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10.エラムの魔王         ◆10の10◆

「魔導院との間に何かあるのか?」

 暗黒大陸の片隅にある王国の魔導師としか見ていなかったアシュ王が予想外の世界観を持っていることを知った後では、もう何が出てきても驚くことはないと思えた。

「単に虫が好かぬというだけだ。メカァニクたちと敵対してはいるが、根は同じだ。いや、魔導院の方が悪いとも言える」

「何のことだ?」

「目的のためには手段を選ばん。そして目的を定めるべき自分自身をさえ手段としてしまうのだ」

「ああそれがしにはわかります。魔導院の長老はあの場所から動けません。魔道具に囲まれ命を永らえ、仙薬ツォーマによって魔導の力をふるう。だが何のために? あの長老は己をまるで一個の機械のように変えてあそこに鎮座しているのです。すでに『何のために?』と自問することも無くなっているでしょう。それこそが、それがしを使ってモル様が転生しようと考えた理由です」

 ではその時、お前は自分の魂の代価としてモルに何を求めたのだソンブラ? 私は一見軽薄そうにふるまうこの男の、読みきれぬ底を考えた。


「ライト様、トゥランとエラムは、いえアシュ王陛下とアイシャー様は、必ずしも敵対しなくてすむのではありませんか?」

 ジェニが私に声をかけたが、実質はグルガルに向けての発言だった。

「アイシャーか! ではお前たちの主人はトゥランの后妃、カラ・キタイから来た公主というわけだな」

 私たちは沈黙でそれに答えた。

「コデン王はどこまで関わっているのだ?」

「それは結果次第としか答えられない」

「なるほど、トゥランに利がなければ知らなかったことになるのか」

「水面下の交渉というものはそんなものだろう」

「ではお前たちを始末してもトゥランは何も言わぬのだな」

 再びの沈黙。

「クックックッ、殺したりはせぬよ。大事な手蔓てづるだからな」

「ファルコ王子の線があるのでは?」

「あれはもう役に立たぬのであろう。正体がばれてしまってはな」

 やはり第三王子を操っていたのはエラムだったのか。それを認めたということは、私たちを通じてトゥランとの関わりを持つ気が本当にあるのかもしれない。ただ手蔓てづるという程度なら、すぐに解放してくれるとは限らない。必要になる時のために、どこかに幽閉されるという可能性の方が高そうだ。


「お前たちを解放する前に、もう一つ明らかにしておかなければならないことがある」

 グルガルがそう言った。本当に私たちを自由にするつもりだろうか? 

「ドゥムジとは何者だ?」

 いかにも魔導師らしい疑問だった。

「前にも言ったように私には記憶が無い。ジェニも名前しか知らない」

 グルガルの視線はソンブラに向かった。知らぬと言え! 知らぬと言え、ソンブラ! 私はグルガルに悟られぬようにそれをなんとか伝えようとしたが、このおしゃべり男に黙っていろという方が無理だった。

「羊飼いドゥムジはシュバールの王命表の五番目にある名ですな。最初の王権が天から下ろされた都市エリドゥには二代の王がおりましたから、大洪水以前に建設され王権を握った五つの都市のうち二番目の都市バド・ティビラの王としては三代目です。ただこれとは別の王、漁師ドゥムジならウルク第一王朝の四番目の王であり、キシュ王メ・バラ・シを捕らえてその頭を踏みつけたと記録されております」

「その王の頭を踏んだのはルガメッシュだったはずだ。このルズという男は、本当に何千年もの間生き永らえているのか?」

「さて、それはなんとも言えませんな。それがしが出会ってからたった三百年ほどしかたっておりませんもので」

 私はソンブラの頭を引っ叩きたくなった。お前と私が出会ってから一年もたっていないではないか。

「この男のしゃべることには嘘と夢想が紛れ込んでいて、真実をより分けるのは一苦労なのだ。別に悪気があるわけではないが、自分の博識を自慢しようとするあまり、嘘かまことか自分でも区別がつかなくなっているのだ」

 私が冷や汗をかきながら弁明すると、信じられないことにグルガルは「よかろう」とうなづいた。いったいどんな裏があるのだろう?


 その後私たちはエラムの兵に護送されて宿に戻った。しかも何ということか、グルガルまでもがついてきた。

「番頭も主人もいないのでは、雌鶏亭オテル・デ・ポウレが困るのでな」というのが奴の言い草だった。

「この宿の持ち主はファラメカァニクでフランツ帝国の間諜スパイだぞ」

「知っているから番頭になったのだ」

「明日目が覚めて起きてきたら大騒ぎだぞ」

「飲みすぎたんだろ」

「そう言えばテイモソ将軍と部下はどうした?」

旦那ムッシュと同じように、あの二人も飲みすぎたようだ」

「ビロンの兵士たちは?」

「とりあえず町の外の野営地にお引取り願った」


 グルガルの話によるとビロンの兵は三百ほどであり、シュバールのいくつかの都市がアンシャンに置いている商館の警備を請け負っているそうだ。テイモソと面識のあったグルガルが宿を包囲するため手を借りた結果、私たちを捕縛する場に将軍が居合わせることになったわけだ。

「あの文書が出てこなければ、将軍も素直にお前たちを引き渡したと思うが、息子の仇ではな」

「いや、それは誤解だ」

「それで納得すると思うか?」

 私はソンブラに尋ねた。

「将軍の記憶はどうなっている?」

「さて、しばらくは意識が朦朧もうろうとしているはずですが、その後はなんとも……」

「使えんな!」

「ライト殿、書類を処分しなかったのはそれがしの手落ちではありません」


 私たちは相談の上、早急にアンシャンから退去することにした。知り得たことをアイシャーに報告する必要もある。船でセト河を遡行そこうし上流のトンシャまで行く。そこから山地に入って間道を抜け、シュバールに入る。あとは陸路シューリアまで戻るのだ。

 馬を手に入れることができたとしても一月余りの旅になるだろう。

 本作品に登場する、人物、組織、国家、民族、神等はすべて架空の存在であり、実在のものとはまったく関係がありません。

 2014.04.19. 『シュメール』を『シュバール』に訂正。大きなネタバレでした。お詫びします。


 次回から最終章(の予定)に入ります。

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