4
『ラグーン クエスト』
数年前に発売されたポータブルゲームプレイヤー用のゲームである。
このゲームは当時若手でありながらも人気のあった男性声優を起用した乙女ゲームなのだが、ただの恋愛シミュレーションゲームではなかった。
乙女ゲームにロールプレイングゲームの要素を組み合わせたもので、ジャンルは恋愛シミュレーションに属していたが秀逸なロールプレイングゲームでもあったことで一部に人気であった。
ロールプレイングとしてのやりこみ要素も多く、普通の恋愛シミュレーションに付属した要素くらいに思ってこのゲームを購入したライトユーザー層はことごとくクリアを挫折していった。
攻略キャラとのベストエンドの為には最低でもロールプレイングゲームサイドを2周しなければ見ることができないためだ。ベストエンドに必要なアイテムが2周目にしか出現しなかったり、裏エンディングに必要なアイテムとイベント回収がラスボス戦で特定コマンドが必要であったり、伏線回収などのロールプレイングとしてのやりこみ要素が多すぎて攻略キャラクター人数が少数だったのも特徴の一つであろう。
メイン攻略キャラクターは3人、隠しキャラクターが2人。
しかも隠しキャラクター出現条件もかなり難解であった。
制作サイドの悪ノリとしか言いようがないほどプレイヤーを選ぶ作品であったが、 花梨はどちらかと言えばヘビーゲーマーで、ロールプレイングゲームも好んでプレイしていたためにこのラグーンクエスト、通称ラグクエはかなりはまり込んでプレイしていた。
だが、あくまでも数年前。
花梨がまだ小学校高学年から中学校入りたて位の頃の話である。
鮮明な記憶とは言い難い。
だが、なんとなく感じていた既視感が記憶の引き出しの鍵を開けた。
目の前のイケメン2人は、ラグクエのメイン攻略キャラクターと同じ姿と声をしていた。
赤髪の男は、レッド・アーヴィング。
金髪の男は、クラウス・ゲインズブール。
名乗られるまでもなく、まさしくその人であるのは間違いないであろう。
花梨はそう感じていた。
レッド・アーヴィングは孤児で拾われた雑技団で育てられた。その育ちのために類い希な身体能力を持っている。アビリティーも他のキャラクターよりやや数値が高いが知力と運がやや低めのパワーファイタータイプ。
クラウス・ゲインズブールは元は公爵家の生まれだが親に勘当されてゲインズブール公爵家とは疎遠になった訳あり。知性と素早さが高くスタミナがやや低めの切り込みカウンターキャラ。
花梨の持つロールプレイングパートでの2人のパラメーターの印象である。
目の前に出されたレッドの武器もゲームと同一のもののようだ。一度出したら血を吸わせなければ納刀できないと言われる呪いの大型グルカナイフ『バーサーカー』
まさか本物を見ることができようとは、と感動を覚える花梨。
「どうやって来たか分からないという事は記憶がないのかい?」
クラウスが問う。
花梨は首を横に振って答える。
「何かの事故に巻き込まれて、気がついたらこの森の中にいたの。……ここはロンバルディア領内なの?」
ロンバルディアとはラグクエ内の国の名前。
ロンバルディア王国。
ロンバルディア王が治める緑の豊かな国で、国土の三分の一は森林である。その分、食物資産が豊富で他国との貿易に使用される。
「ここはロンバルディア領内ランディアの郊外、はじまりの森、と呼ばれる場所だよ」
クラウスは現在地の説明をする。
ランディアとはロンバルディアの首都である。
ゲーム内でのメインの活動場所はランディアとなり、物語が展開する場所でもある。
そして、はじまりの森。
それはゲームで主人公が攻略キャラクターに出逢う場所。
わたしの夢はまだ継続するようだ。もしかしてこれが走馬灯?それとも三途の川?
どちらにしてもバスで転落したからにはただではすまないはず。
これはきっとわたしの身体が生死の境を彷徨って見ている夢。
わたしの服が制服のままなのも最後に着ていたから。
きっとそう。
そう思うことにしよう。
人の肌の感触が妙にリアルなのは、気のせいなんだ。
花梨は自身の置かれた状況を冷静に見極めようとしていた。
都合の悪いことには目をつぶり、理解可能な状況に仕立てようとすることで内心のパニックを押し込める。
花梨に都合の悪い事実。
それは、これが現実だということに他ならない。