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第九話

城の門から出るまで、俺達は無言だった。

俺はあの顔を見たとき「部長」という言葉が喉まで出掛かった。が言わなかった。

世の中には(ここは異世界ではあるが)同じ顔の人間が3人はいるって言うし、今、ここで部長に会うなんてのはそれこそ南極でホッキョクグマを見つけるに等しい確率だ。ありえない。

大体もし部長なら俺を見たときに何らかの反応を見せたはずだ。

それに王は言ったじゃないか「ローグはおるか?」って。

以上の事実から俺はこの人物を部長とは別人と判断した。

「色々とご迷惑をお掛けするかもしれませんが、何とぞよろしくお願いします。」

取り敢えず俺が口火を切った。

「・・・・・。」

部長似のこの男はじろり、とこちらを一瞥するとまるで聞こえなかったかのようにそのまま歩みを進めた。

・・・何か失礼なことを言ってしまったんだろうか。

「あの・・・何か失礼なことを・・・」

「こういう時は直感を信じろ。生半可な推測は間違った判断を生む。岩切君には私が鬼怒川龍一以外の誰かに見えるのか?」

・・・マジで部長でしたか。

「いや・・・何と言いますか、こんなところで会うことになるなんて・・・」

「私も君を見たとき驚いたよ。」

ぜんっぜん驚いているようには見えませんでしたが・・・

「先輩、仕官しているってことは、ここでは長いんですか?」

「文芸愛好会の会合があった日の帰路で『英雄ツアー』のパンフに吸い込まれた。ここでは3ヶ月ってところだな。君はいつ、ここに来たんだい?」

「飲み込まれたのは同じ日です。ここではまだ一日しか過ごしてません。あ、後スタート地点は森でした。」

「そうか・・・一人でここまで来るのは大変だったろ?」

「いや、数時間後に森に住んでいる女の子に会って、その案内で来たんです。」

ベルフェゴールの話はあんまりしたくなかった。どうしても彼女の輝く笑顔がまぶたの裏にちらついてしまう。

「ほう、それは奇遇だな。私はタグリヌスの砂漠からのスタートだったが、私もそこの住人に助けられた。まるで運命の流れに乗せられているようだな。あのままなら私は餓死してた。」

部長はちょっと笑った。たぶん冗談で言ったんだろうが、俺は「運命」という言葉にはっとなった。

ありえない、と言うほどでもないが、ちょっと出来すぎてやいないだろうか?2人の異世界から来た男が、理想的とは言えない環境から冒険を始めて、程なくして住民に助けられるなんて、まるであらかじめそうなるように仕組まれていたみたいだ・・・

先輩の言葉が、俺を思考の海から引き上げる。

「私はツアーコンダクターを名乗る人物から魔物退治を命ぜられたが、君のミッションは?」

レリウーリアのことを言っているのだろう。

「同じです。武器を奪ってこいと。」

「なら都合がいいな。これから行動をともに出来る。君みたいに強い男と冒険できるとは心強いよ。」

先輩もおそらく俺の闘いを後ろから見ていたのだろう。それは本心から出た言葉に違いない。

・・・しかし、どうもこの人の口から発せられると全部皮肉に聞こえてしまう。

つくづく損な人だ。

・・・いや、そう思うのは俺だけか?

「先輩は戦闘経験はありますか?」

「ライオンほどの大きさの魔物を3体、盗賊を1000人程叩きのめしたが、それだけだ。」

それだけって先輩・・・

ってか先輩魔導師じゃ無かったんですか?

叩きのめしたって、思いっきり物理攻撃じゃ・・・

「あの、失礼ですが、先輩はどんな魔法が使えるんですか?」

「さっき話した砂漠の住人が魔導師だったんでな、その人に弟子入りして本来3年で修める魔法の基礎を2ヶ月でマスターした。火、風、水、土の4大元素ならある程度使えるよ。」

3年掛かるところを2ヶ月。普通ならあり得ないが、俺は信じた。1日で200枚の原稿を仕上げるという偉業を成し遂げた部長の集中力はある意味、俺の視力より驚異的だ。


先輩によると、魔法はこの4大元素に大分されるらしく、それぞれを組み合わせて使うらしい。

また良くファンタジーにありがちな「魔法学校」みたいなものも無く、魔導師の家に住み込みで修行をするそうだ。そのため呪文を詠唱する、しないや魔方陣を使う、使わないなど数多くの流派があるとのことである。

う〜む、強い。戦士とかと比べて魔法使い優遇されてるよこりゃ。

「魔導師はやっぱり、限られた人間しかなれないんですかね?」

「そんなことは無いが、向き不向きはあるな。相当な努力と想像力が必要な職だから皆あんまり外に出ない。少なくとも運動好きにはなれないよ。」

運動好きにはなれない職、か、なるほど。

となると身体能力は皆劣っているということか。

魔法だって発動に数瞬の間が必要だろうし、俺が思ったよりは魔導師は強くないみたいだな。

「ま、私は例外だがな。本来魔法の練習に当てる時間を・・・」

そういうと部長は右手を前方に差し出す。

杖がその手に出現した。

長さは2mくらいだろうか。手首ぐらいの太さの鉄棒になにやらわからない文字が隙間無くびっしり刻まれた得物だった。

王の杖みたいに宝玉ははまっていない。

「魔導師の最大の弱点とも言える接近戦の練習に使った。」

ビッと杖を振る。

剣道部のNo.2とも言われたかつての部長の振りよりも、それは更に速かった。

これなら盗賊相手に肉弾戦でも引けを取らないだろう。

・・・もしかすると今の部長の実力なら俺に匹敵するかもしれない。

「それが『英雄の証』ですか?」

「そうだ。君の刀と同じく、出したり消したりできる。」

「頼りにしてますよ、先輩。」

「そういう君も強いだろうが。」

俺達は顔を見合わせて少し笑った。


「そいつ」が視界に入るまで、俺達は無言でエイムへの道を歩いていた。

「あれ、あの人何やってんでしょうね?」

「む・・・邪魔だな、あの男。」

エイムへと通じる間道で、その男は立ちふさがっていた。

「イワキリさんで間違いありませんね?」

10mほど近づいたところで、男はいきなり声を掛けてきた。

そいつは灰色の上着に灰色のズボン、灰色のコートを羽織っていた。

その顔からは表情が抜けきっている。おそらく人を傷つけても罪悪感を感じないタイプだろう。

正直に言うかちょっと迷った後、俺は答える。

「まったくその通りだが、なんの用だろうか?」




「僕」の任務はイワキリという男を「船」へと導くこと。

初めベラドンナ様から聞いたときはそんなの連絡係にやらせろよ、と思ったがこうしてその人物を前にしてみて、俺のこの仕事に対する意識が変わった。

その鋭い目は、直感と観察結果とを合わせて考慮し、正しい結論を出せるタイプの人間だと語っていた。並みの人間では例え切り札を持っていてもこの男を船へと引き込むことは出来ないだろう。警戒される。

だから「僕」が抜擢されたのだろう。

「ブルー・ワイルドエンジェル」交渉係のこの僕が。

しかし・・・隣の魔導師の男。

かつてタグリヌスの盗賊に「虐殺堕天使」と称された賞金稼ぎだ。

「僕」もこの男に両腕を叩き折られた。

向こうは気づいていないようだが・・・

どこに消えたのかと思ったら、セラティエルに仕えていたのか。

この男が側にいるのは厄介だ。「ブルー・ワイルドエンジェル」の名前で脅迫することが出来ない。

引き離さなければ・・・

僕は「交渉」を開始する。

「あなたは確か、ベルフェゴールさんと仲が良いようですね。そんなあなたに伝えるのは心苦しい限りですが・・・」

「ベルフェゴールがどうしたっていうんだ?」

イワキリの顔が僅かに歪む。どうやら感情を隠すのはうまくないようだ。

「ちょっとまあ、我々の方で『お預かり』してるんですよ。無論お怪我の無いよう丁重に扱ってはおりますが・・・」

イワキリは手に刀を出現させると、無言で僕の喉に突きつける。

「僕はあなたにこの事実を伝える伝言係であり、ベルフェゴールさんのいる場所まで案内する案内係です。僕を殺してもあなたにとって得はありませんよ。僕の代わりなんていくらでもいますから。」

ま、代わりがいるっていうのは嘘だけど。

僕はちょっと言葉を切り、続ける。

「あなたにお願いしたいのはほんの、少しばかりの『代金』です。そうすればベルフェゴールさんをお返しします。」

僕はベラドンナ様愛用の水晶玉を取り出す。

それは空中に浮かぶと光を放ち、部屋に監禁されているベルフェゴールの様子を映し出す。

「この通り無事です。来ていただけませんか?」

「ここに連れてくるんだ。」

「それはできません。ベルフェゴールさんに途中で逃げられてしまったら、信用していないあなたは僕達を殺すでしょう?あなた程強い方を、僕達の誰かがどうこうできるわけもありません。国の直属のハンターでしたら僕達の欲する『代金』なんてすぐに手に入れられるでしょう?あ、後お連れの方には申し訳ありませんが来るときはイワキリさん1人で、ということでお願いします。魔導師の方に攻撃されたらひとたまりもありませんから。さて、少し時間をとりましょう。よく考えてください。」

結果は見えているけどね。




なんてことだ・・・俺がついていれば・・・

俺は横にいる部長に事情を話す。

「なるほど・・・君が世話になった女性が、別れた街で誘拐された、ということか。」

部長は唇を舐める。言うか言うまいか迷っているときの部長の癖だ。

「今から私はひどいことを言うが・・・どうか怒らないで聞いてほしい。その女性だが、「見捨てる」と言うのも1つの手だぞ。」

「え・・・」

「我々の目的は魔物退治だ。戦力も2人で十分だろう。」

俺は思わず部長を睨みそうになり・・・こらえた。

あくまで部長は「選択肢」を提示しているに過ぎない。俺は観察眼には結構自信がある方だが、感情的でその目が曇ることも多い。

その点部長は恐ろしく冷徹だ。感情の起伏が無いわけでは無いが、それが思考に結びつかない。自分の取りうる行動全てを冷静に分析し、いくつもの選択肢を導き出す。

・・・まあそれもキレてなければ、の話だが・・・

「・・・俺はその選択には反対です。ここで助けに行かなければ名折れです。」

「君ならそう言うと思った。・・・もし本当に『見捨てる』って言ったらどうしようかと思ったよ。」

にやり、と笑う部長。

「無論、ただ敵の身代金の取引に応じるだけではつまらない。隙をついてその女性を助け出し、逃げる。そのつもりだろ?」

「いや、違います、先輩。」

俺もにやり、と笑う。

「逃げるのではなく、足腰立たなくなるまで叩きのめしてやります。」




「さて、時間です。そろそろよろしいですか?」

「僕」は問いかける。

「行くよ。ただその前にいくら払えばいいのか教えてもらえるかな?」

僕は金額を告げる。それは本当に大した金額ではない。本来の目的ではないからだ。

「僕」はもう部屋の様子を映していない空中の水晶玉に告げる。

「水晶よ、己の片割れとの間に道を作り、僕と客人を通せ。」

水晶玉がさっきと同じように光り、ドアへと変わった。

「ここをくぐれば僕達のアジトです。」

ベラドンナ様に目通り叶うとは幸せな奴だ。




俺は先輩に言った。

「エイムの街で待ち合わせましょう。」

「む、理解した。」

俺は敵地に赴くべく、刀を仕舞うと服装を整えた。

案内係に促され、俺はドアを抜けた。


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