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9.港の戦い            ◆9の10◆

 フランツ帝国のもう一隻の戦列艦は、ソンブラと私が爆弾船で炎上させたクレテドールから四百(ヤール)ほど離れた位置に碇を下ろしていた。クレテドールは三層の砲列甲板を持っていたが、こちらは二層でやや小さい。それでもペスカドル艦長が望遠鏡で数えたところでは、片舷で三十七、両舷では七十四の砲門を持っているという。甲板の長さが六十(ヤール)、幅が十六(ヤール)もある大きな軍艦だ。

 クレテドールの左舷で上がった爆炎と轟音は当然そちらの艦上でも騒ぎを引き起こした。だがこれほど大きな艦を直ぐ動き出させることなどできるはずもなく、自分たちの艦に直接被害が及んでいないことがわかると、クレテドールの救助のためボートが下ろされた。

 クレテドールの火災は広がっており、すでに帆柱マストの索具と帆は大きな炎を上げて燃えていた。そればかりでなく甲板上に散らばった硫黄と油脂が発火して、船内の各所に火災を広げているようだった。


 波の間に顔を出してその様子を見ていた私の側に、バシャと水音をさせてソンブラの頭が浮き上がった。

「プウッ、なんで船底の下を潜って右舷に出なかったのですか! 探すのに手間をくいましたよ」

「あんな時にいきなり二十(フート)も潜って反対側に出られるか! それよりも離れる方が先だろう」

「ライト殿、どうしたのですか? それがしが知る、いつもの冷静なあなたとは思われませんな。狙撃されないためにも、爆発からのがれるにも、船底の下をくぐるのが一番ではありませんか」

「マスケットの弾なんぞ当たるか!」

「海兵隊の狙撃手は施条銃ライフルを使うのですよ」

「ソンブラ、お前なんかジェニみたいな責め方をするようになったな!」

 私がそう言うと、ソンブラはギョッとしたような眼をしてうろたえ、口をつぐんだ。


 日没が近づいていた。当たり前であれば短時間のなぎをはさみ、海から陸へ向かう海風が逆向きの陸風に切り替わる時刻であったが、ラ・ポルトの港には相変わらず強い海風が吹いていた。夕刻が近づくに従って風向きが変わると予測し、その風に乗って港外へ出ようと考えていたフランツ海軍の士官たちは、西からの風に乗って高速で港内に突入してきたトゥラン海軍の戦闘用スループを発見するのが遅れた。爆発の後ひどくなる一方のクレテドールの火災に気を取られ、港内からの襲撃に備えてはいたが、風の動きの予想からまさか港外からの侵攻があるとは思わなかったのである。

 トゥラン海軍の旗艦ソリッソ・デ・シャメルネ号は全長三十六(ヤール)、十二斤砲十六門搭載、前の帆柱マストに三枚の横帆、後の帆柱マストには二枚の横帆と一枚の縦帆、そしてバウスプリットには二枚の三角帆を装備する二本帆柱(マスト)のスループである。水平線近くまで降りてきた太陽を背後に、一向に弱まらない海風を追い風にして、波の上を滑るようにラ・ポルトの港内に入ってくると、まだ碇を下ろしたままの七十四門艦の船尾に接近していった。港内の浅瀬や潮の流れを知り尽くしたペスカドル艦長でなければできない操船である。

 七十四門艦の後甲板では錨鎖につなげたロープを巻取機キャプスタンで巻取って艦の向きを変えようとしていたが、とても間に合わなかった。スループは七十四門艦の船尾を横切りざま、艦の後ろから次々と砲弾を撃ち込んでいった。片舷八門の十二斤砲とはいえ、仰角をかけ下から上へ撃ち込まれたその威力は凄まじかった。艦尾の船室から後甲板を突き抜けた砲弾は船材の破片を撒き散らし、高速で飛ぶ大小の木片は甲板上にいた士官たちをなぎ倒した。指揮系統がほとんど瞬時に崩壊した軍艦が体勢を立て直し反撃に移る前にシャメルネ号が戻ってきて、今度は帆柱マストと索具を破壊すると、七十四門の大砲を持ってはいても手足をもがれたも同然の戦列艦は身動きできなくなってしまった。

 この後三度、ペスカドルはフランツ艦に斉射をくらわせた。今度は葡萄弾だった。一寸に満たない無数のばら弾が敵艦の上の兵士たちの身体を容赦なく引き裂き、倒していった。


 トゥランのカッター・ボートが私とソンブラを拾い上げてくれたのは、船着場まで泳いでいくしかないのかともうあきらめかけていた頃だった。あたりは薄暗くなり、あと少ししたら私たちを見つけることは難しかったろう。


「ペスカドル艦長も手加減なしだったな」

それがし、中途半端は嫌いだが、それにしても……」

「何を甘いことを言っているのです。シャメルネ号には海兵隊員を含めて百六十人しか乗っていないのですよ。徹底的に痛めつけるしかないではありませんか。そんな弱音を吐くようでは風邪をひきますよ」

 ニッコリ笑いながら相変わらず厳しいジェニであった。シャメルネの微笑ソリッソ・デ・シャメルネ号に痛めつけられたフランツ海軍の男たちも、今は女の微笑みの怖さを思い知っていることだろう。海水で濡れた裸の身体に毛布を巻つけ、ボートの中に座り込みながら、私はそう考えた。

本作品に登場する、人物、国家、民族、神等はすべて架空の存在であり、実在のものとはまったく関係がありません。

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