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9.港の戦い            ◆9の12◆

「エラムの王は周囲に住む部族に戦争をしかけ、捕えた捕虜を自国の奴隷市場に売りに出しています」

 ソンブラが話し始めたのはすでに知っていることだったので、私は何を今さらと思った。

「フランツ帝国が文句クレームをつけたのはそこだろう」

「必ずしもそうではありません。フランツは白人奴隷を売買し所有することに反対しているだけなのです」

「なぜ白人に限っているんだ?」

「フランツ帝国と国交を持つ国の中には奴隷制度を維持したい国が少なくないですからね。大規模な農園での農業を基盤としている国とか、あるいは鉱山など劣悪な環境での労働力を必要とする国などもありますな。フランツ帝国が貿易相手としているそういう国との関係が悪くなると帝国内の商人たちが困るので、白人奴隷にだけ反対しているのです」

「使うなら白人以外の奴隷にしろというわけですか!」

 ジェニは眉をひそめ、軽蔑した口調で言う。

「まあとにかく、エラムがするのは奴隷狩りの戦争なのです」

「だからそれはさっき聞きました」

「奴隷狩りの戦争でエラムがやりたくないのは何だかわかりますか?」

 ジェニを無視してソンブラは私に尋ねた。

「言っている意味がわからんが……」

「それは敵を殺したり傷つけたりすることです」

「それって、戦争なのか?」

「だから『奴隷狩り』なのですよ」

 少なくとも私が知る『戦争』とは違う、違うようだが『戦争』よりましかというと、そうとも言えない。

「なるほど、エラムが『奴隷狩り』の『戦争』で相手をできるだけ殺傷したくないのは無傷な商品の方が高く売れるからだな」

 ソンブラはうなずいて言葉を続けた。

「エラムは海岸沿いのいくつかの場所に奴隷を売り買いする市場をもうけていて、奴隷を購入したい国の商人たちがこの交易場所へ船でやってきて商品を購入していきます。ただこの奴隷市場が多くの国の商人に利用され交易の規模が大きくなると、他の場所から商品が持ち込まれるようになったのです」

「それが白人奴隷か」

「白人だけではありません。今では、ありとあらゆる人種が商品として扱われています」

「フランツ帝国とエラムの関係はそのあたりからか?」

「奴隷貿易に手を出しているフランツ商人もいますしね」

「光明主義に反するのではないのか?」

「白人でさえなければかまわないようです。それに、フランツ国内では奴隷制度を認めていませんが、国外の植民地での所有は問題にされません」

「ご都合主義というやつだな」

「まあとにかくエラムは『奴隷狩り』でできるだけ傷の少ない捕虜を手に入れたかったのです。このための条件は何だかわかりますか?」

「圧倒的な武力だろう。抵抗する気も起きないような」

「それもありますが、特にエラムが現在のようになる前、まだ周辺の部族と大差ない勢力であった頃を考えてみてください」

 私より先にジェニが答えた。

「魔導ですね」

 ソンブラはジェニの方を見てうなずいた。

「相手の身体に傷を付けず戦意だけを奪う、魔導のひとつの使い方です」

 魔導の使い道はそれだけではないと言いたげなソンブラの口調には、強いこだわりがあった。魔導に関心を持ったばかりにソンブラが仲間の幽鬼ラクシャたちから変り者と見られていた話は聞いていたが、私にはそれだけではないように感じられた。

それがしはエラムが魔導のこんな使い方を追求した結果、トゥランの王室に関心を持ったのだと思います」

「どうしてトゥランなのだ?」

「ライト殿はキタイがトゥランを支配下の属国としなかったのはどうしてだと思われますか」

「それは砂漠が……」

 そこで私はキタイとトゥランの間にある砂漠が軍事的な障害になっているという説明では不十分であることに気がついた。実際キタイは過去に、砂漠を北に大きく迂回してトゥランを通過し、現在のフランツ帝国があるあたりまで兵馬を進めたことがあるのだ。またキタイには、船で大洋へ出てアヌビス海へ入り、トゥランの南側の海岸から兵を上陸させることも可能だった。

「まあ、確かにトゥランを属国とする必要を感じなかったとか、戦をしかけることは割に合わないからとかいう理由もあるでしょう。しかしそれ以上に、魔導院がトゥランに手を出すことにためらいを持っていたからなのです」

「なぜだ?」

「魔導院はトゥランの王室を、いやトゥラン王のカムナキとしての力を怖れたのです」

 カラ・キタイだけでもトゥランの何倍もの国力を持っているはずだ。ところがアイシャーによると、そのカラ・キタイでさえキタイ帝国にとっては辺境に位置する衛星王国に過ぎないという。そんなキタイ帝国を動かしている魔導院が、トゥランを警戒しなければならない理由とは何なのだろうか?

「トゥランの王室は過去のどこかで、魔導院の力に対抗するだけの何かを手に入れたのです。アイシャー様から聞かれたはずですが、現在帝国は魔導院の力によって支えられていると言っても過言ではありません。もしキタイがトゥランに攻め込めば、トゥラン王は魔導院に霊的な攻撃をかけるでしょう。そして万が一魔導院の力が損なわれるようなことがあれば、帝国にとって致命的な結果を招くことになりかねません」

「なるほど、だからキタイはトゥランに軍を入れられないのだな」

 ソンブラはジェニに向かって尋ねた。

「アイシャー様の目的もトゥランが手に入れたその『何か』なのではありませんか?」

 ジェニは黙って唇を噛んでいたが、やがて視線をそらした。

「ジェニ?」

「私は……存じません」

 ソンブラはそれに対して何も言わなかった。

「では、エラムが狙っているのは、その秘密なのか!」

「フランツ帝国は魔導など無知蒙昧むちもうまいな蛮人の迷信だと公言してはおりますが、キタイ帝国に対する手札となるとすれば無関心ではいられないでしょう。だがそれがしの見るところ、フランツには魔導を扱える者がいません。それに対し、エラムは魔導を戦に活用してきたという伝統があり、人材も抱えています」

「ではダズを使って妨害をしかけてきたのは?」

「この取引をきっかけにキタイとトゥランが同盟を結ぶ可能性を潰しておこうとしたのだと、それがしは思います」


「ジェニ、アイシャー様はこのことをどこまで知っているのだろう?」

「ソンブラ様は今のことをすべて報告されたのでしょう?」

 ソンブラは黙ってうなずくことでそれに応えた。

「ではすべて承知しておられると思います。その上でソンブラ様にこちらの手助けを命じられたのでしょう」

「では我々のすべきことはまず、四万五千丁の施条銃をカラ・キタイに届けることだな」


 ラ・ポルトの港での戦いは終わり、後始末が終わり次第私たちは出発することになる。



本作品に登場する、人物、国家、民族、神等はすべて架空の存在であり、実在のものとはまったく関係がありません。

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