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結果的にいえば、レッドの言う通りなんとかなった。
力を込めるとナイフの周りに何かモヤモヤしたものがまとわりついて、ナイフを振るとモヤモヤしたものが衝撃波となって敵に向かって飛んでいったのだ。
だが、ある程度の近さがないと衝撃波の威力が弱まるようで当たったモンスターはビクともしなかった。
一応ボワは雑魚モンスターであるが、さすがにへなちょこな攻撃で倒されるような弱さではないようだ。
「なるほど、要は威力の弱まらない距離で攻撃を叩き込めばいいのか……」
花梨はブツブツと独り言を言いながら、目の前のボワとの距離をつめる。
その間に2人は鮮やかに敵を蹴散らしていく。
花梨の前のボワは助走するように前足を動かす動作を始めた。
「攻撃は直線的なはずだから、横に交わして攻撃を叩き込む!」
1匹のボワが花梨の場所を確認するように見たあとまっすぐ走りはじめる。空気抵抗を無くすためか顔を下に向けて走るために前は見えていない。
花梨は一度横にズレてから迫るボワに合わせてナイフに力を溜める。不思議なエネルギーがナイフの周りをまといはじめる。
そしてボワが花梨の横を通り過ぎようとした瞬間、花梨はナイフをボワに向かって振り下ろす。
ヴォォ……。
ダガーナイフとその衝撃波をモロにくらったボワは、呻き声を上げてその場に倒れた。
直後、倒れ絶命したモンスターを前になぜか花梨の手は震えていた。
初めて命を奪ったというき恐怖に。
ナイフを持つ右手の震えをなんとか止めようと左手で右手首を抑えるが効果は無かった。
確かに倒したのは人間に害をなすモンスターであるが、ゲームで倒すのとはわけがちがう。
やらなければ、自分がやられる。仕方がないこと。
花梨はそう自分に言い聞かせる。
そんな花梨の気持ちを知らず、
「なかなかやるじゃねぇか!」
レッドが嬉しそうに次々とボワを倒しながら、花梨に向けて言う。
「初めてにしては上出来だね」
クラウスもにこやかに言う。
この世界ではこれが普通。
力のあるものがモンスターを討伐する。
これは、夢。
ダガーナイフの刺さる感触を思い出しながらも、あくまでも夢ということを貫く花梨。
そして手の震えが止まった。
別のボワが再び花梨に向かってまっすぐ走りはじめた。
それに気付いた花梨は急いでダガーナイフに力を込めるが、一瞬遅れた。
すぐそこまで迫るボワに痛みと衝撃を覚悟した花梨。
バァァン。
直後に乾いた音がして目の前に迫っていたボワが倒れた。
「大丈夫?」
クラウスの声がして、声の方を見るとクラウスがすぐそばまで来ていた。
どうやらクラウスがボワを撃ったようだ。
それが最後の1匹で、命のやりとりの緊張感から解放された花梨は力が抜けてその場にへたり込むように足から崩れ落ちそうになり、それをすぐそばのクラウスが抱き止めた。
歩けそうにもない花梨を見てクラウスはそのまま花梨を抱き上げる。
世に言うお姫様抱っこだ。
「よく頑張ったね」
至近距離でクラウスのイケメン笑顔を見た花梨は顔を赤らめてそっぽをむいた。
その先にはレッドがニヒルな笑顔で、
「まずまずだな」
と、満足そうな表情で花梨の頭をワシャワシャと撫でた。
前門の虎、後門の狼。
花梨はことわざを思い出していた。
イケメンに耐性のない花梨が、主人公然と動いても心臓がもたないだけである。
自分のような普通のどこにでもいるオタク女子高生がヒロイン役をするのは土台無理がある。ヒロインはやっぱりかわいい系女子でなくては。
そう思った花梨はゲームヒロインのイラストを思い出す。
ゲームのヒロインはピンク色のフワリとした髪をポニーテールに結い上げた、まさしくかわいい系の女の子だ。
自分とはまったく違う。
自分といえば、修学旅行前に張り切って行った美容院のおかげで髪型だけは今時のヘーゼルカラーのドーリーボブでかわいいと言えるが、ゲームコラボの限定デザインに度の強いレンズが入ったアンダーリムのメガネに、スタイルがいいとは言えないギリギリ標準体重の身体。化粧だって声優イベントに行く時くらいしかしない。
ヒロインと比べて自身を省みる花梨。
わたしはヒロインの器じゃない!
そして花梨は早々にゲーム攻略を諦めた。