プロローグ
プロローグ
「あ~、二次元にブーンしたい…」
そう呟きながら手元の携帯ゲーム機を操作するひとりの少女。その小さな呟きを聞き漏らさなかった隣に座る少女は笑いながら、
「またそれ~?気持ちは分かるけど。それより、よくバスの中でゲームできるね?酔わないの?」
酔わないのか、という問いにゲーム機を持った少女は隣を見て小さく頷き反対にある窓の外を眺めた。
二人がいるのは修学旅行のバスの中。まだ街中から抜けていないバスの窓に流れる景色は建物の方が多く、目的地である山の上の寺院にはまだ着きそうな気配はない。
再びゲーム機に視線を戻した少女はため息混じりに、
「寺に行った所で土方様もかずき会長も素敵お兄様がいるわけでもないのに…。だったら乙女ロードに行った方がよっぽど生産性があると思わない?最近あのあたりのゲーセンに乙女ゲーのプライズ増えたから行きたいのに」
それに同意するように隣の少女は、
「だよねぇ。でも、あそこ行くとお金がすぐ無くなんない?新しいゲームも欲しいしさ、キャラソンも新しいの出てるから買いに行かなきゃじゃん」
そんな愚痴も虚しく、彼女達の乗るバスは乙女ロードがある場所とは全く方向性の違う場所へと着々と進む。景色も徐々に緑が増えてきている。
バスの中では寝ている女子や恋話に花を咲かす女子、お菓子を食べる女子、写真を撮っている女子、携帯電話をいじる女子と様々だ。女子しかいないのは、もちろん女子校であるからだ。
私立桃仙女子高等学校、通称は桃女。偏差値はそこそこ高く大学進学率もまずまずである。特徴的なのは制服で、それを目当てにして入学する生徒も少なくない。彼女達が普段通うこの高校では、冬はブレザー夏はセーラー服と二種類の制服を着ることができるのだ。どちらかだけを選んで着ることも可能であるため、一部のオシャレ中学生女子の憧れであると言われている。
そんな桃女であるが、中には制服には興味が無い生徒もいる。それが先程からゲームを絶賛プレイ中の少女、月見里花梨である。
彼女の興味はもっぱら乙女ゲームをプレイすること。それ以外ではアニメ鑑賞やマンガ・ライトノベルを読むこと。
そう、いわゆるオタクである。
隣に座る望月実彩も例によってオタクであり、二人はオタク仲間というやつである。
「なんかさぁ、こーゆー道バスで通る時って落ちたら死ぬなぁ、とか考えない?」
実彩は、花梨の方を見ながらその先の景色を見ている。窓際の花梨はそう言われて再び景色に目を向けた。
バスは目的地に近づいているようで、道は徐々に緩やかな登り坂に変わってきていた。窓の外に広がるのは雄大に流れる川とそれを守る緑。山を切り崩し造られた道路であるためガードレールの先はちょっとした谷のようになっている。落差は数メートルといったところだろうか。
「実彩ちぃネガティブすぎるし。落ちるわけないじゃん」
花梨は谷の下の川を見ながら答えた。あはは、と笑い、ふと森の方に視線が行く。
花梨の瞳には何かが光ったように見えたのだ。
「ん?」
花梨が目を凝らして先程光ったように感じた場所を見たその時、
バァァァン!!!!
という大きな爆発のような音と共に辺りは一瞬だけホワイトアウトしたように光に包まれた。
しかし、バスの運転を狂わせるのにその一瞬は充分であった。視界が無くなった運転手がパニックを起こしハンドル操作を誤ったのである。
ガードレールを突き破り、あとは落ちていくだけ。
体験したことのない衝撃にバスの中では甲高い恐怖のこもった叫び声が充満していた。
地獄絵図のようだ……。
花梨は突然のことになにが何だか分からないまま、ただ死への恐怖を感じながら頭のどこかでそう思った。
そして意識を手放す。