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第二十話

「きゃあ!」

ベルフェゴールは鉄棒が振り下ろされたのを見て、思わず声を上げ目を逸らした。

「い・・・いくらなんでもローグさん酷すぎますよ!」

顔を背けながら彼女は言った。それはまだ会ってから日の浅い鬼怒川でも十分に感じ取れるほど嫌悪に満ちていた。

「そんなこと、英雄のすることじゃありません!」

「何が英雄のすることじゃないって?」

その言葉に思わず振り返るベルフェゴール。

彼女の目に映ったのは・・・にやにやしているイワキリ君と苦笑している鬼怒川の姿である。

そしてギース。しかし彼女が想像していたのと大分様子が異なっていた。

「・・・あれ?」

「言ったじゃないかベルフェゴールさん。必要の無い殺人は犯したりしないって。縄を切っただけだよ。」

恐怖のためか気絶してしまっているが、ギースはこれといって変わった様子はなかった。

「よ・・・良かった・・・」

同時に、彼女の中で鬼怒川を信頼していなかったことに対する後ろめたさが芽生える。

それを押し隠すため、彼女は無理に話を続けた。

「なんていうかその・・・あまりに鬼気迫る様子だったので・・・」

「確かにそれは俺も感じました。何か魔法とか使ったんですか?」

「いいや、全然。」

鬼怒川は鬼怒川で二人の様子と先程の感情に対し、不安と疑問が頭をよぎっていた。

あの鉄棒を振り下ろそうとした刹那。彼は唐突に「この鉄棒を頭に振り下ろせたらどんなに気持ちがいいだろう」と感じていた。

それは彼がかっとなった時と同じような、暴力的で野蛮で、目に入るもの全てを壊したくなるような衝動にかなり似通っていた。

元の世界にいた頃よりも鮮明になっていく「二つ目の人格」。

彼はその事実に戦慄しながらも、他の二人に悟られないよう振舞う。

「さてそれじゃ、船を取りにいこうか。」

「先輩、危なくないですか?」

「狙撃のことだろ?ふむ、イワキリ君なら、きっと疑問に思うと考えていたよ。」

そのセリフにちょっとむっとなるベルフェゴール。

その様子を見てすかさずイワキリはフォローを入れた。

「そうですか?俺は別に深い意味があって質問したわけじゃないんですよ。なんとなく思いついたまま言ってみただけで・・・」

その返答に小首を傾げる鬼怒川。他人の表情を伺って行動したりしない彼はその発現がフォローだと言うことに全く気づいていない。

「そうなのか?まあいい。さっき私が狙撃について、心配要らないと言ったのは単に撃たれてないからというわけではもちろん、無い。ちゃんとした理由があってのことさ。捕虜の・・・えーとレオナールだっけ?そいつが尋問のとき言った『ベラドンナ様はここの近くに魔物が潜んでいると考えている』というセリフからだ。」

そこで言葉を切り、めったに見せない悪戯っぽい表情で2人を見た。

君たちには分かるかい?という仕草である。

ベルフェゴールが名誉挽回とばかりに意気込んで答えた。

「私達をセラティエルまで渡らせて、魔物に当たらせようと考えている。ということですよ

ね?」

「その通りだ。ベラドンナの性格からいっていくら捕虜になったとはいえ、身内を手にかけるというのは相当な事情があってのことだろう。それはずばり、先ほどの情報、つまりセラティエルに渡るまで手を出さないということだ。それが伝わるのはまずいから撃たせたんだよ。しかし時既に遅しというわけで、こっちは知っているわけだ。これはすごく重要な事さ。」

私の考えが間違っているという可能性もあるがね、と鬼怒川は締めくくった。

「さて、説明が終わったところでそろそろ行こうか」

ベルフェゴールが「了解です。」と返事しているのを聞きながらイワキリは考えた。

もし暗殺者の攻撃範囲がセラティエル海岸まで届くのであれば、このまま渡るのは危険だ。魔物を倒した瞬間にこちらを殺そうと考えてるかもしれないからだ。それより時間がかかるにしても今暗殺者を探して叩いてしまった方がいいような・・・

「どうしたんですか、イワキリさん?」

「ん、いやなんでもない。」

彼は考えるのをやめた。

それは鬼怒川を信用してというよりも、一々質問するのが面倒だったためである。

彼の直感も、あまり追及しなくても大丈夫だろうと結論を出していた。




「退屈、退屈、退屈・・・」

時を同じくして、セラティエル国の海岸とネレイド港の中間地点の海底で、魔物が呟いた。

「・・・やっぱり、全部の船を沈めちゃうのはやりすぎだったかしら・・・」

まどろんでいるようにゆっくりと瞬きを繰り返す。そのたびに黄色い瞳が見え隠れする。

「早く来ないかな・・・そうすればまた歌えるのに・・・」

殺されない限り死なない不老の肉体。

それはかつて魔物が人間だった頃、欲してやまないものだったが、手に押し付けられる形で得てしまった今は、この事実が悲しみとなって魔物を圧迫している。

永遠に近い存在は、最も孤独に近い。

魔物は何百年生きてきた中で、それだけが真実らしく思われた。

「つらい、つらいなあ・・・」

何度目になるか分からないセリフがこぼれる。魔物となってしまった今、涙を流すことすらできない。

後数時間でその状態に終止符が打たれることを魔物は知らなかった。




「にしても、イワキリ君もベルフェゴールさんも船を動かせたなんてちょっと意外だな。」

「そうですか?こんなの直感で何とかなっちゃいますよ?」

「私にしても本で得た知識をイワキリさんに伝えているだけですし・・・」

毎年バカンスに行っているためかヨットやクルーザーの運転についてかなり詳しいイワキリと、レバーレンスの航海術について本で一通りの知識を得たベルフェゴールによって、3人が乗った船は順調にセラティエルへと向かっていた。

鬼怒川はいつ現れるとも分からない魔物のため見張りを行っている。

「あ、なんだか急に霧が深くなってきましたね。コンパスあるから大丈夫ですけど、なんかいやーな感じですね。」

「ローグさん、魔物は・・・?」

「今のところ魔力は感じ取れない。」

そう答えつつも神経を研ぎ澄ませ続ける鬼怒川。

持ち前の集中力を発揮させる彼は、しかし2人の様子の変化に気づけなかった。

背後の足音に振り返る鬼怒川。

「・・・!?おい何やってるんだ?」

操舵輪から手を離し、ふらふらと甲板を歩き出したイワキリと、同じような状態のベルフェゴール。

そのまま海に飛び込もうとする2人を寸でのところで鬼怒川が引き戻した。

「何だ・・・いったい何が起こっている・・・?」

振り払おうとする2人を押さえつける鬼怒川は、霧の中で微かに歌声のようなものを聞いた気がした。





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