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第十三話

夜も更けたころ、黒い少女と赤い少女が片や颯爽と、片やとぼとぼと、タグリヌス国の街道を歩いていた。

ベラドンナとソテツである。

「この辺だったかしら・・・?」

他国とは比べるべくも無い狭い道。屋台が立ち並び、なけなしの金で安い杯を重ねた酔っ払いが千鳥足でふらついている。

わき道にはぼろを纏ってうずくまっている人もちらほら。

それはホームレスと一言で表せないくらい悲惨な姿態であった。

「まったく、人生投げてるわね。」

彼女はため息をつき、遠くのタグリヌス城を眺めた。

月の光を背に受けているその城は、一見すると童話に出てくる西洋の城である。

しかし近寄れば、堀の水は緑色に濁っていて塀には草が生い茂っていることが分かる。

それは荒城。

栄華を極めたタグリヌス王家も落ちるところまで落ちたのだ。

その責任の一端を担っている彼女は少し憂鬱になった。

「もう少し、もう少しでタグリヌス国を完全に我が手にできる。そうすればきっと・・・」

王家が栄えていたときだって、いつも平民は苦しい生活を強いられていた。

だから私達盗賊団が支配すれば・・・

彼女の思考は、赤い少女に袖を引っ張られることにより中断させられた。

「ん?何かしら?」

ソテツは黙って路地の方を指差す。

そこは月の光が入らず、まるで地獄へと続いているかのように真っ暗であった。

「・・・・・」

数秒考え、ベラドンナはソテツが言わんとしていることを理解した。

近道だ、と言いたいのだろう。

ベラドンナは象牙を削り込んだような、細く白い指を顎に当てて考えた。

因みに、そういった無意識な仕草の一つ一つが様々な男を魅了することを彼女はよく分かっている。

自分が美しいということを知っていて、そして美しさは武器になるということも知っていた。

「まあ、近道と言っちゃ近道だけど・・・」

この道を通れば治安の悪い城下町のこと、暴漢に襲われるかもしれない。

・・・・もちろん、戦って負けることなんて有り得ないが、あまり体力の無駄遣いはしたくない。

さて回り道するのとこの道通るのと、どっちが早く着くでしょう?

「折角言ってくれたんだから、通りましょうかね。」

その言葉を合図に、ソテツは歩き出す。

二人の少女は深い闇へと呑まれていった。




「ったく、入り口でぶっ倒れてるローグ見つけたときは驚いたね〜。いや、マジで。」

フランクな口調で俺に話しかける男は、みすぼらしい椅子に座り、みすぼらしい机に肘をついている。

それらの家具は、ベラドンナの部屋のようにアンティークな雰囲気を醸し出しているわけでもなく、家主にもっと丁寧に扱ってくれと非難の声をあげているように思える。

蝋燭の明かりでも分かるぐらいに汚い小さな窓から、月の光が床へと伸びていた。

周りの空間には、大量の本を詰め込んだ本棚がいくつも並んでいた。

中の本のどれ一つとして埃を被ってないところを見ると、どうやら全ての本を定期的に読み返しているらしい。

ある意味すごい。


時は1時間前までさかのぼる。

俺は倒れた部長に驚いて名前を呼び掛けているうちに、ベルフェゴールが大声で家主を呼んだ。こういう時彼女は俺と違って冷静である。

俺は最初、出てきた男が主人だと思えなかった。

二十台中盤、といったところだろうか。

さらさらの黒髪。細めの目。額から左の口角にかけての大きな切り傷が目立つ。

見目美しいと言っても差し支えない顔立ちを、それが台無しにしていた。

白髪の好々爺を想像していた俺は、出てきたのが執事か用心棒だと勘違いした。

「あの、すいません、この人が・・・」

「おおっ、弟子じゃないか。」

その男は屈むと部長の顔を覗き、「間違いない。」と言ってうんうんと頷いた。

そして部長の左腕が無いことに気づいたのか、「これは大変だ。」と明らかに本心から言ってなさそうな感じでセリフを吐いた。

そして腰に差していた杖を抜き、呪文の様なものを唱えると、部長の体をふわりと浮かせた。

「・・・・・」

俺とベルフェゴールがその家に上がったのは、家主が完全に俺達のことを無視して部長を運んで家に入ってしばらくしてからだった。


「おいおい、よもや聞こえていないのではあるまいな?」

「・・・え、あ、はい。」

放心状態だった俺は何にも聞こえてなかったのだが、正直に答えても怒るだろうから嘘を言った。

「・・・・」

「・・・・」

「やっぱり聞こえてなかっただろ?」

「・・・すんません」

今度から嘘はつかないようにしよう。

「ん〜何話してたんだっけ。あ、そうそう君と弟子との関係だ。弟子は確かセラティエルに仕官したとか話してたが、君も関係者かい?」

「えーと、俺魔物ハンターなんですよ。せんぱ・・・ローグさんと一緒に。」

俺は証明書をポケットから出して見せた。

「むむむ、なるほど〜。それで何があったんだい?弟子の腕を取るってのは普通の魔物じゃあないね。まさかまさか、『五つの座』とかだったりしちゃう?」

「なんですか、それ?」

家主の男は俺の返答に眉をひそめた。

「・・・君狩人だよね?もしかして知らない?ん、知らないの?」

今までの会話の流れから、この人物が使用人ではなく部長の師匠であることはおそらく間違いないが、一々勘に触る言い方である。

「何分、実力に知識が追いついていないといいますか、実戦ばかりだったんで。」

男は俺の大風呂敷に不快な顔をするかと思いきや、「それはいけないね」と真面目な顔で言って背後の本棚から一冊の本を抜き出してテーブルに置いた。

「読んでみたまえ。魔物に関しての記述が詳しく載っている。」

「あ〜すいません、俺文盲でして・・・」

「おいおい良くそれで専属ハンターになれたな・・・」

情けないが、こればっかりはどうしようもない。

「仕方ない、そこの記述を読んであげよう。」

男が喋ろうと口を開いたとき、室内にベルフェゴールが入ってきた。

「ローグさんは落ち着いたようです。今ベットで寝ています。」

喋るタイミングを失った男は開いた口から代わりにため息をついた。

「自家製の鎮静剤が効いたんだろう、とりあえず安心だ。あ、そういえば二人の名前をまだ聞いてなかったね、良ければ教えてもらえるかな?」

「イワキリ・ツトムと言います。」

「ベルフェゴールです。お二人の狩のお手伝いをさせていただいています。」

男は咳払いをした後、自己紹介した。

「名はギドー。元セラティエル国魔法研究部門責任者にして、この砂漠の住人。世間に見限られた隠者さ。」

そう言って笑う彼の顔は蝋燭に照らされていて、最初の印象よりずっと老けて見えた。





時を同じくして、ベラドンナもまた自分の判断の甘さに自嘲気味に笑っていた。

「やっぱり、やめといた方が良かったわね〜」

今彼女を支配する感情は恐怖でも焦燥でもない。

やるせなさである。

前方には馬鹿っぽい顔をした兵隊崩れの男が3人、ベラドンナとソテツを見てにやにやしていた。

無論彼女は知る由もないが、この3人はセラティエルでベルフェゴールにからみ、イワキリの登場で尻尾を巻いて逃げ出した男達であった。

「お嬢さん方、夜はここら辺は治安が悪いですぜ、明けるまで家に寄ってきませんかい?」

「勿論俺達ゃお嬢さん方には何もしませんぜ・・・たぶんね。」

下品に笑う男達。隣を見ると早くもソテツがワイヤーを抜きかけていた。

「ここは私に任せなさい。」

ベラドンナが小声で耳打ちする。

そして男達を見据えた。

ソテツのワイヤーなら確実に始末できるが、それでは足りない。

軽く見られたツケはそんな軽くないのだ。

「すいませんが、そこを通していただけませんか?私達急いでいるものですから。」

「だぁかぁらぁ、ここらへんは危ないから俺達の言うとおりにしろってーの」

リーダー格の男がベラドンナの肩に手をかけた。

彼女はその男に、優しく微笑む。

「喧嘩は、相手を見てから売ることね。」

「・・・え?」

男は異変に気づくのに多少の時間を要した。

程なくして、彼の顔は苦悶に歪んだ。


「あーすっきりした〜」

晴れやかな笑顔とともに吐き出されるセリフ。彼女の周りには男達の死体が転がっている。

全員、苦しみに顔が捻じ曲がってしまっている。

しかし、男達の体には一切の外傷が無かった。

男達の死因は窒息死だった。

そんな顔を眺めながら、ベラドンナは明るく笑う。

彼女自身も気づいてないが、深層心理のレベルで彼女はイワキリに逃げられた鬱憤を晴らしたいと思っていたのだ。

そしてその笑顔のままソテツに問いかける。

「こんな社会の害悪でも、体は一人前にたんぱく質で構成されているのよね〜。こういう奴らって、魔物とか肉食獣に早いとこ食われちゃえばいいと常々思うんだけど、どう思う?ソテツちゃん。」

問いかけられた赤い少女は無表情のまま小首をかしげる。

分からない、というジェスチャーである。

ほんとに、この子が喋る所を見てみたい。

ベラドンナだけではなく、誰もこの赤い少女と話したことが無かった。

それ以前に、この少女の声を聞いたものすらいなかった。

「・・・ま、いいわ。早く行きましょ。」

ベラドンナは黒いカクテルドレスの埃を払うと、ソテツを促した。




「む?ここは・・・?」

目を覚ますと、汚れがこびり付いた天井が見えた。

上半身を起こすと、自分がベッドに入っていることが分かった。

そこは自分がよく見知った部屋だった。

「師匠の家・・・か・・・」

そこまで考えると、睡眠から覚めた脳が本格的に始動し始めたのか、家の玄関で苦痛のあまり倒れたことを思い出す。

「ベットに寝かされていた・・・あの時と同じシチュエーションだな。」

また、あの軽薄そうで実際は真面目な男に借りを作ってしまったか。

外を見ると、月に煌々と照らされた砂漠の風景が目に入る。

時折風が吹き、空中を舞う砂が地に複雑な陰影を形作っていた。

ふと、今何時か気に掛かった。

左腕を斬られた今、腕時計は手元に無い。

そして部屋にも時計が無かった。

「ここで、義務教育の成果を発揮させてもらうかな。」

私は再度月を見た。

三日月で地平線近く。方角は西だから、大体今は6時頃かな。

・・・・・あ。

ここは異世界だから月の出の時間は日によってばらばらなんだった。

と言うわけで時間は分からない。

「ふふふ・・・・ははははは。」

もうこの世界に何ヶ月もいるのに、忘れていたとは情けない。

まったくもって情けない。

結局強がっていても、年相応に抜けているということだ。

そんな自分がたまらなく可笑しかった。

私はひとしきり笑った後、自分の左腕が妙に重いことに気づいた。

「・・・?」

私はもう消失しているはずの左腕を布団から引き抜いた。

「・・・ほう、これは・・・・」

肘から先には義手が取り付けられていた。

メタリックな質感。左腕だけアニメのサイボーグみたいな感じだ。

試しに指を曲げ伸ばしてみようか。

「しゃきんしゃきーん、とな・・・。ふむ、いい感度だ。」

生身の右腕と同じように、その義手は滑らかに、ごくごく自然に動いた。

「どれくらいの力が出るかな?」

隣の机に食事が置かれていたので、お盆の上のリンゴを持ち、力をこめてみた。

「ぐしゃり・・・とね。」

リンゴは私の手の中でバラバラになり、床に転がった。

申し分ない義手だが・・・・

「この義手で、剣道出来るかな・・・?」

まだ帰れるかどうかすら分からないのに、私は一人、そんな事を考えていた。

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