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10.エラムの魔王         ◆10の9◆

 私は『暗黒大陸』と呼ばれるこの地にある王国で、こんなことを考えている者がいるとは思ってもいなかった。だが、どこまで深い洞察によって口にされた言葉なのだろう? 単なる思いつきではないのか?

「今までも武力によって他民族を支配しようとし、また帝国を築こうとした例は数多あまたあったと思うのだが、それと何が違うのだ?」

「それは確かに人のさがだ。この身自身も他の者よりいくらか賢くまた少しだけ強い力を持つ魔導師だった頃考えたことは、同族のために周りの部族を平らげ、捕虜とした者共を奴隷にして利を得ることだった」


「ではフランツ帝国の何を、そこまで重く見るのです?」

 ジェニの投げかけた問いに、グルガルはすぐに答えなかった。どうやらこの男の中では、女が一人前に議論に参加することに対する違和感があるらしい。だがやがて心の中で折り合いをつけたのだろう、ゆっくりと口を開き噛んで含めるように話し出した。

「考えてもみよ、施条銃は今までのマスケットに対して十倍の距離を狙える。後装式なら十倍早く続けて撃てる。当たれば何倍もの威力がある。少なく見積もっても百倍も多くの相手を殺せるということだ。高性能の大砲を組織的大量に製造し配備するフランツ帝国のやり方については言うまでもない」


「かつて騎馬の民がその機動力によってあの亜大陸を蹂躙じゅうりんしたときには、かの地に住んでいた民も、そのように恐れたはずだ」

「騎馬の民がおこなったのは、一過性の都市の略奪だけだろう。フランツ帝国は永続的に他国の民を奴属させようとしている。そして奴らの『機械の神』がそれを正当化する」

「『機械の神』?」

「マシーリアのルズ殿は『神の機械』たちが崇める『機械の神』をご存じないのか?」

 グルガルはニヤリと笑って続けた。

「メカァニクたちの拠点が神々の神殿(パンテオン)と称されているにもかかわらず、光明主義が奉じているのは唯一神だ。ところがメカァニクたちはその唯一神でさえ、自分たちの都合でままならない先見的ア・プリオリな存在であることが我慢できなくなったらしく、自分たちで勝手に神を作り上げたのだ。それが……」

「『機械の神』なのか。人間が神を作るなど、許されるものか!」

「ちょうどルズ殿の行方が知れなくなった頃だ、『機械の神』の崇拝が始まったのは」

「偶然の一致ではないのか?」

「神の機械たちの偶像崇拝とマシーリアのルズの失踪に関係がない? 本当にそう思うのか?」

 何度も言うが私には今記憶が無い。ソンブラが言うように時として思いもよらない記憶が浮かび上がってきたり、他国の言葉を知っていたりするが、自分の中にどんな記憶が潜んでいるかはわからないままだ。ルズなりゲルマヌスなり、ましてやジェニの口から新たに出てきたドゥムジなどという名前で生きていたという実感はまったく無かった。


「フランツ人たちは最初横柄な態度でやって来おった。海沿いのザール、ルガル、バザの三つの町を訪れ、白人奴隷の解放と売買禁止を要求した。恩着せがましく、それ以外の奴隷については問題にしないと言いよった。奴らの植民地は黒人奴隷の安価な労働力なしでは成り立たない。つまり奴らの都合なのにな。エラムの奴隷市場が無くなって困るのは奴らの方なのだ」

「つまりフランツ帝国としては、簡単にその三つの町を砲撃し、奴隷市場を潰すという方法はとれないというわけですな」

「そこで奴らが考えたのが王都であるアンシャンを攻略し、王であるこの身を押さえて、その条件を呑ませようということだ」

「だがフランツの思い通りにはならなかったのだろう?」

「奴らは七百に満たない海兵を上陸させ、セト河の河口にあるバザの町を占領すると見せて我らを挑発した。この身にダズの知識が無ければ正面から戦って、奴らの施条銃と大砲の前に敗北していたことだろう」

「戦いにはならなかったのですか?」不満そうにジェニが聞いた。

「こちらは四千の兵を集めていたので、一気に押し潰してしまえという者もいたのだ。実際、この身の魔導の力を怖れているのでなければ、我が命に従わぬ者が出たかもしれぬ」

「それでどうなったのだ?」

「いざ上陸してみると、七百の兵では河沿いに行軍してアンシャンを攻めるわけにもいかん。フランツ側はバザを占領して河口を押さえ、交渉材料にするという作戦に変えた」

「国外との交易のかなめを押さえたか」

「そこで『我ら』はフランツのまつりごとかなめを攻撃することにしたのだ」

「政治の中枢にいる皇帝や大臣たちへの霊的攻撃か!」

「奴らの機械の神は、奴ら自身の間ではご利益りやくがあるのかもしれぬが、『我ら』の魔導に対するたてにはならなかったというわけだ」


「それが現在の状況と言うやつですな?」

 ソンブラがいつもの軽薄な笑いを浮かべながら念を押すように言った。

「バザを占領した艦隊からの増援要請が届く前に、軍事から政治交渉に切り替える命令が本国で出された。まあ皇帝たちも、闇におびえて眠れぬ夜を過ごすには限界があったということだ」

「なぜ魔導で息の根を止めてしまわなかったのです?」

 どうもジェニの物言いはきつい。グルガルは鼻で笑い飛ばすような口調で答えた。

「そんなことをしなければならない理由があるか? 奴らは本当の頭を持たないたこのようなものだ。お飾りの皇帝を潰しても、別の頭がまた生えてくる」

 私はたこの頭が何度も生えてくることはないと思ったが、黙っていた。そんな私を斜めに見ながら、グルガルは再び腕を組んで尋ねた。

「さて、ルズ殿、お前は我らの味方なのか敵なのか、どちらだ?」


「私は少なくとも現在のファラメカァニクとは関わりがない。だが、味方か敵かと問われれば、アシュ王の意図を確かめずに答えることはできない」

「意図?」

「そうだ。あなたがダズでもあるなら、私たちを二度襲撃している。一度目は野盗たちを使ってセルバで、二度目はロマとウルクの傭兵を使ってトゥーリアからラ・ポルトまでの行軍の途中で。なぜだ?」

「うむ、簡単に言えばトゥランとキタイの関係を同盟に発展させないためだ」

「同盟?」

「そうだ。よくわかっていないのかもしれないがトゥランは我らの王国がある大陸、中つ国キタイ、そしてイベリカ亜大陸を結ぶ要衝ようしょうにあるのだ。それを言えばシュバールもだが、あそこには馬を養うような土地は無い。かつてキタイから騎馬の民がイベリカに侵攻した時もトゥランが軍馬の供給地となった。戦いでは軍馬の消耗は避けられないからな。いずれかの勢力がトゥランと結んだ時、陸上からの他の国への侵攻が始まると見なければならぬ」

「ではエラムも?」

「我らが他国への侵攻を準備しているように見えるか?」

「キタイにもそんな様子は見えない」

「将来フランツ帝国との衝突は避けられないだろう。だとしたら先手を打ってもおかしくはない。五万丁の施条銃は何のために購入したのだ!」

「ではいっそエラムもキタイと同盟してはどうだ?」

「キタイは大きすぎる。呑み込まれてしまうのがおちだ。それに……」

「?」

「キタイの魔導院は虫が好かん」



本作品に登場する、人物、組織、国家、民族、神等はすべて架空の存在であり、実在のものとはまったく関係がありません。

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