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幸いにもわたしはゲームの内容を知っている。どんなフラグがあるかも、だ。
まずはフラグが立つのを回避して、もし立ったとしても折る!
そんな遊び方だってありでしょう?
誰にともなく話しかけるように、花梨は自分に決意表明をした。
そんなことを知るはずのないクラウスは花梨をお姫様抱っこしたまま目的地まで着々と歩を進める。レッドもそれに続く。
ボワの群を倒したあとは何事もなく移動できた。
あっという間に目前に町並みが見える。
「あれがランディア郊外の町だよ」
クラウスは町を指して言った。
花梨はふと気付く。
人前でイケメンにお姫様抱っこされている、なんてそんな恥ずかしい状況たまったもんじゃない。
「あ、あの、クラウスさん、もう歩けるので降ろしてください!」
赤面したままの花梨は恥ずかしさのあまり涙目だ。
クラウスは少し考えたあと、大事な物を扱うかのようにそっと花梨を降ろした。
降ろされた花梨は地面を踏みしめて足に力が入ることを確かめた。問題はない。
「クラウスでいいよ」
突然クラウスは言った。
不思議そうな表情をして、クラウスを見る花梨。
「さっきクラウスさん、って言っていただろ?さん付けはいらないよ」
穏やかに笑うクラウス。
パチクリと瞬きを数回した花梨は、神々としたオーラのクラウスから目を背けたい気分でいっぱいだ。すさんだ心には目の毒である。
「オレのこともレッドでいいぜ。さん付けなんて気持ち悪ぃしな」
まさに気持ち悪いものでも見たような顔で言うレッド。
確かに意図していないとはいえ、お世話になる人たちなわけだし呼び方はフランクでもいいかもしれない。そう感じた花梨は次から呼ぶときはフランクでいこうと決めた。
町の中に入った一行は町の中でも目立つ1件の大きな建物に向かって歩いていた。
ロンバルディアの首都ランディアといっても、この町は郊外のためか中心部に比べてもいくらか落ち着いていた。
町の中心にある大きな建物は役場のようなものらしく、公的な施設のようだ。
大きな建物に近づくにつれ、人の数は増えてきている。
町の中心に店などが集中しているのだろう。
花梨は町をキョロキョロとせわしなく見回しながら情報収集に余念がない。
町の中心は人で賑わっており、活気にあふれていた。
ランディアの中心部に行けば、もっとたくさんの人が賑わいを見せていることだろう。
ファンタジー系のゲームでよく見る村人の格好をした女性が、店で食材を買っている姿がそこかしこで見られる。
ご飯の時間が近いのだろうか。
ふと、花梨は制服のポケットに入れていたスマートフォンをこそっと取り出し時間を確認した。
画面に現れた数字はちょうどお昼前の頃合い。
そしてあたりまえのように電波圏外。
案の定の結果に小さなため息をつきつつ、再びこそっとスマートフォンを戻す。
一際賑わう店の前で、
「ここだよ」
クラウスがそう言いながら立ち止まり花梨を振り返る。
そこからはガヤガヤとした騒がしいような声が聞こえている。
外観的には酒場か食事処といったところだろう。
そして、その建物の二階のベランダのような部分にはゆらゆら揺らめく木の看板が存在感を放つ。
そこには見慣れた英語表記で、こう書かれていた。
『Eternal Dusk』
それは2人が立ち上げた事務所で、いわゆるトラブルバスター的な事を請け負っている。
ロンバルディアは緑が多い分モンスターも多く、その被害も多岐に渡る。
国民からの被害届が国に出され、国の兵士達が討伐に行くことになっているのだが、手続きがとても面倒でお金もかかるため普通の庶民には手が出しにくい。
そんなときに活躍するのがトラブルバスターで、国の代わりに討伐依頼が寄せられる。
もちろんモンスター討伐は誰でも出来るわけではなく、国の許可が必要である。運転免許のようなものだ。
その許可をもらった者だけがトラブルバスターとして生計を立てる事を許され、事務所を構えることができる。
資格を得るのには、試練としてかなり強力なモンスター討伐をこなさなければならず、命を落とす者も少なくない。
クラウスやレッドもそのクエストをこなし、トラブルバスターとしての資格を得て様々な依頼を請け負っている
今回も、農作物を荒らすボワの群を退治して欲しい、という依頼があったのだろう。
看板を見た花梨は、攻略本の設定ページを思い出していた。
「ここが僕たちの事務所なんだ、さあ中にどうぞ」
クラウスは酒場の戸口に入りながら中に入るように促す。
一階の酒場から上に上がるようだ。
クラウスを追い越すようにレッドはさっさと中に消えて行く。
花梨がクラウスに続いて酒場の中に入ると、かなりの喧騒に包まれていた。
酒場とはいえ食事もできるためか人がたくさんいて、楽しそうに食事をしていた。
その中の一人がクラウスに気づき、
「よぉ!おかえり、ボン!しっかり狩ってきたか?」
にこやかに言った。片手にはビールジョッキ。実に楽しそうである。
そして花梨の姿を見ると、
「おいおいおい、なんだよ、ボン。狩りに行って女の子まで狩ってきたのか?」
と、ニヤニヤと言い放つ。
それに反応した他の客も、なんだなんだと入り口に視線を向ける。
「パズさん、いいかげんボンって呼ぶのやめてくださいよ。それに彼女は始まりの森で困ってたので来てもらっただけです。マスター、僕たちは事務所に行きますね」
苦笑いのクラウスはパズと呼ばれたおじさんに弁明し、店の店主に事務所に行くことを伝える。
その間、花梨はいたたまれない気分で下を向くことしかできなかった。
いつになったら醒めるんだろう。
醒めた後に事故の後遺症で身体が痛いのも嫌だけど、イケメンに囲まれるのももう嫌。
3人目が現れる前にはやく夢よ醒めろ!
花梨の心の叫びが聞きとどけられるのはいつになるのか、それは誰にも分からない。
今はこの『ラグーン クエスト』で生きていくしか、花梨の選択肢は存在しないのだから。
これにて第1章は終了です。次は新たな攻略キャラクター登場します。