第十二話
俺達3人を乗せた鉄杖はしばらく飛行した後、ゆっくりと砂丘へ着陸した。
見渡す限り一面の砂漠。
部長のスタート地点がタグリヌスの砂漠だという話だから、ここがタグリヌス国なのだろうか?
部長が口を開いた。
「自己紹介がまだでしたね。セラティエル国軍第三部隊所属、今はイワキリさんの補助を任されているローグ・ベイモンと申します。以後お見知りおきを。」
ベルフェゴールに向かって優雅に一礼する。偽名使ってんですか先輩。
・・・それより部長。いくら俺達の関係を知られたくないからって、今までため口だったのにいきなり敬語じゃ怪しすぎですよ・・・
案の定、ベルフェゴールはすぐに感づいた。
「あの、イワキリさんとは・・・?」
「え?それは、まあ、主従関係・・・」
「先輩もういいですって。」
俺は先輩に言った。
そしてベルフェゴールに向き直る。
「ベルフェ、一緒に旅を続けてくれないか?」
唐突な質問に彼女は少し驚き、そして笑顔で答えた。
「もちろん、イワキリさんがそう望むのなら、喜んで。」
「そうか・・・。ベルフェ、今から俺は実に信じがたい話をするけど・・・」
「おいイワキリ・・・さん」
俺を止めようとする部長。
俺が何を話そうとしているのかに気づいたのだろう。
しかし俺の決意は揺るがない。
ここまで来て彼女を突き放すわけにはいかない。
・・・なんていうのはただの建前。本音は一緒に旅したい。それだけ。
でもま、理由はそれだけでいいだろう。言う必要性なんて考えるだけ馬鹿らしい。なんてったって俺は直感で生きてきた人間なんだから。
「俺達は異世界・・・つまりここではない世界から来たんだ。」
「・・・え、そ、それは一体・・・?」
「ここの世界の魔物を倒すために、別世界から連れて来られた一般人ってわけよ。」
俺は話しつつ、ベルフェゴールを観察する。
その顔は困惑で塗られている。
「海の向こう・・・ってことですか?」
「いや、違う。ん〜なんて言えばいいのかな・・・俺もうまく言えないんだけど・・・」
「じゃイワキリさんは魔物をを退治するために天から遣わされた天使、ってことですか!?」
「いやいや、俺はそんな大層なもんじゃないんだよほんと。ただくじに当たったってのと同じ程度だから。」
「・・・でも、イワキリさんは天から見込まれたから魔物退治を使命されたんでしょう?」
「まあそれはそうなんだけどね。俺達をここに来させた奴によると、魔物退治自体が目的ってわけじゃないみたいなんだ。あくまでそれは手段・・・」
ここで俺は言葉に詰まった。
魔物を退治することでその地に英雄伝説を残し、信仰の対象にさせる・・・
はたしてそこまで言っていいものなのか。ベルフェゴールだってここの世界の「住人」だ。
その「住人」に真の目的を話していまうのは・・・
俺が迷っていると、部長が助け舟を出してくれた。
「まあ最終的な目的は我々の成長かな。魔物退治するという艱難辛苦を乗り越えられれば何かを得られる、ってね。そんな感じだ。」
さすがは部長というか、うまい誤魔化しだな。
ベルフェゴールは困惑していた顔に、今度は驚きと感動を浮かべうっとりとなっていた。
「そんな素晴らしい方たちと冒険できるなんて・・・私って本当に幸せですね。」
「そう言っていただけるとありがたい。」
部長も笑って答えた。しかしふと真顔に戻る。
「さて、そういうわけで我々は魔物退治に行くわけなんだが・・・」
顔を伏せながら言った。その表情はまるで皿洗いを手伝っていた子供が誤って皿を割ってしまったり、障子を破ってしまった時に見せる表情だ。
普段の部長なら絶対見せない顔。
俺は不安になって言った。
「・・・何か問題があるんですか?」
「ここは盗賊共がはびこっているタグリヌス国だ。だからすぐにでも他国へ移動しなければならないのだが・・・不覚を取った。」
「怪我したんですか?」
そういうと部長はゆったりとしたローブをまとった左腕を上げた。
肘辺りから先の布が垂れ下がってしまっている。
俺は数瞬後、事の大きさを知って青くなった。
「!!、ちょ、先輩、う・・・うで!」
「どうやら戦闘中に斬られてしまったらしいな・・・一体誰が、どうやったのか想像もつかん。」
「そんな事よりも先輩止血!」
「あわてるなイワキリ君。水系統の呪文で患部を凍らせているから止血は済んでいる。」
「あのローグさん、これから片腕で冒険するつもりだったんですか・・・?」
ショックから立ち直ったベルフェゴールが言った。
「そうですよ先輩、これから・・・どうするんですか?」
「義手を作って貰う。幸いあてはある。」
そう言うと不敵に笑った。
ついさっき片腕を失った人間が見せる顔ではなかった。
その豪胆さ、冷静さ。
部長とはもう2年間の付き合いになる。普段の学校生活でも決して甘く見ているつもりは無かったが、この人物はそんな俺の認識を遥かに超えた傑物だったようだ。
改めて部長を見直したところで、本人が「私の知り合いが近くに住んでいるんだ。」と言った。
そして辺りを見回し、「確かこの辺だったと思うが・・・」と呟く。
俺もつられて周囲を見る。
地平線近くの砂山の上、小屋がぽつんと建っているのが見えた。
「先輩、小屋が見えますけど。」
「そこだ。そこに私に魔法を教えてくれた師匠が住んでいる。あの人ならおそらく義手を作れるだろう。」
なるほど。確かに魔法の師匠って言うのは何でも作れそうな感じではある。
小屋へと歩いていく最中、俺はずっと気になっていた事を部長に尋ねた。
「先輩、どうしてあそこが分かったんですか?」
「君と灰色の奴が扉を通ったときにだな・・・」そこまで言うと部長は顔をしかめた。左の傷口をしきりにさすっているところを見ると、どうやら今になって痛んできたらしい。
まあ腕を無くしたんだから、当たり前と言っちゃ当たり前だが。
「ちらっと見えたんだよ、砂山とあそこの小屋がね。だからあいつらがタグリヌスのこの辺りにいることが分かった。別にそれだけなら君を追いかけたりせんのだが、あの灰色の男を見たときに誘拐した奴らが『ブルー・ワイルドエンジェル』だと分かった。あの組織が身代金誘拐なんてちゃちなことするはずがないから、何か裏があると思って駆けつけたのさ。セラティエルとここは隣国だから距離的にも近かったしね。」
まさに間一髪。と部長は笑った。しかし額の冷や汗までは隠しきれない。
俺は痛みから気を逸らすだけでも、と思い会話を続けた。
「先輩、随分詳しいですね。」
「あいつらの私を見つけた時の反応を見ただろう?修行時代・・・と言ってもほんの2ヶ月なんだが、私はアルバイトと魔法の試し打ちを兼ねて賞金稼ぎをやっていたんだ。タグリヌスの盗賊を他の4国は良く思っていなかったみたいでね、依頼には困らなかったよ。そんなわけで仕事を重ねていくうちに『虐殺堕天使』だなんて通り名を貰ってしまった。」
部長の呼吸が荒くなる。掌の汗が砂の上に落ちて、瞬く間に吸い込まれていく。
これ以上喋らせるのは逆効果、と思った俺は船の上で起きたことを話すのを後回しにし、「もうすぐですから、頑張ってください」と声を掛けるに留まった。
砂山の一軒家、入り口の扉に倒れこむようにして部長は気絶した。