原因の一つにある。
彼女の不安。
もし自分が間に合わなければ尊い人命が無数に失われるということ。
仮に失敗をしても最悪自分が死ぬだけで済む森での生活と決定的に異なる。
その事実が彼女の心を縛っていた。
「・・・あ!」
彼女は足を止めた。
目の前に犬型のモンスターが立ちはだかった。
歯を剥き出しにして涎を流すその姿は狂犬を思わせる。
鬼怒川やイワキリなら秒殺の相手でも、ボウガンを持っていないベルフェゴールには強敵だった。
「・・・来ないで!」
ベルフェゴールは腰の短剣を抜いた。
鬼怒川が一応、ということで彼女に預けたタグリヌスの魔具である。
切っ先が自分に向いているのを見るや否や魔物は目を細めた。
慎重にこちらの出方を伺っている。
彼女は短剣を握りなおした。
自分にはきっとこの魔物を倒すだけの力も素早さもない。
しかし飛刀術ならば、あるいは倒せるかもしれない。
ベルフェゴールは深呼吸した。
重さを確かめるように強く握る。
そして一気に間合いを詰めると、4mきっかりのところで短剣を振り上げる。
途端に魔物が口を開けた。
「ガルルルルルルルルル!」
振り下ろす瞬間に咆哮が放たれた。
それに動揺した彼女は、持つ手を僅かに滑らせてしまった。
短剣は魔物の頬の横を通り過ぎる。
魔物は歓喜の表情を、ベルフェゴールは絶望の表情を浮かべる。
今、短剣を外してしまった。
残る武器はレオナールから奪った毒薬の詰まったビンのみ。しかしそれをどうやって体内に取り込ませればいい?
ビンを魔物の口に突っ込むしかない。
彼女は覚悟を決める。
しかし、決着は拍子抜けするほどあっけなかった。
脇を抜けて地面に突き立つはずの短剣が180度方向転換して魔物のこめかみに刺さったのだ。
「・・・え?」
今度ばかりは魔物もベルフェゴールも同じ表情を浮かべる。
そして魔物は傷口から全身が崩れ絶命した。
「これが魔具の力・・・?」
彼女はベラドンナのセリフを思い出す。
盗賊団は別に希少価値から魔具を狙っているわけではない。
何らかの魔力を持っているからだ。
「これは・・・とても盗賊団なんかには渡せないわね。」
拾う短剣も先程より重く感じられる。
鞘に収めると、ベルフェゴールは再び城への道を急いだ。
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